第十二話 忍ばない忍、救出へ
午後三時。
子どもはおやつの時間。
甲賀の連中を悪夢に叩き落とす時間。
服部武蔵は準備を整えたうえで、敵が潜む廃工場跡付近までやってきていた。
正確には、工場の北方向に隣接する森林に奴らは隠れている。
屋内よりも動きやすい土地を選んだのだろう。
迅速な行動が求められる忍者なら、妥当な選択だ。
それでいて進んだ科学技術でのカモフラージュと索敵。
しかもここ数時間、街で複数の爆破が起きているらしい。
おそらくこれも甲賀による攪乱だと思われる。
いくら楠が分身しても見つからないわけだ。
さすがに甲賀の精鋭部隊である。
しかし、もう場所は特定済み。
「先輩は返してもらうぜ……!」
武蔵は渇いた唇を舐め、塀や家屋を利用しながら森に近づいていく。
自前のゴーグル式の赤外線探知機を頭に装着し、探査網にかからないよう注意している。
装備もリュックに詰め込み、服装も特殊素材で出来た物で、レーダーに反応しないステルス機能を備えている。
対忍者用の基本装備で、専ら甲賀との小競り合いで使っていた物。
黒光りし、体のラインが浮き彫りのスーツなのが残念だが、万全の態勢だ。
超戦士装甲は敵の前ではないと、変身できないので、生身のままなのが唯一の不安な点ではある。
超戦士装甲はリュックの横の小さなポケットに挟んである。
落ちやすいが、いざというとき変身しやすくするためだ。
不審者同然な格好に動作だが、大体の住人が一連の爆発事故のおかげで野次馬は出払っているし、危険に怯え家に引きこもっているかの二択だ。
(やたら爆発事故起こしてくれたんで、こっちも動きやすいな。ありがてえけど……妙だな)
一つ不可解なのは敵の警戒が甘いという事だ。
道には人っ子一人見当たらない。
極力接触を避けるためにも、人間は配置していないのだとは推測できる。
だが監視兵器も同様に影も形もない。
罠にしては雑だ。
紗和を捕らえているのだから、武蔵を誘い込むなんて真似なんてしなくてもいいはずだ。
そんな手段を取るよりも、もっと効率的な方法がある。
そもそも紗和という絶好のカードがあるのに、甲賀側はそれを切っていなかった。
彼女を餌に超戦士装甲を奪い取る事もできただろうに、その方法を取っていない。
クルミもそれに関しては疑問に思っていた。
長期戦になると不利になるのは甲賀だ。
いつフリーネやクルミが参加してくるか分からない状況。
あちらとしても早めに蹴りをつけたいはず。
そこから導き出せるのは、
(甲賀の連中に何かあった。それも見回り用の兵器も出せない程余裕がなくなる何かが。こりゃ俺に幸運の女神でも舞い降りたか?)
いずれしろ、この好機を逃す手はない。
時に茂みに隠れ、廃工場の残骸に身を隠し、移動しながら、武蔵は甲賀のいる森へと突入する。
夏に入って久しいが、大量の葉に阻まれ、日光はほとんど届いていない。
多少薄暗いが、鳥はさえずり、空気は澄んでおり、涼しく感じる。
念の為に地図を確認すると、拓けた場所もあるので、キャンプにはうってつけの場所。
武蔵の格好は完全に森に同化し、視認する事を困難としていた。
街にいると不審者同然の姿だが、ここなら全く目立たたない。
実際それだけでうまくいくならいいが、現実はそうではない。
「森ん中はしっかり警備してやがる。外が雑なら中も、ざる警備にしとけよクソ!」
匍匐前進しながら、ボソボソ愚痴る武蔵。
木々のいたる部分に簡易的な監視カメラやセンサーが仕掛けてあるためだ。
小サイズかつ巧妙に隠されているので、一般人では見つけられない配置。
あくまで一般人の話で、武蔵にはその位置は把握されている。
父親から逃れる時に使用した感知機を再利用し、着実に目的地までの距離を縮めていく。
もちろん機械だけの力ではなく、武蔵本人の能力も優秀だからこそ、こんなにもスムーズなのだ。
伊達に忍者界きっての天才の息子をやっていない。
幸い見張りの忍とも遭遇することなく、順調に進んだ。
進むついでに仕込みをしながら、地図で最後の確認を取る。
甲賀の居所は森の西側。
地理的に逃走が一番しやすい土地だといえる。
ここまで辿り着いたなら、あとは紗和を助け出すだけ。
武蔵は手に力を込め、必ず紗和を救ってみせると決意する。
その燃え上がる感情の抑え、目前とまで迫った甲賀の野営地を双眼鏡で視認した。
小さなテントのような物がいくつかあり、それらを守るように甲賀の機械人形がうろついている。
甲賀の忍も数人いるが、武蔵は彼らの姿の動揺を隠せなかった。
「あいつら……まさか……!」
***
「ん……あ……うん……」
眩い光を感じて、藤堂紗和は暗闇から目を覚ました。
しかし、視界が安定しない。
ジェットコースターに乗っているかのように世界が回転している。
意識もまだ完全に覚醒していない。
辛うじて自分の両手両足が何かに冷たい物に拘束されていて、口にガムテープを貼られ、寝転がっているのがわかった。
形状からして小さなテント。
そして暗く、狭く、冷たい。
何の温かみも感じられない。
この場所にいるのは自分だけ。
そこまで紗和は把握し、考える事をやめた。
まとまった思考ができない。
声が出せない。
体に力が入らない。
(私は……どうして……ここに……)
推測もできない体調だったが、こうなる前の状況は走馬灯のように朧げに思い出せた。
楓とお茶をしている紗和。
ベランダをぶち破って侵入する漫画の世界に出てくるようなロボットの一団。
ロボットに襲われる楓と紗和。
恐怖で動けない紗和を庇い、一人で戦う楓。
ロボットから発せられる音に苦しみながらも紗和を守る楓。
そんな彼女を助けるために、勇気を振り絞り、異能を使って楓を瞬間移動させた。
紗和自身も逃げようとしたが、首元に注射針のような物を刺された。
以降は全く思い出せない。
気づいたらここにいた。
だが、自分が捕まっているという事は何となく理解できた。
(逃げ、ないと……)
紗和に刺された注射の中身は正常な思考を奪い、体を痺れさせる薬。
妖怪相手ではそこまでの効果はないが、対象が人間なら十分に効く。
紗和の異能、『置換』は薬のせいで、正常に発動できない。
マーキングした物体同士の位置を入れ替える能力だ。
使えば脱出できるのだろうが、異能を使う気力は残されていない。
それにもしかしたら、効果範囲外にまで連れてこられてしまい、手遅れという可能性もある。
ここにいてはまずいと、わかっていても、そこから先に進めない。
ただ漠然と思うだけだ。
――もうダメかもしれない、と。
そんな鬱屈とした感情を抱えたせいか、今度は今まで生きてきた一七年が思い返された。
三歳の誕生日。
まだ自分が異能なんて代物を扱えるとは知らず、両親にたくさんの愛情を注いでもらっていた日。
覚えはないが、この時から異能を無意識に使っていような気はする。
五歳の誕生日。
初めて異能を使った事を自覚した日。
その時は自分が異常なんて欠片も思っていなかった。
むしろ他人にできない事ができると、とても嬉しかった。
七歳の誕生日。
紗和が両親に『気味が悪い』と呼ばれた日。
なぜそれまで親に異能の事を言わなかったのは紗和も思い出せない。
自分は他人に出来ない事ができると親に自慢していたような覚えはあるが、単に親に隠し事をしているのが楽しかっただけだったのだと思う。
自慢げに異能を使った紗和を、人間ではなく、獣のように視ていた両親の顔は未だによく覚えている。
一二歳の誕生日。
一人で自分の誕生日を祝った日。ちなみに五回目。
世間体を気にして、小学校に通わされていた。
もちろん名家である両親の顔が利く、お嬢様学校だ。
あれからまともな会話はなんて一度もなかったが、それに関しては感謝していた。
家と違って親はいないし、異能は秘密でも、友達は何人かいた。
家に友人は呼べなかったものの、現状に満足できていた。
自分がどれだけ他人と違うかは既に理解していたし、両親にも絶対に外で使わないようにと厳命されていた。家の中でも同じ事ではあったが。
一四歳の誕生日。
両親から隠れて親友である佐藤藍子と自身の誕生日を祝った日。
誰かと過ごす誕生日は久しぶりだった。
家に居場所はなくとも、友達という拠り所はあったのだ。
異能については地味な能力だったことが幸いし、無事に隠し通せていた。
それに安堵しつつも、同時に友達に秘密にし続ける事に、疲れを感じ始めていた。
一五歳の誕生日。
久しぶりに両親に話しかけられた日であり、紗和の人生が変わった日。
数年ぶりの会話どんな物かと思ったら、高校についての話。
大学までは強制的に入学させられるのは確定だったので、今更何の話なのだろうと首を傾げた。
話を聞くと、どうやら予定していた高校とは別の学校になるとの事だった。
しかも紗和と同じような人達が通っているらしい。
どうして最初から教えてくれなかったのかと問いただしてみたが、両親もその存在を知らなかったようだ。
ではどうして今になって、どうやって知ったのかと聞くと、件の学園から、突然招待状のような物が届き、学園の教師を名乗る白髪混じりの男に説明をされたのだと言う。
家族以外は知らないはずの紗和の異常について説明され、両親も酷く動揺しつつも、男の言を信じる事となった。
両親としても評判のいい学園なら世間体も保てるし、何より同じ空間に『気味が悪い』人間がいなくなってせいせいしていた。
紗和も紗和で、その学園に興味を持った。
友人達と離れ離れになるのは悲しかったが、自分と同じ人達というのに強烈に感情を揺さぶられたのだ。
その招待状を握り締め、紗和は久しく感じていなかった高揚感に身を震わせた。
そしてもう一度、招待状に記された学園の名を見る。
清条ヶ峰学園。
日陰者が日向側の人間と共存し、安心して暮らせる学園。
隠し事なんてしなくともいい。
それだけで十分だった。
紗和の意識が再び闇に沈もうとした瞬間、耳をつんざくような爆音が響く。
テントを揺らし、紗和の体も震わせた。
一瞬にして意識が表に上がってくる。
思考能力が段々と戻ってきた。
それでも、まだ体に力は入らず、異能は使えない。
(この音は一体……?)
紗和を誘拐したロボットが引き起こしているのだろうか。
何かよからぬ実験でもしているのだろうか。
紗和が用済みになって、この場所ごと消しにきたのだろうか。
それとも。
誰かが紗和を――
「助けに来ました、先輩」
何度かの銃撃音らしき物の音の後、外にいたロボットが倒れ、テントの幕から光が差し込む。
逆光と視界が完全に回復していないのも相まって、はっきりとわからない。
けれど。
それがとても優しい声だったのはわかった。
声の高さからして男だ。
彼は最初に口のテープを丁寧に剥がしてから、紗和の背と足に腕を回し、持ち上げた。
「危ないと思うんで、なるべく俺を掴んでいてください。あ、もちろん絶対離しませんから!」
がっちりと紗和を抱える、その腕の暖かさは優しさが溢れていように思えた。
両親から注がれなかった愛情。
厳密には違うものだろうが、他人から愛に紗和は安心感を覚え、ゆっくりと目を閉じた。
***
「やっぱ先輩に何かしてやがんな。後遺症が残ったらどう責任とってくれんだ!」
敵の野営地に盛大にお手製爆弾をお見舞いし、隙を突いて紗和が閉じ込められているテントまで潜入できた。
テント前にいた『鋼丸』には服部家特製の拳銃をお見舞いし、行動不能にした。
『鋼丸』は甲賀の最新機体だが、それも数ヶ月の月日が経過している。
まだ服部家にいた時の小競り合いで、サンプルは入手済み。
弱点もよくわかっていた。
あれの関節部分を正確に撃ち抜き、立っていられなくして、『鋼丸』のレーザポイントが武蔵を捉える前に、弾丸で破損させた。
無闇に破壊しなくとも、必要な箇所さえ壊してしまえば、機械なんて正常に稼働なんてしなくなる。
「ゆっくりしてる暇もねえし、さっさと退散するか」
今は武蔵が放り込んだ爆弾により、甲賀は混乱している。
爆弾の材料は学園から調達した。
普通の学園ではないであろう物質が、あそこにはある。
特殊な材料なんてなくとも、スプレー缶を集めて火をぶつければ、簡単に爆弾に早変わりしたりするので、数だけなら事欠かない。
こうしている間も時計の部品を拝借して作った時限式爆弾が爆発中だ。
しかしそれも長くは保たない。
向こうもプロだ。
混乱も直に収まる。
まず仕留めるつもりの奇襲ならともかく、今回は救出作戦。
下手に戦闘するのは避けるべきだ。
第一人間を殺すのは気が引ける。
あくまで忍者の敵は妖怪であり、人間ではないのだ。
他にも理由はあるが、とりあえず今はここからの脱出だ。
このスーツには多少の筋力強化作用があり、人一人運ぶぐらいは余裕だ。
紗和が落ちないよう、気をつけながらテントを出る。
――げんなりとしながら。
「ええい火を消せ!」
「鋼丸はどうした!」
「侵入者がいる可能性が高い! 迅速に見つけ出せ!」
流石は修羅場をくぐり抜けてきた忍者だ。
冷静になって対応するまでの時間が想定より三分は早い。
(ちっ! 予想よりも動きが速い!)
見つかるのも時間の問題だろう。
侵入者の狙いなんて物は大体察しがつくだろうから尚更だ。
すぐにでも甲賀の進んだ科学技術が武蔵達に襲いかかるだろう。
この状態でそんなのを受ければ武蔵の身も危ない。
武蔵は人間や『鋼丸』から姿を隠しながら、少しずつ逃げてゆく。
意識のない人を抱えていると難易度が倍増どころではないが、やるしかない。
しかし、しかしだ。
いくらなんでもあの格好はない。
「いたぞ! 服部武蔵だ! 人質も一緒だ!」
甲賀の忍者の一人が叫ぶ。
やはり逃げおおせるには時間が足りなかった。
だが、焦りよりも、もっと別の事で頭が一杯だった。
武蔵は体をぷるぷると震わせ、
「俺は……お前らはまともな奴らだと思ってた。親父と違ってクソみたいな事はしても、忍者の誇りは忘れてないって……! なのに! それはなんだ! その変態みてえな格好は!」
全身灰色のタイツに覆われた変態。
一寸の隙もないぱっつんぱっつんの完璧なタイツ。
腰には甲賀の紋様が刻まれた革のベルト。
そこに銃のような物が仕込まれていた。
忍者の声に呼応し、ぞろぞろと全身灰色タイツが集まってくる。
その中でもリーダー格と思われる男――ナメクジのような触角付きスーツが前に進み出てきた。
触角付きはオペラ声で武蔵に語りかけてくる。
「変態とは失礼な。甲賀の最新技術で生み出された強化スーツだ。どうだ? 先鋭的で素晴らしいデザインだろう?」
甲賀が新技術で開発された対妖怪用スーツ。
超戦士装甲と違い、最大まで軽量化され、装飾品などは一切ない。
速度だけなら超戦士装甲と張れる性能だ。
服部家程の技術がなかった甲賀の精一杯の結晶だ。
素材には中位妖怪、鉄鼠の皮膚が使用され、十分な強度を誇る。
そして着心地は全くない。
着用者曰く、「まるで裸のよう」とのことだ。
ある意味先鋭的だ。というか進みまくっている。
父親とは別方向でとち狂っている。
以前の甲賀の里との小競り合いで着込んでいた、日本の鎧風のスーツの方がまだマシだ。
「まさか学生が一人で乗り込んでくるとは。学園の教師はどうした?」
「てめえらなんざ、俺だけで充分ってことだよ変態野郎」
武蔵はリーダー格の男を睨みつける。
「人質がいるのに単独で強行突破か。想定外だったが、まあ対応はできる」
リーダー格は何も言わずとも、部下の忍者は素早く動いている。
この会話と動きの中でも気になるのは、あの揺れる触角。
子どもをあやしたいのだろうか。
「ふむ、これはチャンスかな。街に忍ばせていた『鋼丸』がほとんど破壊されてしまったからね。あれも君がやったのか?」
「……いや知らねえよ」
もしかしたら対象を催眠作用のある特殊兵器かもしれない。
会話そっちのけで武蔵はあの触角の存在理由を考え続ける。
補足だが、あの触角は隊長格の証というだけで、特に意味はない。
「では誰がやったのか……まあ今はいい。超戦士装甲は持っているのだろうな? この状況だ、君もどうなるか想像がつくだろう?」
「ああ、そうだな……」
武蔵も全身灰色タイツにされるのだろうか。
触角はつくのだろうか。
そもそもあの服装はなんなのか。
「想定外の連続だったが、我らにも幸運の女神が舞い降りてきたようだな」
ふふん、と笑う甲賀の頭。
そして揺れる二つの触角。
もう、限界だった。
「てめえらどんだけ人をコケにすれば気が済むんだ! もうまともに逃げらんねえし、しょうがねえ! ここで叩き潰す!」
紗和を片手で抱えながら、リュック横にある超戦士装甲を取り出そうとする武蔵。
この状況を打破するには、超戦士装甲しかない。
だというのに。
「……ない」
「どうかしたか?」
武蔵は渇いた笑みを浮かべ、呟いた。
――どっかに落としちゃった。超戦士装甲。
――え?
いつから甲賀がまともだと錯覚していた?




