第十話 ファンタジー(物理)VS忍者(SF)
人型ロボット――対妖怪用兵器『鋼丸』
甲賀忍者の技術の結晶。
様々な小さな金属部品を組み合せて製造されている。
異能は一切関わっておらず、純粋な科学兵器。
完全自律型機動兵器の機械人形だ。
想定される敵は人間ではなく、妖怪。
当然、スペックは妖怪と戦える物を備えている。
伊賀との抗争でも使用され、多くの戦火をあげた。
ずんぐりとした二メートル強の鋼のボディ。
両腕に搭載された二連装マシンガン。
弾丸は特殊な加工をされた物を使用し、中位妖怪相手ならば屠る威力を持つ。
反動も計り知れないが、『鋼丸』はその全てを受け流す技術をインプットされている。
両足に装備された三連装ミサイルポッド。
小型だが、爆発範囲、熱量、殺傷力共に、十分すぎる破壊力がある。
極めつけは光学迷彩。
光を屈折させ、人の目にも妖怪の目にも映らない。
長時間の稼働と攻撃中は展開不可能だが、非常に優秀な機能だ。
さらにステルスも備え、レーダーやセンサーにも反応しない。
胴部分に位置する赤い目のような光線は熱を感知し、物陰に隠れても意味はなさない代物。
全身のいたるところに加速装置を備えており、その図体からは想像できない速度での行動ができる。
当然、発生する熱量も尋常ではないが、背部の吸排気機構と装甲内部の冷却機関によって形を保つ。
内部にもあらゆる武器が仕込まれ、近接戦闘にも対応可能。
コストや維持費が尋常ではないが、甲賀が誇る最新兵器だ。
それがこの街に全機、二八機が集結している。
超戦士装甲の奪取に、甲賀の全てが投入されているのだ。
その中の二機が和也に立ちはだかっている。
耳障りな機械音が鳴り響き、『鋼丸』は両腕を突き出す。
不気味な赤いセンサーが二つ、和也の体を捉え、照らす。
いつ撃ってきてもおかしくない状況だ。
「ほらよっ、と!」
先手を打ったのは和也。
様子見で、足元に落ちていた『鋼丸』の腕部分を、部屋の片隅にいる方に投げつけた。
重量は標準的な成人男性を超し、和也の超人的腕力と握力から放たれている。
直撃すれば、確実に破壊できる。
そう、直撃したらの話だ。
『回避』
機械から発せられる無機質な音声。
その鈍そうな図体とは想像できない俊敏さで、左に避ける。
しかし、完璧に回避とはいかない。
恐るべき速度で放たれた残骸は左腕を破壊する。
『迎撃』
『鋼丸』はそれを苦にもしなかった。
右腕の二連装マシンガンを構え、容赦なく弾丸を発射する。
対妖怪用の装備を人間に撃ちまくれば、どうなるか。
愉快な肉のオブジェが出来上がる事だろう。
和也の肉体なら無傷かもしれないが、わざわざ喰らってやる理由はない。
そう判断したのだが、弾丸の角度が妙だ。
和也ではなく、その周りを撃ちまくっている。
そして全く動きを見せない、玄関側のもう一機も気になる。
こちらの戦闘を眺めているだけで、参加してこない。
ただ、奇妙な音を垂れ流している。
音楽ではなかった。
一定の音程を、淡々と流し続けている。
(気にはなるけど……まずはこっちを片付ける!)
弾丸の雨に阻まれているが、距離は離れていない。
ソファの中身の毛や砕け散った家具が、空間に散る。
いくら広い部屋だとは言え、所詮は部屋。
次第に逃げる場所も狭まってくる。
足元も不安定だ。
床や壁に大量の穴があき、下の階にも影響がありそうだ。
全力では戦えない。
とは言っても動きの制限は『鋼丸』も同じ。
あちらも自由に動けないし、片腕もない。
不安要素はあるが、一気に破壊する。
迫り来る弾丸をギリギリで躱して、距離を瞬時に詰める。
「せいやっ!」
胴体を拳が貫通し、金属片をぶちまける。
和也の速度には、いかな最新科学兵器といえども、反応ができない。
ダメ押しで、蹴りを入れ、壁に激突させる。
背中に強い衝撃、胴は貫通。左腕は吹き飛んでいる。
頑強な造りではあるが、もう限界だ。
『鋼丸』は完全に沈黙した。
「………………」
敵を破壊したのに、和也の顔色は優れない。
傍観の姿勢を崩さない残りの一機もそうだが、
(思ってたよりも脆いな。何かに特化してるわけでもない。どうやって立花さんを追い込んだんだ?)
貧弱すぎる。
楓がこんなロボットに後れを取るはずがない。
楓をあそこまでにしたからこそ、和也は最初から仕留めにいかなかった。
ただ銃弾を連射し、透明になるだけの相手なら、即座に破壊していた。
消去法で考えると、今も和也を眺めている『鋼丸』が怪しくなってくる。
和也は慎重に距離を取ろうとすると、
「はぁ、はあ、はぁ……こん、の、鉄くずがあああああああああああああああ!」
『鋼丸』の裏側。
どこかで聞いた事のある声だ。
怒りに満ち、疲労で今にも倒れそう、そんな感じだ。
声の主は背後から、『鋼丸』に飛びかかる。
『回避』
動きが遅く、簡単に避けられ、和也の前に勢いよく転がってくる。
みすぼらしいコート。
小学生と変わらない体格。
特徴的なのは、頭。
目も鼻もなく、頭部のてっぺんにグロテスクな大きい口があった。
「……野槌?」
顔を弾丸で裂かれたような痕はあるが、確かに野槌だ。
体の調子が悪いのか、動きにキレがない。
中位妖怪、野槌。
和也に接触してきた牛鬼の隣にいた妖怪の内の一体だ。
煉瓦をその口で噛み砕き、吸い込み、弾丸のように吐き出していた記憶がある。
牛鬼から離れ、別行動中に異世界の魔王ことクルミに遭遇。
半殺しにされ、学園側に捕獲されたと聞いた。
「桐生和也ぁ!? お前どうしてここに!?」
和也の存在に気づいた野槌は、体を跳ね上げ、後ずさりしようとする。
だが、後ろの『鋼丸』の存在を思い出し、奇妙な動きで横に這いずっていった。
「それはこっちの台詞だけど、まずこれを始末しないとな」
野槌から『鋼丸』に視線を移す。
和也を捉えていた赤外線が、今度は野槌に照らされている。
『抹殺』
無感情な音声と共に、『鋼丸』の両腕の二連装マシンガンと脚部の三連装ミサイルポッドが同時に火を吹く。
「くそ……」
野槌は疲弊が酷いらしく、蠢くだけだ。
おそらくさっきの突撃で力を振り絞ったのだ。
妖怪でさえ、ひとたまりのない火力が野槌に襲いかかる。
このまま吹き飛ばされるのを、見逃せるはずがない。
弾丸よりも、ミサイルよりも疾く、和也は走る。
横たわる野槌を抱え、来た道を戻るようにジャンプし、器用に体を曲げて、躱す。
ミサイルは壁に衝突し、爆炎と衝撃を発生させる。
破片が飛んできたが、それも和也は表情を崩すことなく受け流した。
ついで空いている手で大きめの破片を掴む。
第二擊に移ろうとする『鋼丸』に黒く溶けかかった破片を投げつける。
一瞬の隙を狙われた『鋼丸』の赤い目に突き刺さった。
続けて、左足を軸に回転しながら、恐るべき速度の蹴りが直撃する。
『……こうど、う……不能……ピピ、ガピ……ガガガガガガ……』
腹を横から乱暴に蹴られ、砕け散る『鋼丸』
野槌が呆気に取られて、馬鹿みたいに口を開いている。
「どうかしたか?」
「……人間の動きじゃない。……おえ、吐きそう」
「吐いてもいいけど、せめてトイレでしなよ。一応人の家だから」
野槌を辛うじて汚れていない床に下ろす。
トイレと促したが、部屋の惨状からして、無事かどうか怪しいものだ。
高級そうな家具らしき物だったゴミがいたるところに転がっている。
元通りにするにはどれだけの費用がかかるのだろうか。
貧乏な生活の和也は思わず考えてしまう。
「敵もいなくなったし、何でここにいるのか答えてもらおうか」
野槌を鋭く睨む。
放置するわきにもいかないので、野槌から事情を尋ねる事にした。
野槌に抵抗する力は残っていない。
そもそも敵だったら、いつまでもここに留まらないだろう。
「……おいらは、この建物の警備を任されたんだ」
「警備?」
野槌は情けなくてしょうがないといったように、目に見えてうなだれる。
そして、力なくこれまでの経緯を話し始めた。
学園に捕まった後、野槌は窓なしの薄暗い小部屋に閉じ込められたという。
椅子に縛り付けられ、口も無理やり拘束具を嵌められ、自由はなかった。
一緒に捕らえられた仲間の安否もわからず、ただ時間が過ぎていく。
そのうち、白髪混じりの眼鏡の男が携帯を持ってきた。
拘束されて動けないので、耳元に携帯を押し付けられると、電話の声の主から提案されたという。
「学園長か」
「そうそう。殺されるか、従うかの二択。状況的に従うしかなかったけど……」
「意外だな。従うぐらいなら死んでやるみたいな性格だと思っていたのに」
「おいらは色んな物を喰いたいんだ。人でも土でも草でも、うまいものをたくさん。牛鬼さんについてったのもそれが理由……って! 馴れ馴れしく話しかけるんじゃないよ! まだ腹を裂かれたのを許したわけじゃないんだぞ!」
野槌は声を張り上げる。
これだけ回復できれば、もう体調を気にする必要はない。
話をまとめると、学園長にこのマンションの警備を任される。
今日になって、忍者のロボットと遭遇。戦闘開始。
そして敗北。
最後の力を振り絞って突撃。失敗。
和也の足元に転がってくる。
こんな展開だったのだろう。
「このマンションに住んでる人は無事なのか? 下にいたならわかるだろ?」
「眠らされてたよ。忍者共がやったんだろう。人間共に騒がれると厄介だからね。おいらだってこの街の中なら、そうするよ」
誰ひとりとして現場に駆けつけてこないと思ったら、そういう事か。
一般人に危害を加えるのは禁止でも、意識を刈り取る程度なら許される範囲らしい。
「なるほどね。向こうも一線を超えないようにはしてるわけか」
「ここだけじゃないよ。異能者がいる場所は、ほとんど警備されてるよ。おいら以外にも警備担当はたくさんいる。この住処にも数体いたよ……あの鉄くずに殺されたけど」
野槌のグロテスクな口が、床に散らばる残骸に向く。
忍者が差し向けてきたSFロボット。
一般人からすると驚異的な性能だ。
しかし、妖怪が複数いて、一方的に殲滅されるのには首を傾げてしまう。
野槌は吐き捨てるように言った。
「変な音を出してただろう? あれのせいで、頭は割れそうになったし、吐きそうになった。不快な音でたまらなかった……仲間もその隙を突かれて……」
「俺は特に影響はなかったから、妖怪限定って事かな。これなら、立花さんがやられたのも納得できる」
妖怪の体調を崩す、悪化させる類の音波。
人間の場合だと、モスキート音や黒板を爪で引っ掻く音を強烈にしたものというところか。
不快になる音を延々と流し続ける。
なるほど、格上の相手を倒す手段としては悪くない。
万全な状態で戦って負けるなら、万全ではなくせばいい。
和也が敵の妖怪対策に感心していると、
『あーあー、そこの君。聞こえるかな?』
部屋のどこかから、オペラにでも出てきそうな男の声が聞こえてきた。
この部屋にいるのは和也と野槌、そして『鋼丸』の残骸だけ――
「そこか。よく聞こえますよ」
『鋼丸』の残骸。
その赤いセンサーがついている胴部分。
腕しか原型が残っていなくとも、機能は完全に停止していなかったのだ。
オペラ声の男の正体はおそらく忍者。
状況的にそれが一番しっくりくる。
『君とは一度話がしたくてな。こうして繋げてみたわけだが……敵の情報を得られるかもしれない、君にとっても悪くないはずだ。私と話をしようじゃないか』
どうやら誘っているらしい。
罠なのは想像がつく。
想像はつくが、無視はできない。
せっかく向こうから手がかりをくれるのだ。
学園には頼りになる人がいるし、少し時間を取られても損にはならない。
和也はそう結論を出した。
「……わかりました。それで何を話すんですか?」
「大した事じゃない。君に興味が沸いたのだ。異能者が『鋼丸』を生身で破壊するとは我らも予想外でね。後処理なんてさせずに撤退させておけばよかったかな」
「鋼丸とかダサい名前……おいらの方がもっと格好良い名前思いつくよ」
『妖怪は黙っていろ』
野槌に一喝する甲賀忍者。
割って入った野槌も悪いが、忍者も口調が厳しい。
古くからの敵同士、仲が悪くて当然か。
ネーミングセンスを馬鹿にされた事は関係ないと信じたい。
『桐生和也。一六歳。清条ヶ峰学園一年E組所属。異能は劣化コピー能力。家族関係は父、桐生智也。母、桐生真美。妹、桐生舞の四人家族。親戚はおらず、祖父母は父方も母方も既に死亡。中学校一年の夏から約四年間行方不明。現在は家庭を持ち直すためにアルバイトや勉学に励む。人格的に優れ、周囲の評価は高い……難儀な人生だな』
「……よく調べてますね」
敵の情報収集能力に感心すると同時に、軽く呆れた。
個人情報保護法とはどうしたのだろう。
人間を守るための組織なら、法律ぐらい守ってほしいものだ。
『我らは忍者だ。容易い事よ』
「まあそれもそうですが、特撮やらロボットとか忍者の全てだと思ってましたから。忍者ってそんなんでしたっけ」
『……それが全てではない』
和也が知る忍者は掛け声と共に変身し、特撮ヒーローになる者。
ダサい名前のロボット兵器。
忍者らしさの欠片もない。
会話中の忍者も自信なさげだ。
「でも人質を取るなんて、忍者らしい真似もしてますけどね。人間を妖怪から守るという割には人間を利用なんて本末転倒だと思いませんか?」
和也が音声を出している残骸に冷たく言い放つ。
紗和が誘拐されたのは確定的だ。
人質として武蔵との交換に使うつもりなのだろう。
有効な手段だが、やられる側はたまったものではない。
しかも和也の友人で、武蔵の思い人だ。
実に厄介だ。
『何とでも言うがいい。異能者は妖怪でも純粋な人間もない、どっちづかずの半端者だ。いちいち気にする方がおかしい。そしてほとんどが弱い。人間のために死んでくれた方が助かる。君ら異能者の価値なんてそんな物だ。君がこれほど強くなかったら捕らえて利用するつもりだったんだがね』
オペラ声の忍者はそう言い切った。
この世界における異能者の立ち位置は低い。
人間というには特殊で、妖怪というには人間を止めていない。
人間からすると脅威で、妖怪からすると厄介程度。
忍者の科学兵器にも優位ではなく、数は一〇〇〇人もいない。
戦闘向きの異能者にいたっては極少数。
和也の場合は、かつていた環境が異常だったのと、異能の特性による強さだ。
数少ない例外なだけで、異能者自体はそんなに強くない。
そんな彼らがこの世界で上位に立てるわけがないのだ。
『それは服部武蔵にも言えることだな。天才の子というだけで、彼に価値などない。本当に哀れな少年だよ』
異能者だけでなく、武蔵まで馬鹿にし始める。
確かに武蔵も似たようなことは言っていた。
敵の目的は父親の開発した兵器だと。
だからといって。
このまま好きに言われて、いいはずがない。
「異能者だろうが、妖怪だろうが、人間だろうが、大差ありませんよ。皆泣いたり笑ったりします。感情があります。誰かのために頑張れます。あなたが勝手に価値を決めるような事じゃない。まあ要するに――」
和也ははっきりと告げる。
「――俺の友達を馬鹿にするな。あなたが馬鹿にしていい人じゃないんだよ」
残骸を通して、伝えた。
和也の意思を。
和也自身は異能者であることに思うことはない。
むしろ誇りに思っている。
ただし、友人をけなされているとなれば話は別だ。
勇者として。
一人の友人として。
無視なんてできないのだ。
『……我らは忍者だ。人の世を守るために存在している。異能者はそこに含まれない。君とは相容れないな。そしてもう時間だ』
オペラ声の忍者は雑音混じりの音声で言った。
ノイズが酷い。
段々とうまく聞き取れなくなってくる。
部屋が熱い。
『……ガ……鋼丸の、丸の由来……ガガ……わかるか?……』
いや『鋼丸』の残骸が熱くなってきているのだ。
さっきまではこんな状態ではなかった。
急激に温度が上昇している。
あまりの高温に床が焼け爛れ始めた。
まずい。
「野槌! すぐにここを離れるぞ!」
「は?」
和也は野槌を掴み、走り出そうとする。
だが、動きを止めていたはずの『鋼丸』の腕が和也の足を掴む。
振り払えるのは容易だ。
しかし、一瞬の隙ができてしまった。
『ガガ……マルは、すっぽんという生き物の別名……一度噛んだら、決して離さない……ガ……ピ……』
狙った獲物は逃がさない。
それが『鋼丸』の意味。
今までの会話は全て時間稼ぎ。
『鋼丸』に仕掛けられた自爆機能を発動するための時間稼ぎ。
会話に意味なんてなかったのだ。
直後。
全てが爆炎に包まれた。




