第九話 全力疾走する元勇者
「今何か聴こえなかったか?」
「あー……いんや。なーんも聴こえなかったぞ……おやすみ……」
明朝。
昨夜から睡眠せずに、ずっと警戒し続けていた。
一睡しなくとも和也に悪影響はない。
眠い事には眠いし、あくびも出そうになるが、一週間食事も睡眠もしなくとも、行動は可能だ。
そんな和也が、聞き逃してしまいそうなぐらいの微々たる音を聞き取った。
気のせいと切り捨ててもいいが、この状況では簡単に割り切れない。
牛鬼の襲撃のような事件自体珍しいらしいのだから、深く考えすぎなのかもしれないが。
念の為に武蔵に確認を取ってみるものの、起きたばかりで返答も曖昧。
そのまま夢の中に再突入する始末だ。
仕方がないので、布団を片付けつつ、外で見張りをしている楠の分身体を窓から覗く。
彼も呑気にあくびをしており、眠そうだ。
せっかくの異能をここまでリアルに近づけなくてもいい気がするが、そういう物だと割り切る事にする。
屋内も寮監が監視し、安全はある程度確保されている。
仮にも妖怪や異能者が住む寮の責任者なので、実力は相当な物らしい。
和也が学園に入学する以前から、寮の安全を守りきっていたのだから信頼はできる。
(本当に見張ってくるだけなのか……いや今は見張りさえしてないな。もう引き下がったのかそれとも……)
甲賀の忍者の行動が読めない。
目的の物の位置は特定しているのに、即座に姿をくらます。
学園側に露呈し、警備もされているのだから、撤退していても不思議ではない。
牛鬼の件で、彼らが手を出しているクラスがどれだけ強力なのかも把握しているだろう。
フリーネと和也の正体は表でも裏でも広まってないが、楓、クルミ、武蔵の三人の情報はある程度広まっているらしい。
(そういえばクルミちゃんって堂々と素性を晒してるな。異世界の魔王とか超ビッグネームなのに……メリットでもあるのかな? ま、今はいいか)
クルミ云々はともかく、今は甲賀忍者。
どうにも腑に落ちないのだ。
強大な戦力相手に撤退するのは正しい判断だ。
勝てない相手と戦って得する事などない。
そう考えても、胸を圧迫するような感覚が消えない。
嫌な予感がする。
和也の直感はよくあたるが、なんでもかんでも勘が冴え渡るわけではない。
漠然と感じ取るぐらいにしか過ぎない。
逆に言えば、感じ取る事は容易いのだ。
その和也の直感が、まだ安心できないと告げている。
油断はできない。
和也はてきぱきとした流れで、制服に着替える。
「少し外に出てくるよ。すぐに戻ってくる」
「……へーい」
寝転がったまま、軽く手を振る武蔵。
いくらなんでも緊張感がなさすぎるので、釘を刺しておく。
「ちょっと外の様子を見てくるだけだけど、警戒はしなよ。どうも嫌な予感がする」
「……へーい」
「俺の勘はよくあたるぞ?」
「……へーい」
もはや人の話を聞いていない。
枕に顔をうずめて、完全に寝に入っている。
武蔵のこれだけの危機感のなさを見ると、伊賀と甲賀の確執はしょうもない物に思えてくる。
そこは忍者の事情に詳しくない和也には判断が付かないところだ。
当事者がこんなのだと、こっちも力が抜けてきそうだ。
和也は抜けそうになる気を引き締め、片手で靴を持ち、部屋の窓を開ける。
窓枠に足を掛け、身を乗り出す。風が気持ちよく、朝日が眩しい。
武蔵の部屋は三階。
常人が落ちたら怪我ではすまない高さだ。
そこを和也は躊躇いもなく飛び降りる。
いちいち階段を降りるよりもこっちの方が格段に早い。
下はコンクリートだが、靴下を履いているので問題無かった。
難なく着地すると、すぐさま靴を履く。
部屋の中で靴を履くのは、まずいので、こうして手で持っていたのだ。
靴を履き終えると、和也はその足で楠の元に向かう。
この区域にいる分身体は、校門付近から校庭を見回っているスーツを着用した楠一人。
しかも近くにいるため、五分もしないうちに合流した。
「おはようございます。何か動きはありましたか?」
「おはよう桐生君。夜通し見張っていたけど特に何も。直接的に動く輩は滅多にいないから、今回もそのパターンかな。牛鬼の件があったから必要以上に警戒し過ぎたかもね」
楠も甲賀の忍者は撤退もしくは、監視で留めていると考えているようだ。
眠たそうな目をこすりながら、楠は校門のそばの壁にもたれかかる。
「こういう事件が起きると、先生はいつも徹夜なんですか?」
「そんなところだよ。寮監さんも学園の警備をいつも頑張ってくれるから助かるよ」
「お疲れ様です……もっと人員を増やせば先生の負担も減るのに、学園長もひどい事しますね」
学園のE組関連で内でも外でも働く教師は、主に楠と美術の先生の二人だ。
寮監は基本、寮から離れないので、外までは出張らない。
こうして考えると相当ブラックな職場だ。
父の智也がまともに働けているか不安になってくる。
「全くだよ。『警備員』は学園長の私兵で、どこにいるかわからないから、頼れない。美術のハル先生は強力な異能者だから前線に出ようとすると、学園長がストップをかけてくるし、彼自身もあまり学園にいない。寮監さんも寮の仕事がある……E組関係の書類の処理も全学年のE組の授業も部活動の顧問も接待も後始末も外での諜報活動もほとんど僕が担当しているね」
「……本当に大変ですね」
それを平然で言えるあたり、すっかり染まっているように見える。
この先、和也がどこかで働く事になっても絶対ここでは働きたくない。
進路はお金を貯め、勉強して、進学するつもりだが、心からそう思った。
「そういえばついさっき立花さんが近くをうろうろしていたね。すぐに姿が見えなくなったから寮に戻ったと思うけど」
楠が特に注意していなかったせいもあるが、楓は学園を出て、和也の家に向かっていた。
現在、最優先にすべきなのは服部武蔵と甲賀忍者の動向。
つまり、別段彼女を意識していなかったのだ。
それに楓自身、ぬらりひょんの血を継いでいるため、若干存在感が薄かったりする。
「こんな朝早くにどうしたんですかね? 呼びかけても、自分の世界に入り込んでる事が多いから心配です」
和也は不安げに首を傾げた。
最近の楓は考え事でもしているのか、呼びかけても返事がない時がある。
教室でも歩いている時でもお構いなしなので危なかっしい。
目を離すと、壁や電柱に頭をぶつけそうで、正直かなり心配している。
和也がいずれ楓に話を聞くべきか真剣に悩んでいると、楠が尋ねてきた。
「それは置いておくとして、桐生君は学園に馴染んできたかい? 君の経歴を読むと、少し不安でね」
楠はまさしく生徒を思う教師のような目をしていた。
超ブラックの職場に働いているが、彼も教師。
不安がある生徒はいつも気にかけている。
異世界帰りの元勇者であっても、だ。
和也は空を見上げると、これまで見た物、聞いた事、経験した事、感じた事をまとめてこう言った。
「設備もしっかりしてますし、先生もいい人ばかりで、友達も出来て、楽しいです、が、同時に不気味だと思います」
「それはどうしてだい?」
「先生に言うのも悪いんですが、何というか……妖怪とかドラゴンとか忍者とか色々いるのに学園生活が成り立っている事自体が妙なんですよ。この前の牛鬼も今回の忍者のように、勢力とか派閥があるのに、全部が学園を黙認している状態が」
妖怪も忍者も一枚岩ではないのは、和也でも話を聞いていればわかる。
魔王であるクルミについても同じだ。
異世界側が学園を認めている事は察しがつく。
様々な勢力が清条ヶ峰学園を、不信感を抱きつつも、潰しはせず、存続させている。
さすがにメリットまでは考えが巡らないが、何かしらあるとは思われる。
もしくは、学園、学園の長を恐れている。
この状況も、学園長が生み出したとしても、疑問には思わない。
楠も、眉間に皺を寄せ、答えを出しかねていた。
「それは僕も思うところがあるね。学園長に問いただしても、答えないからこちらも困っているよ。だけど、桐生君のためにも、もっとあの野郎を追求していくべきだと再認識したよ……!」
楠の眼光が鋭くなる。
穏やかだった雰囲気も黒く変わる。
最後には、不気味な笑い声さえ出し始める。
担任の変なスイッチを入れてしまったようで、和也は苦笑するしかない。
情報も得たし、もう頃合だ。
そろそろ武蔵の元に戻る事とする。
「そ、そろそろ武蔵のとこに戻りますね」
「くくく、あの野郎をどうやって……おっとすまない。了解したよ。とりあえず三日程様子を見て判断するから、それまで頼むよ」
「わかりました。出来れば今日中に終わらせたい物ですね」
「全くだよ。余計な仕事ばかり増えていく……」
うなだれる楠に後を任せ、和也は武蔵のいる寮に歩いて行った。
この事態を三日で判断するあたり、かなり手馴れている。
というより、日常茶飯事で、慣れてしまった。
そういった方が正しいかもしれない。
寮までに戻る道すがら、ふと校庭を見やる。
広大で、整備された良質なグラウンド。
専用の野球場やサッカー場など部活用の設備が少し離れた場所にある。
明朝なので、誰もいないが、いつもここで授業を終えた生徒が部活に精を出している。
和也は勉学と家庭優先のため、部活をするつもりはない。
中学校一年の頃に異世界に召喚された身からすると、やりたいのは山々だが、少なくとも今はできないのだ。
(武蔵は起きたかな? もう起きてて欲しいんだけどな)
雑念を振り切り、足早で寮に戻る和也。
いつまでも寝ていられると、いざという時に素早く対処できない。
学園内なら安全だろうが、それでも緊張感を持って欲しい。
勇者として異世界で戦っていたせいか、こういう状況になると、人一倍敏感になる。
まだ学園の事情を完全に把握していないので、近々調べるべきだろう。
そうして和也が歩いていると、近場から物が落ちたような音がした。
(何だ!? 敵か?)
反射的に音の出処を探る。
和也の聴力を以てすれば、造作もない事だ。
近距離。
学園内。
音のした方向。
それだけ分かれば十分だ。
すぐに場所の見当はついた。
二年E組の校舎の二階の東側の教室。
地理的に言うと、本校舎の東側にある煉瓦の校舎。
安全性は知らないが、学園内に建っているのだから、保証はされているはずだ。
和也は超人的身体能力で駆け、窓をぶち破って、教室に飛び込んだ。
ガラスが飛び散り、一体に散乱する。
学園内なら、人目をはばかる必要もない。
神速で教室に突入した和也は、ダイナミックに前転し、体勢を整える。
教室には人型の物体が一人、九つ並んでいた机の上に転がっていた。
抵抗もさせず、一瞬で、拘束しようとしたのだが、
「立花さん?」
物体の正体は楓だった。
私服の彼女は顔を真っ青にし、力なく机に倒れ込んでいた。
震える手には日本刀を携え、今にも落ちそうになっている。
刀身はオイルのような液体で濡れていた。
痕跡と状況からして、楓は何かと遭遇し、戦闘。そして叩き切った。
そう推測できた。
「うう……」
「大丈夫か!?」
楓は呻きながら、体を起こそうとする。
だが、腕に力が入らないのか、再び倒れ込みそうになるのを、和也が咄嗟に受け止める。
楓を机から下ろし、壁にもたれかかせた。
楽な姿勢にさせ、体に怪我がないか確認するためだ。
見たところ目立った外傷はない。
服も破れておらず、油が染みつているぐらいだ。
なのに、彼女の顔色が優れない。
「うう……きりゅ、桐生、君……」
楓は弱りきった声で、何かを伝えようとする。
それを聞き取ろうと和也は口元に耳を近づける。
今にも吐きそうな顔をしつつも、楓は言った。
「先輩が、藤堂……先輩が……家で……ロボットに……」
「ロボット?」
追求したい気持ちはあるが、楓の体調ではそれも困難だ
藤堂紗和。ロボット。
完璧とはいかなくとも、おおよその予測はつく。
「忍者が紗和ちゃんを狙ったのか……」
学園に引きこもって、いつまでも出てこない武蔵に業を煮やしたのだろう。
監視兵器を飛ばしていたのだから、武蔵の交友関係もわかっている。
ここ最近となると、和也と紗和が近くにいる事が多かった。
空高く監視していた物体を、投石で破壊した和也と異能者の紗和。
捕まえやすい方はどちらか。
捕まえやすい位置にいたのはどちらか。
一般人への危害は学園長に何をされるかたまったものではない、ならばE組関係者を利用しよう。
そんなところか。
和也は体調の悪い楓のために、教室にあったゴミ袋を用意し、いつでも受け入れるようにする。
「ごめん、なさい……先輩が私を、庇って……」
意識が混濁しているであろうに、謝罪の言葉を連ねる楓。
彼女が襲撃者相手に戦い、何かしらの妨害をされ、状況がまずくなり、紗和が楓を異能で教室に転移させたのだろう。
紗和の異能なら、最初の時点で逃走できそうなものだが、接触時に何かがあったのだろうと思われる。
和也は楓を慰め、介抱しながら、情報を整理していた。
「立花さんはここで休んでいて。派手に窓をぶち破ったから、先生か寮監さんが来るはずだから。俺が紗和ちゃんを助けてくる」
数分後、騒ぎを聞きつけてやって来た楠に楓を任せて、和也は教室から飛び出した。
楠ならちゃんと彼女の面倒を見てくれる。
この区域にいるなら、武蔵も襲われない。
敵を叩けるのは和也しかない。
学園を出て、超人的身体能力で屋根から屋根へと飛び移り、高速で移動する。
まだまだ朝早い。出歩く人は少ない。
目撃者がいたとしても、見間違いで済む範疇だ。
人間離れした動きで、忍者みたいな動きをしていても、まず自分の目を疑うだろう。
元勇者は驚異的な速度で紗和が住む高級マンションに急ぐ。
位置関係と時間を考えれば、まだ証拠は残っていると考えられる。
運がよければ、まだ紗和もいる可能性もある。
普通に歩いていくなら二〇分はかかるが、障害物は全て無視。
三分ほどで付近まで接近できた。
(まだ時間はそんなに経っていないはず。いるとしたらこの近くだ)
ここ一帯の建物で最も高い建造物の最上階。
そこが彼女の部屋。
状況の確認もできるし、辺り一帯を見渡せる。
和也は超人的脚力で、屋根を蹴り、マンションの壁に飛び移る。
落ちる前に、一歩。もう一歩。
重力の影響も受けていても、それに逆らい登っていく。
さらにベランダを駆使し、あっという間に紗和の部屋に到着した。
「これは……」
窓は木っ端微塵に割れ、植物が無残に踏み潰されている。
内部も物が散乱し、高級そうな品がゴミと化していた。
燃やされた痕跡や切り傷も散見する事から、戦闘をしていたのも判明した。
楓が始末したと思われるロボットの残骸も落ちていた。
戦争映画で出来そうなマシンガンを搭載した腕の破片。
鋼色で、未だに火花が散る脚部。
やけに幅広い黒光りする胴体。
人型っぽいが、頭部らしき物はない。
綺麗に切断され、あの日本刀の切れ味がよくわかる。
そんなロボットの成れの果てが、およそ三体分転がっていた。
そして。
「そこにいるのはわかってる。さっさと出てこい」
部屋の片隅に向けて、和也は静かに呼び上げる。
そこにはみすぼらしくなったタンスが転がっているだけだ。
しかし、間違いなくいる。
敵が、いる。
それはゆっくりと姿を現していく。
足から、手から、胴へと。
見えなかった何かが、ロボットが。
頭部のない、ずんぐりした機械人形。
人間でいうと、首に近い部分にある赤いセンサーが目まぐるしく和也を見据える。
残骸ではなく、正真正銘、稼働しているロボット。
腕には二連マシンガン。
鋼のボディ。
脚部には三連装ミサイルポッド。
ついでにステルス機能も備えているときている。
どう見ても、現代科学の代物ではない。
和也は忍者のテクノロジーと初めて対峙する。
これが忍者の使用する対妖怪兵器。
しかも一機だけではない。
前方の扉を力任せに蹴破り、もう一機追加される。
赤い目が和也を捉え、機械音と共に、戦闘態勢に移行する。
和也も同様に腰を落とし、構えた。
「ファンタジーとSFどっちが強いか、試してみるか?」
ファンタジーの塊である勇者。
SFの塊である人型ロボット。
両者の戦いが、今、始まる。
次回戦闘
ファンタジー(物理)対 SF




