着物と簪と報酬と
寿久屋の昼見世が始まっている。
凛子は帳面をつけながら、店の様子に耳を傾けていた。
男衆が外で呼び込みを行い、1人の客が入店してきた。
それなりの身なりの武士だ。
「いらっしゃいませ〜」
雪江姉さんが声をかけた。
時雨よりも少し年下だが、この寿久屋で時雨と同じ、上位3人に入る遊女だ。
どうやら客引きで入店したわけではなく、最初から指名していた客のようだ。
「あれ?今日は元気ありませんね?」
雪江がそう言ったので、どうやら雪江の常連客たちらしい。
「あぁ、例の辻斬りがな……昨夜もまたやられたよ」
凛子の手が一瞬止まった。
あれは幕府の役人?
「まあ……辻斬りだなんて……怖いわなぇ」
雪江が答えると、武士は「しまった」という顔で雪江とともに2階へ上がっていった。
辻斬りを追ってる役人か?いや、それなら昼間から遊郭になんか来るわけないか。
ふと、斬った相手の中に月ケ瀬一刀流の師範が……という話を思い出した。
じゃああれはその月ケ瀬一刀流というところの侍?
ここまで考えたところで、まあそうだとしても問題はないかと思い、また帳面に向き合った。
「凛、ちょっと来い」
親方が声をかけてきた。
「はい?」
凛子は立ち上がり、親方についていく。
他の者が来ない店の奥へ行くと、親方は懐から小さな布袋を取り出した。
「ほれ、お前の取り分だ」
そう言って凛子に金を渡した。
「えっと……2回分ですか?」
「3回分だとよ。昨夜の分も入ってるそうだ」
辻斬りの報酬は前金に2割。残りは仕事が終わったあと。ただし、毎回ではなく、2回分や3回分とまとめて使いの者が出入り業者のふりをして親方に直接手渡すことになっている。
ただ、前夜の分が翌日に払われることは珍しい。
「早いですね」
凛子は袋を開けて中身を確認した。
初めて報酬を受け取った時、親方を信用していたので受け取ってすぐ戻ろうとすると親方から
「凛、渡された相手が誰であれ、金の中身は確認しろ。それが金をやり取りするものの最低限必要なことだ。よく覚えとけ!」
と、きつめに言われたことをちゃんと守っていた。
「あれ?」
数えていた凛子の手が止まった。
「親方?いつもより取り分が多くないですか?人数を計算しても……」
言いかけたところで親方から手で制された。
「お前も女だろう。たまにはそれなりの着物と簪でも買え。もうちょい身なりを調えることを覚えろ」
と言った後、
「お前は器量良しなんだからな。もったいねぇ」
と言って、先に仕事に戻っていった。
「……器量良し……からかわないでくださいよ」
凛子は自分の頬に手を当て独り言を言った。
14歳にしては大人びた顔だと時雨にはよく言われていたが、自分で器量良しだと思ったことなどない。
そもそも遊郭には信じられないほどの美しい女性が大勢いる。そんな中で自分の容姿など……。
これ以上考えるのはやめようと思った。
「簪か……時雨姉さんに相談しようか……」




