遊郭、寿久屋
吉原遊郭。
ここは江戸幕府が公認した最大の遊郭。2万坪ほどの場所に300軒近い遊女屋が立ち並び、多い時には3000人ほどの遊女か暮らしていた。
遊女屋には大見世、中見世、小見世の格付けがあり、大見世の最上級「花魁」と呼ばれる遊女は客を選ぶと言われ、よほどの大物でなければ相手をされることもなかったという。
仕事を終えた柳凛子は吉原の入り口「吉原大門」の前にいた。
見張り番の男はすでに顔見知りではあるが、だからといってかおで通してくれるほど吉原は甘くない。
凛子は懐から通行証を出して見張り番に見せた。
見張り番も形式的体系にそれを確認して通す。
その吉原の中見世に位置づけされた「寿久屋」
凛子は営業の邪魔をしないように、裏口からこっそりと中に入った。
「凛ちゃん!」
2階から大きな声で呼ばれた。
この店の遊女、時雨だった。
「時雨姉さん……せっかくこっそり入ってきたんですから」
「何よそよそしいこと言ってんのよ!」
「営業の邪魔しちゃ悪いです」
凛子はここに居候させてもらっている。
しかも遊女としてではなくだ。余計にこの店の営業を邪魔したくはなかった。
「ねえ!すぐ離れに行くの?こっち入っといでよ!」
時雨は手招きして言った。
「え?でも……親方に聞かないと」
「俺がなんだって?」
いつのまにそこに立っていたのか、1階の廊下から親方が険しい顔で言った。
「親方……た、ただいま帰りました」
「おう」
遊女屋「寿久屋」の親方、柳源蔵は恰幅の良い身体と丸刈りにしている頭といつも眉間に皺を寄せているため、常に怒っているように見える。
「……うん?」
親方は鼻で臭いを嗅ぐ仕草をした。
「おい凛」
「は、はい」
「お前、血の臭いがするぜ。そんなんでうろつかれちゃたまらねぇ。風呂で身体洗ってこい。あと着替えろ」
「は、はい。すいません……」
言うだけ言って、親方はさっさと店内に入っていった。
「あんなきつい言い方しなくてもねぇ」
いつの間にか下りてきていた時雨が凛子の匂いを嗅ぐ仕草をした。
「ねえ?別に臭いなんてしないのにねぇ。女の子相手にひどいよねぇ」
笑いながら言ってくれてるのが、時雨の気遣いだということはわかった。
「お風呂、お借りします」
「うん。ゆっくり温まりな!」
建物の1階。客が入れない最も奥に、遊女たちが使う大きな風呂がある。
凛子もここを使わせてもらっていた。最もここは遊女以外の禿と呼ばれる遊女見習いやお世話係りも使っているので、人が入っていない時を選んで入るようにしていた。
脱衣場で脱いだ着物を隅々まで見回した。
「血は……飛んでないかな?」
もしも、自分のやってることを知らない遊女や見習い、お世話係りに血のついた着物や身体を見られたらめんどうなことになると思っていた。
「凛ちゃーん!」
「ええ!?時雨姉さん!?」
「ねえ、一緒に入ろうよ!」
時雨がパパッと着物を脱ぎ捨て、凛子の肩を押した。
「え?ね、姉さん仕事は?」
「大丈夫よー。今ちょうど指名も入ってないしね!」
強引に一緒に入ることになってしまった。
時雨は凛子のしていることを知っているので血を見られても構わないが、それでも抵抗はあった。
2人で身体を洗っていると、時雨が凛子の顔を見ながら、顎のすぐ下を指差した。
「ここ、ついてるよ」
ハッとお湯で流した。流れてゆくお湯に赤いものが混ざっている。
「大丈夫?」
時雨の声が少し下がっている。
「大丈夫。大丈夫ですよ姉さん。慣れています」
「そう……そうか。うん」
風呂から上がって着物を着ていると
「凛ちゃん。ご飯食べてないでしょ?離れに運ばせるから一緒に食べようよ!私もまだなんだ!」
「え?もう遅いですけど……親方が……」
「その親方が言ってたの。凛が帰ってきたら風呂入れて、飯を出してやれ!って。親方あれでいいとこあるよねぇ」
「そう……てすね。親方はいい人です」
凛子は笑顔で答えた。




