人斬りの自分を8
上郡と女が隣の部屋に行き、凛子はまだ眠っているかつての兄と2人になった。
眠っている兄の顔を見た。しかしなんの感慨もなかった。
別に助かったことは嬉しくないし、死んだとしても、悲しくなかったかと思う。
結局、死んだことにされてたようだが、確かにこの人たちと家族だった妹は死んだと言って間違いではないなと思った。
「さよなら」
部屋を出ようとしたところで女が着替えを終えて戻ってきた。
「あの!帰られるんですか?」
「?……はい。もう用はないので」
「あの人が元気になったらあらためてお礼をさせてください。それとお名前を……私は……」
「いりません」
「え?」
「名乗らなくて結構です。私も名乗る気はありません」
「でも……」
「昨夜、私に会ったことは忘れてください。私達は住む世界が違いすぎます。武家の方々と関わるつもりもありません」
「………」
「それと……妹さん、会えるといいですね」
女に返す間も与えず、凛子は部屋を出た。
「帰るのか?」
玄関に上郡がいた。
「挨拶くらいしていけよ。冷たいやつだ」
「すいません。早く出たかったので」
「まあ、お前からすれば胸糞か」
「……気づいてらしたんてすか?」
「逆になんで気づかないと思うんだよ。妹の話が出た時のお前の反応……いや、それよりもあの女に対するお前の不自然なくらいの素っ気なさがな」
すこし笑いながら言った。
「……できるだけ普段通り接してたつもりでしたが」
「どこがだよ!」
下駄を履いた凛子に
「お前、一睡もしてないだろ?離れがある。少し休んでいったらどうだ?」
「ありがとうございます。でも帰ります。親方たちも心配するといけないので」
「そうか」
「着物。日をあらためて、洗って返しに来ます」
「それはいい。それはお前にやるよ」
「え!?……でも……」
凛子は着物の裾を持って言った。
「いいんだよ。だいたいここに置いてても着るやつがいねぇだろうが」
確かに……。
「……ありがとうございます。じゃあ遠慮なくもらっておきますね」
「おう!それと……これもやるよ」
上郡は懐をまさぐり小さな包を出した。
「?……なんですか?」
包を開けると、いくつかトゲトゲが着いた小さな粒が入っていた。
「なんですが?これ?」
「なんだ知らないのか?これは金平糖って言ってな、南蛮渡来の菓子だ。まあこれは江戸で作られたもんだが」
「こんぺいとう……?」
「食ってみろ」
促され、凛子は一粒口に入れた。カリッと固い粒が歯で割れた。
「甘い……」
「どうだ?甘いものは苦手だったか?」
「いえ、好きです。でもこんなに甘いもの初めてかも……砂糖なんですか?」
「そんなとこだ」
「先生って……」
「ん?」
「お金持ちなんですね」
「当たり前だ。腕のいい医者は引く手あまただからな」
「ありがとうございます。帰っていただきます」
「あぁ、気が滅入ってる時は甘い物がいいらしいぞ」
上郡の言葉に思わず顔がほころんだ。
「あ、あの遊女どもには渡すなよ!お前が1人で食えよ!」
「はい」
笑いながら言った。
外に出ると完全に日が昇っていた。
賑わう町を歩きながら、ふと空を見上げた。
「疲れた……本当に疲れた……早く帰ろう」
ふと、もらった着物の裾に目をやった。
「これも……ずいぶん高価な絹をつかってそうだな」
こんな高級そうな着物をどうして持っていたのか?どこかのいいとこの武家から治療代と称してせしめたのかな?
絹の肌触りを確かめながら、親方が簪でも買え、女なんだから身なりを調えろと言ってたことを思い出した。
「女……か………」
凛子は襟を広げ、さらしを巻いた自分の胸を見た。
「邪魔だな……これ」




