人斬りの自分を3
「あれぇ?」
不意に背後から聞き覚えのある声がした。
「凛ちゃーん。どうしたんん?」
現れたのは正さんだった。
「せ、正さん!?なんでここに?」
「なんでってー。それより凛ちゃん、可愛い女の子がクソなんて言っちゃダメだよー」
正さんはいつもの軽い口調で言ってきた。
「えっと……はい。すいません」
「まあ状況が状況だからね」
よく見ると正さんの右手には刀が握られていた。
「正さん?それは?その刀は?」
「あぁ、これ?てか、凛ちゃん誰を探してたのー?」
「え?」
「もしかしてこいつ?」
と、後ろに回していた左手には人の首が持たれていた。
「さっき見かけてさ」
そう言うと、正さんは首を凛子の足元に投げた。
さっき逃げた男だ。
「この……男……」
「いやぁ、凛ちゃんごめんね。実は事前情報では、こいつら辻斬りを警戒して複数で行動するかもって知らされてたのに、そのこと凛ちゃんは聞かされてなかったでしょ?」
「え、ええ、まあ……」
「あいつ何も言わないからねぇ」
あいつとは今回指名してきた人のことだ。
「だから気になって様子見に来たのー。そしたら6人もいて、1人が逃げたから後を追って……」
正さんは手で首を斬る仕草をした。
「まあ残ったやつらは凛ちゃんに任せればいいしね」
ここで正さんは凛子の襟に目を止めた。
「凛ちゃん?何かあった?」
凛子はもう一度襟を直し
「いえ……何も……」
「そう?まあいいや。後は俺と検分役に任せてくれればいいよ。凛ちゃんは帰りなー。あと、どこかの井戸で顔は洗った方がいいよ。返り血がすごい」
「あぁ、そう……ですね……そうします」
凛子は顔を小袖の袖で乱暴に拭った。返り血でひどい上体なのは着物についた血で想像できた。
この姿で吉原に入れるだろうか?通行証はあるとはいえ……。
血まみれの女が……。
ふと、さっき言われたことが頭をよぎった。
「女の分際で……」
凛子がかつて散々言われてきた言葉だ。
武家の娘として生まれた凛子には2人の兄がいた。
父親は2人の兄に熱心に剣術を教えていた。
幼かった凛子も剣術の稽古をしている兄の姿が楽しそうで、よく木の棒で稽古の真似事をしていた。
そんな姿を微笑ましく思ったのか、時折父親が剣術の基本の動きを教えてくれた。
そのうち木の棒から木刀に持ち替え、素振りや打ち込みの真似事をするようになった。
ある時、長男が
「ちょっと打ち合ってみるか?」
と、冗談で言ってくれた。
凛子はそれが嬉しくて竹刀で軽く打ち合うことになった。
長男はもちろん軽く相手をするつもりだった。
が、試合が始まると、凛子の竹刀が一瞬で長男の胴を捉えた。
「お、おぉ!速いな!」
長男は凛子を褒めて、試合を続ける。
が、次も一瞬で、今度は小手を取られた。
その次は面を。その次はまた胴を。
やがて長男ら本気になってきた。本気で凛子に打ち込み始めたが、凛子はそれを軽く躱すと、飛び上がり様に長男に面打ちを入れた。
その様子を見て、父親は愕然としていた。
その時の父親の表情は今もはっきりと覚えている。
絶望と悲壮感。そして凛子に向けられた目。
子供たちの中で最も剣の才能を持っていたのは、侍になれない長女だった。
その日から始まった、凛子への仕打ち。
「お前のせいで兄たちが恥をかく」
「お前のせいで兄たちが傷ついた」
「お前のせいで兄は才能が持てなかった」
「お前さえいなければ……」
「女の分際で剣など振るうな」
「女は侍になれない」
「女は」
「女は」
うるさい。うるさい。うるさい。
女だからって……。
頭痛がした。
思い出してしまうと、頭痛がしてどうしようもない怒りにとらわれる。
「やめよう。もう私には関係ない」
自分に言い聞かせるように言った。
そうだ、家を追い出された時点であの人たちは家族ではなくなった。
今は親方やみんながいる。
もう一度袖で顔を拭った。
「………!」
「………!!」
ふと、遠くから人の声がした。
争っているような声に聞こえた。
声の方に近づくと、数人の男が立っている。
喧嘩?
よく見ると、立っている数人の男のそばに、座っている2人。1人は男、1人は女に見えた。
凛子は気づかれないように、もう少しだけ近づいた。




