激しい攻防
片野から、物見ではない本隊が下りてくる。道は細いまま、そこで激しくぶつかる。城は取りに行かない。道だけは、渡さない。
夏の終わり、報告は百姓ではなく、血のついた足軽だった。
「片野を出ました。荷もあります。焼く列です。百ではありません」
小田氏治は地図の炭を見た。水守ではない。片野から小田へ落ちる尾根道だ。春に杭を欠いた、あの畦である。太田資正が、確かめるだけをやめた。
岡見治資が刀を持ったまま入ってきた。
「今度は百では足りません」
「二百までだ。坂は登るな。道の細い場所で止めろ。超えたら退け」
「退くと、村が焼かれます」
「超えなければ、焼かれない」
朱羅はすでに南蛮胴を着けていた。火縄は二本、兜の紐は締めてある。
「今日は八つ開けます。人にも撃ちます。ただし列の先頭だけです。本陣には撃ちません」
「弾は」
「桶はまだあります。使い切る夜にはしません」
信太が短く言った。
「村の者は、裏道へ出しています。米は土浦です」
氏治は治資の目を見た。
「死ぬな。道を渡せ」
尾根道は、昼前に音で埋まった。
太田の先鋒が杭の欠けた場所へ殺到する。春のように十騎ではない。旗が続き、槍が続き、うしろに松明の荷が見える。朱羅の窪から、四つ同時に火蓋が切れた。先頭の馬が崩れ、次の槍が道に倒れる。列は止まらない。止まらない列の上を、さらに四つが撃つ。八発。道の肩に人が折り重なる。
それでも太田の兵は畦を割って入ってきた。鉄砲の煙の位置を、もう知っている。窪へ向かって走る。
「移れ」
朱羅が喊声より先に言った。六挺が窪を転がり、次の木の陰へ入る。遅れた一挺が、槍に筒を弾かれた。人は生きている。筒は泥になった。
治資の二百が、そこで受けた。
道幅は十騎も並べない。槍が槍に当たる音が、短い。治資は馬を捨て、道の真ん中で太刀を振るった。太田の侍が一人、肩から血を吹いて倒れる。味方も一人、畦の下へ落ちた。名前を呼ぶ暇はない。次の槍が来る。
「白を上げるな」
治資が怒鳴った。白は退けの布だ。今上げれば、松明が村へ抜ける。
朱羅は次の陰で火蓋を切った。人の顔は見ない。松明の手元だけを見る。一発。火が道に落ち、俵ではなく草が燃える。もう一発。松明を持った兵が手を押さえて止まる。焼く列が、道の途中で乱れた。
太田の押す声がする。
「鉄砲は十だ。踏み破れ」
十ではない。生きているのは六つで、場所が移っている。だが踏んでくる兵には、十にも二十にも見える。見えるまま、槍が治資の袖を裂いた。治資は退かない。袖の布が赤くなり、それでも道の真ん中に残る。
半刻が、非常に長かった。
小田の死人が七人。太田の道の上に、それより多くが折れている。勝ちの形ではない。道が、まだこちら側にある、という形だけだ。
未の刻、太田の旗が半町退いた。
村は焼かれていない。道の肩は焼かれた。杭は消え、畦は血と泥だ。朱羅の筒は一挺が泥のまま戻らない。弾は十八発。不発が二。若い者の一人が腕を押さえ、火縄を口から落としている。
治資は道の真ん中に座り込んだ。袖から血が垂れる。氏治がそこまで下りてきていた。城からは出ていない、と言った男が、道の端まで来ている。
「超えませんでした」
「見ている」
「七人死にました」
「知っている」
治資は氏治を睨んだ。怒りではない。怒りより深い顔だ。
「これが、殿の戦いですか」
「これが、道を渡さない戦いだ。城は取っていない。取らせてもいない」
朱羅が泥の筒を拾い、黙って布で拭いた。拭いても音は戻らない。彼女はそれを谷へ持ち帰る、と言った。直せるかではなく、直せない筒を誰の目にも残さない、という言い方だった。
夕方、太田の本隊は片野へ戻った。松明は使われなかった。使われなかった代わりに、道に人が残った。小田も、太田もだ。
信太が死者の名を帳面に書いた。七人。村の家はゼロだ。氏治はその二つの数を、並べて見た。どちらも小さくない。
夜、朱羅が封を数えた。桶は割れていない。割れていないことが、今夜は薄い慰めだった。
「明日も来ます」
「来る。道は、もう細くない。細くなくなる前に、次の肩を作れ」
治資は腕を吊ったまま、道の端に残ると言った。二百は百五十になっている。それでも退城はしない。
片野の台で、太田の火が遅くなっても消えなかった。激しく当たって、どちらも城を動かしていない。動いたのは道だけだ。道は、まだ小田の側にある。その道の上に、七人の名が残った。




