09.もう少し
気が合うのか、元々が誰とでも仲よくなれる大らかな性格のためか。
スィードとあんな会話をした後にも関わらず、キャルンはレオスタークと楽しげに会話をしながら歩いていた。
そんな彼らを見ながら、スィードはその後ろを歩く。スィードにはわからない魔法の話で、何だか盛り上がっているようだ。
フェルーニとは違う知識の伝え方に、新鮮さを感じているらしい。
きっとキャルンは、周りのことを気にしないで歩いているだろう。レオスタークとの話に夢中だ。
しかし、レオスタークがどんどん山奥へと入って行っていることに、スィードは気付いていた。
彼は何でもない顔をして、地形などを確認するでもなく歩いている。何を目印にしているのだろう。路地裏のややこしい道を、地元の人間が歩くのとは訳が違うのに。
道なき道を普通に歩いているのを見れば、実は目的地など存在せず、適当に歩いているのでは……などと思えてならない。
目的地がなければ「迷う」こともないから、気にせず歩けるのだ。
ああしてキャルンが楽しそうに話をしているのも、レオスタークがそういう魔法をかけているから、かも知れない。
魔法を使うキャルンさえ封じてしまえば、抵抗する術を何も持たないスィードなどは、あっさり取り押さえられてしまうだろう。
キャルンが言うように、自分達をわざわざ山の中で捕まえるメリットは、あまりなさそうに思える。
だが、人買いにすれば獲物が手に入ればいい訳で、場所だの何だのは関係ない、とも言えるはず。普通の人間にはわからない、彼らなりのやり方があるのかも知れない。
あれこれ考え始めると、もう止まらなかった。スィードの中で、不安だけが増長してゆく。
「あれ? スィード、疲れた?」
「歩くのが速かったかな」
自分達より遅れがちになってきたスィードに気付き、キャルンとレオスタークが立ち止まって振り返る。
「もう少しだよ。この先に、シュクヤが生えている場所があるはずだから」
もう少し。
もう少しで自分達は、完全にレオスタークの手に落ちるかも知れない。
レオスタークの言葉は、スィードに期待を持たせるどころか、逆に猜疑心を爆発させてしまった。
「……もういいよ」
「いいって……スィード? どういう意味?」
「もう、薬草なんていいよ。オレ……オレ、帰るっ」
回れ右をしたかと思うと、スィードは今来た道を一目散に走りだした。
「え……ちょっ、スィード! どこ行く気? 待ちなさいっ」
それを見て、キャルンも慌ててスィードの後を追う。
上り坂を進んで来たので、戻れば当然下り坂。そんな所を一度走り出したら、止まろうと思っても簡単には止まれない。
「スィード、止まりなさいってば……って言うか、止まれない!」
手を伸ばせばスィードを掴まえられる距離まで来ても、キャルンのスピードが落ちない。
そのままスィードに体当たりする形になり、それをうまく支えられる体勢でもなかったスィードと一緒に、キャルンは転がってしまう。
「きゃあっ」
どさっという音が間近に聞こえ、二人はようやく止まった。
「いったぁ~」
二人して同じセリフを吐き、それぞれ地面に打ち付けた所をさすりながら起き上がる。
どう転がったかわからないが、少し段になっている所へ落ちてしまったらしい。
落ちた場所には傾斜がほとんどなかったので、それ以上転がり続けることはなく、二人はようやく止まれたのだ。
落ちたと言っても、段差はせいぜいイスの高さくらい。もし、これが高い崖だったりしたら……とは考えないキャルン。止まれてよかったぁ、と思うのが彼女である。
「スィード、どうしていきなり走り出すの。それに、いいって言ったけど、何がいいのよ。何のために、あたし達がここまで来たと思ってるの。お母さんの身体を治すためでしょ」
「だって……だって……」
キャルンに責められ、スィードはうつむく。
「何よ。はっきり言いなさい」
言いよどんでいたスィードは、キッと顔を上げた。
「あねきはレオスタークが変だって、本当に思わないのか? こんな山にいきなり現われて、オレ達が求めてる物のありかを知ってるなんて、絶対に都合がよすぎるよ」
スィードの言葉に、キャルンは軽く肩をすくめた。
「まーだそんなこと、言ってるの。レオスタークだって、もう少しだって言ったじゃない。そこになければ、それまででしょ」
「だからっ。あいつが言ったその場所に、危ない仲間がいるかも知れないだろ。それに……」
スィードが目をそらす。
「それに……何なの?」
「あいつが魔物じゃないって、あねきは断言できる?」
「レオスタークが魔物ぉ?」
想像もしなかった言葉に、キャルンの声がひっくり返る。
「ちょっと、勘弁してよ。人買いの次は、魔物って訳?」
「だって、魔物がきれいな人間になってだますなんて、よくある話じゃないか」
「あー、そういう昔話、読んだことがあったっけ」
のんびりした口調で言われ、スィードは腹が立ってくる。
「あねきっ、これは昔話じゃないんだ。オレ達の目の前にある、現実なんだぞっ」
騙されてからでは遅い。
なぜ、それが彼女にはわからないのだろう。自分より年上で、魔法だって習っているのに。少しは相手を疑うことを知ってほしい。
「レオスタークが魔物なら、どうしてあたし達を騙して歩き回るのよ。喰うつもりなら、会った時にさっさと喰えばいい話でしょ。こーんな回りくどいことを、わざわざ魔物がするかしら」
「人間がだまされるのを見て、裏で笑ってるかも知れないじゃないか。人間に色んな奴がいるように、魔物にだって色んな奴がいてもおかしくないだろっ」
「あら、スィードってば、あたしより魔物に詳しいみたい」
「あねき! 真面目に聞いてくれよ。オレ、本気で言ってんだぞ」
からかわれてるみたいで、スィードはつい声を荒げる。
こちらは、真剣に話しているのに。正直に言えば、怖くて仕方がないのに。
「確かに、レオスタークは突然現われて、都合よくあたし達がほしい物のある場所を教えてくれたわ。スィードが言うように、嘘みたいな話だけど。それが本当だったら、どうするの」
「本当だったらって……」
「彼がこの山へ来た本当の理由はともかく、シュクヤがある場所を本当に知っていて、単に親切心で案内してくれてるだけなら、どうするの?」
そう反問され、スィードはすぐに答えられない。
だが、そんな都合よく解釈するのは無理だ。自分にとってありがたい偶然が重なるなんて、嬉しいよりも気味が悪いと思ってしまう。
「スィード。場所が場所だから、どうしても不安になるのはわかるけどね。あんたってば、警戒しすぎ。もう少し気楽にいかないと、疲れるわよ」
「……」
スィードから見れば、キャルンはお気楽すぎるのだが。
「ほら、レオスタークの所へ戻りましょ。もう少しって言われたじゃない。手を伸ばせば届くって所まで来て、そのお宝を持ち帰らないなんてもったいないわ。あんたには、絶対にシュクヤが必要なんでしょ」
「あ……」
改めて言われ、スィードは思い出す。
そうだった。ミルツに、母に元気になってもらいたくて、キャルンまで巻き込んで、魔物が出るような山へ来たのだ。
ここで怖じ気づいていたら、ミルツはずっと寝込んだままだし、一緒に来てもらったキャルンにも申し訳ない。
「……わかったよ、あねき」
キャルンは説得したつもりはあまりなかったが、スィードは腹を決めた。
レオスタークが何だろうと、もう構わない。行き先に薬草がなければ、それまで。ちゃんとした薬草を見付け出し、それを持ってキャルンと一緒に帰るのだ。
オレがあねきを守らないと。そうする責任があるんだ。
そう考えたスィードが、ふと視線を上に向け……そのまま凍り付く。全身の血が一気に引いた音を、間近で聞いたような気がした。
「どうしたの?」
いきなり硬直してしまったスィードを見て、キャルンが尋ねた。
スィードは答えず、答えられず。震える指でゆっくりと、彼女の後ろを差す。
「何なのよ」
わからないまま、キャルンは振り返り、彼が声を出せなかった理由を知った。
「うそぉ……」





