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半人前でも突っ走れ  作者: 碧衣 奈美


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08.スィードの不信感

「考えたくないけど、あたしって頭が悪いのかなぁ」

 村にいた時は、そんなことなど考えたこともなかった。

 家のことをして、農作業を手伝い、弟と妹の世話をして、少し読み書きを両親に教えてもらって……。

 一日があっという間に終わってしまい、自分の頭の悪さなど、考えている余裕なんてなかった。

 しかし、フェルーニに弟子入りし、あれこれ勉強するようになって、間違うのが当たり前のような状態の日々に、さすがのキャルンも考えてしまう時がある。

 いくら、家事や子守をしながらの勉強とは言っても、もう少しできてもいいような気がするのだが……。

「普通に話す言葉とは違って、魔法の呪文は特殊なものだからね。慌てずに、一言ずつはっきり唱えてごらん。呪文さえ完璧なら、どれだけゆっくり唱えても発動はするはずだよ」

 レオスタークに言われ、キャルンは口をとがらせる。

「師匠にも、同じようなことを言われたわ。だけど……それをすると、覚え違いしてるのが発覚しちゃうのよね」

 で「何を聞いていたんだ」とか「どういう覚え方をしているんだ」とフェルーニの雷が落ちる。

「それならそれで、いいじゃないか。発覚すれば、間違いを修正できるチャンスだよ」

「あ、そうか。そうよね」

「一つずつ正していけば、最後は完璧な呪文を唱えられるはずだよ」

 何でもないアドバイスだが、それだけでキャルンは目の前の道が拓けた気になった。根が楽観的なので、ちょっとした言葉で明るくなれる。

 フェルーニからは、その点を「すぐ調子づく」と評されるのだが。

「あの……」

 少し遅れて歩くスィードが、声をかけた。

「ちょっと休憩しない?」

「そうね。朝からずっと歩き続けてるし」

 各々が適当な場所で座りやすそうな岩などに腰掛け、しばしの休息をとる。

「お腹すいてきたわね」

 言いながら、キャルンは自分の荷物からパンを取り出した。夕食の後で、台所からこっそりとちょろまかし……もとい、もらってきたロールパンだ。

 本当はサンドイッチにしたかったが、そんなものを作っていたら見付かってしまう。なので、ざっくり半分に割って、ものすごく適当にジャムを塗っただけ。

 紙袋にがさっと入れて来たので、歩いているうちにちょっとつぶれてしまったのもあるが、ピクニックではないので気にしない。

「あねき、そんなの持って来てたんだ」

「当然でしょ。山へ入るんだから、多少の食糧くらいは持ってなきゃ。はい」

 スィードの分のパンを渡し、それからレオスタークにも渡す。

「いいのかい? これはキャルンの分なんだろう?」

「こんな時に、そんな遠慮はしないで。こういうのは、みんなで食べるのがおいしいの。山だから、水はどこかで調達できるだろうって思って、あんまり持って来てないのよね。重いし。木の実くらい、見付かるかなって」

 山に長居するつもりはなかったし、薬草も「すぐに見付かるだろう」と都合のいいように考えていた。

 何かあったら、などとは予想もしていない。こういうところ、山をなめていると言うか、かなりいきあたりばったり。

 だから、魔法使い夫妻に「計画性がない」と(本人は知らないが)言われるのだ。

 簡単すぎる食事をし、レオスタークととりとめのない話をしていると、スィードがキャルンの袖をこそっと引っ張った。

「あねき、ちょっと……」

「何?」

「だから、ちょっと……」

「わかったわよ。おかしな子ねぇ。レオスターク、ちょっと失礼」

 スィードに引っ張られるまま、キャルンは立ち上がった。

「あねき、このまま行っても……大丈夫なのかな」

 レオスタークに声を聞かれないであろう所まで離れてから、スィードがキャルンの顔色を窺うように小声で尋ねる。

「大丈夫って、何が?」

「だってさ、いきなり現われた知らない奴について行くなんて、絶対危険じゃないか。この山のことについてだって、本当に詳しいのかどうかわからないし」

 キャルンは気付いていないようだが、レオスタークは尋ねられるままに話をしているようで、実は自分の素性をはっきりと明かしていない。

 スィードは彼らのそばにいても会話に加わらず、話を聞いているだけだったから、その点に気付いたのだ。

 キャルンが面食いだとは聞いたことがないが、相手の顔立ちのよさを見ていれば、面食いでなくても女性なら少なからず心を奪われるだろう。

 普段なら不審に思うようなことでも、何となくスルーしてしまう。

「知らない相手だからって警戒してたら、新しい友達なんていつまでもできないわよ。知らないなら、ちゃんと尋ねればいいだけじゃない」

「街の中とは違うんだよ、あねき。こんな山にいきなり現われるなんて、おかしいと思わない?」

「こんなって、竜や魔物がいるって噂の山だから? 魔法使いなら師匠みたいに真相を知ってるだろうし、知らないで来たとしてもレオスタークなら対処できるわ」

「でも……あの狼の魔物だって、本当はレオスタークが出したのかも知れないだろ。オレ達を信用させるために。あいつ……人買いかも」

 レオスタークが現れたら、狼は嘘のようにおとなしくなった。あんなに攻撃的だったのに。

 呪文は聞こえなかったから、魔法でおとなしくなった訳ではなさそうだった。だとすれば、どうやって魔物をおとなしくさせたのだろう。

 シュクヤが本当にレオスタークの導く先にあるのか、というのも疑問だ。

 もしかしたら、というような言い方をしていたが、ある程度の自信がなければ、会ったばかりの人間を案内しようなどとは思わないだろう。

 レオスタークは遠い国の生まれで、あちこち転々としていた、と話していた。

 それなのになぜ、この山のどこに薬草が生えている、なんてことがわかるのだろう。

 岩陰などに生えている、という植物の生態だけを話すくらいなら、まだ納得できるのだが。

 カウムの街の人達だって、この山のことを詳しく知る人がどれだけいるだろう。入山禁止となっているのだから、いる方がおかしいように思える。

 それなのに、よその国の生まれだと言っていたはずのレオスタークは、まるで何度もこの山へ来ているかのような、迷いのない足取り。明らかに、目的地がわかっているみたいだ。

 それを見ていると、言動が一致していないようにも思えて、怪しく感じてしまう。

 考えれば考える程、妙な気がするのに。キャルンは全く気付いていない。考えようとしない。

「あのね、スィード。あたし達をこんな山の中で捕まえて、彼に何の得があるって言うの。ちょっと考えすぎよ」

 あねきは考えなさすぎだよ、という言葉を、スィードは何とか飲み込んだ。むしろ、ここは言った方がいいのだろうか。

「仮にレオスタークが人買いとつるんでたとしても、こんな所で仕事をしようなんて思わないわよ。あたし達が今日ここへ来るのを決めたのは、昨日の夜中でしょ。あ、もう今日の日付になってたかも。とにかく、それを彼がどこかで聞いていて、あたし達をつけて来たと思う? ここで子ども二人をさらうより、もっと楽な場所なんていくらでもあるわ」

 こんな山の中だから。誰も見ていないから。

 行方不明になっても、遭難したか魔物に喰われたと思われるんじゃ……なんてことは、スィードの頭には浮かんでも、キャルンには浮かばない。

「とにかく、薬草が見付かるかも知れないのよ。相手が面識のない人でも、懐に飛び込むことが必要な時もあるじゃない。ここまで来たんだもん、行ける所まで進むしかないわ」

 いつもなら「頼もしい」と思うキャルンの言葉も、今のスィードにはどうしても「無謀」としか思えない。

「ほら、戻りましょ」

 キャルンは話をそこで打ち切り、レオスタークがいる方へと戻って行った。

「あねき……」

 キャルンの言うことも、わかる。本当に薬草が手に入るのなら、絶対にほしい。

 だが、スィードは不安がぬぐえなかった。突然現われたレオスタークの存在が、どうしても引っ掛かってしまう。

 レオスタークは……あの男は一体、何者なんだろう。

 スィードは、キャルンのように楽観的思考や開き直りの気分には、どうしてもなれなかった。

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