06.薬草の情報
リトファの山のふもとまでは、勝手に借りてきたフェルーニの馬で二人して向かった。
人の目から隠す魔法をかけて馬をつないでおき、後はひたすら自分の足でせっせと山を登って行く。
朝になって、山道も徐々に明るくなってきた。
「でね、魔物は魔法使い達の前に現れなかったんだって」
キャルンは、フェルーニから聞いたこの山についてのことを、スィードに話した。リトファの山に竜はいないらしい、ということも。
「へえ、そういう事情だったのか。やっぱり、魔法使いはそういう話には詳しいんだなぁ」
噂の真相を知り、スィードは素直に感心していた。
「うん。それに、師匠もその調査隊の中に入ってたらしいからね。当事者みたいなもんだから、なおさら詳しいのよ」
「え、当事者って……あねき、今の話って、百年くらい前って言わなかった?」
「言ったわよ」
「じゃ、フェルーニがどうして当事者に……」
首をかしげるスィードに、キャルンも同じように首をかしげた。
「どうしてって……あ、スィードってば、知らなかった? うちの師匠、ああ見えて百歳をとっくに越えてるのよ。実年齢は、あたしもよく知らないけど」
「はあっ?」
何でもないように言われ、スィードは目を丸くする。
「え……だ、だって……どう見たって、フェルーニは三十代くらい……」
「魔法使いって、人にもよるみたいだけど、普通の人とは年の取り方が違ってくるらしいのよね。ずっと魔法を使ってると、身体もどこか特殊になるみたいよ。年齢だけで考えたら、とんでもなく若い奥さんをもらったようなものだし、エディーニなんてひ孫みたいなものよね。あ、玄孫あたりになるかしら」
「し、知らなかった……」
魔法使いの存在は知っていても、スィードのように一般の人達は細かい内情まではよく知らない。
「そうなの? ま、あたしだって最初に知った時は、ひっくり返るくらいに驚いたもんねー。あたしのおじいちゃんやおばあちゃんが生きてたって、師匠より年下だもん」
キャルンは純粋な好奇心から、フェルーニのいない時にこっそりディリーシェに尋ねてみたことがある。年の差を気にしないのか、と。
「フェルーニの歳? 黙っていたら、わからないもの」
笑って、そう答えられた。そんなものなのだろうか。
「それに、フェルーニって背が高くて、見た目も素敵でしょ。頼りになるし、すっごく優しいし。エディーニができたってわかった時は、この世界の幸せが全て私に集まってくれたって思ったわ。だって、大好きな人の子を授かったんだもの。これ以上の幸せって、あると思う?」
普段のディリーシェは、おっとりした女性だ。話し方も、どちらかと言えばのんびりしている。
しかし、この時の彼女はまるで思春期真っ只中の少女のようだった。フェルーニの好きなところを(ディリーシェにしては)早口で次々とあげていく。
胸焼けしそうなくらい、のろけが続き、聞くんじゃなかった、とキャルンは後悔した。
要は「好きだから、年の差なんてどうでもいい」ということのようだ。
ちなみに「フェルーニはすっごく優しい」という部分については、その時も今もキャルンは同意しかねている。
「それよりさ……フェルーニはオレ達がこんなことして、絶対に怒ってるよ。オレは怒られるだけで済むけど……あねき、破門になったりしない?」
反対を押し切り、こんな形で来ることになってしまった。警告したにも関わらず山へ来たとわかれば……今頃、魔法使いはかんかんになっているだろう。
「わかんない。だから、しっかり薬草を探してよね。見付かれば『勇気を出して行ったから、見付けられたのよ』って強く出られるけど。見付からずに戻ったら、当分どやされ続けるのは目に見えるもん」
どやされるだけで、本当に済むだろうか。
あまり深刻に考えていないキャルンを見て、スィードは「自分が平身低頭に謝るしかないな」と考えるのだった。
そんな話をしながら、二人は薬草を求めて山の中を歩き回る。
ただ、はっきりわかっているのは「シュクヤ」という薬草の名前だけで、どんな形なのかはスィードが本で見た程度。キャルンに至っては、現物の絵すらも見たことがないのだ。
全体がぎざぎざして細長い、というあいまいな情報のみ。こんな状態で山に入った、とフェルーニが知れば、さらに怒りの度数が高くなるだろう。
「ねぇ、これじゃない?」
ぎざぎざした葉を見付け、キャルンが指差す。
「これ……かなぁ」
植物の専門家ではないスィードには「これか?」と尋ねられても、正否を答えられない。
「んもう。どんな葉かわかるのは、本を見たスィードなんだから。ちゃんと覚えておいてよね」
「見たって言っても、立ち読みだからじっくり見られなかったしさぁ。本屋の親父に睨まれながらだったから、慌ててたし」
大事な薬草を摘まなければならないのに、何とも情けない話だ。
「いいわ。とりあえず、これを持って帰りましょ」
「え……だけど、これがシュクヤかどうか、わからないのに」
「それは、専門家に見てもらえばいいわ。合ってるのに持って帰らなかったら、その方がずっと後悔するでしょ。これじゃないかって思う草は、全部持って帰ればいいじゃない」
自分達が必要な薬草を見分けられない以上、そうする以外に有効な方法はない。確実なのは、わかる人に見てもらうこと。
キャルンに言われ、スィードはうなずいた。
スィードが持って来た布袋に、キャルンは薬草と思われる葉を摘んで入れた。どれだけ必要かも不明なので、取り尽くさない程度に摘む。
葉を入れ終わり、他にもそれらしい物がないかと歩き出そうとした時。
「あ……あねき。今、そっちの草むらで何か音がしなかった?」
「したわね」
行く手の草むらで、がさっという音が聞こえた。風で出るような音ではない。
「まさか竜が……」
「さっき、言ったでしょ。竜はいないって。ここは山なんだから、山の獣くらいいるわよ」
「だけど、獣って……何?」
「うさぎとか、鹿とか」
「けどさ……」
山にいるのは、そんなおとなしい獣ばかりではない。それらを主食とする獣も存在するのだ。目の前にいる人間を、その「主食」の代わりにしようと考えたら。
さらに、正体不明の魔物もこの山にはいる……らしい。そちらの方が、今はずっと問題だ。
もし、草むらの向こうにいるのが、その魔物だったら。
しかし、そんなことを口にしたら本当になりそうで、スィードは言葉を続けられない。
また、がさがさと音がした。スィードがびくっとし、キャルンは音がした方を睨む。
「うわぁ、かわいくない」
そういう状況ではないのだが、キャルンはついつい正直な感想をもらす。
現われたのは、灰色の毛を持つ狼だった。
しかし、普通の狼ではない。その頭には不必要とも思える角が二本、短いながらも生えていた。狼の魔物だ。
普通の狼でも危険なのに、それが魔物となれば危険度は倍くらいでは済まないだろう。
後ろ足で立てば、キャルンよりもずっと大きい。その身体のあちこちには、他の魔物や獣と闘って付いたのであろう古傷がいくつもある。
光は失っていないようだが、右目にも大きな傷。相当な回数の戦いをしてきたのだろう。
「あ……あねきぃ……」
「あんなに傷があるんじゃ、あんまり強くないのね」
「あねき! そんなことを本人の前で」
「これ、人じゃないんだけど。だって、本当に強いなら、傷なんて付けられないんじゃない? 名誉の負傷なら、一つで十分だと思うし」
キャルンの言葉がどこまでわかるのかは不明だが、彼女の言葉をきっかけにして狼が低く唸り始める。どう聞いても、好意的な声とは思えなかった。
「やろうっての? そっちが向かって来るつもりなら、あたしだって遠慮はしないわよ」
挑発したのは明らかにキャルンの方だという気がするスィードだが、ここは彼女に頼るしかないので黙っておく。
狼は牙をむき、キャルンは呪文を唱えた。飛びかかろうとするところに、狼の鼻先で小さな火が弾ける。狼は驚き、顔を強く振った。
「あれ? おっかしいな。もう少し大きな火が出るはずなのに」





