05.キャルンの細工
「あなた……ねぇ、フェルーニ。起きて」
フェルーニは、ディリーシェに起こされた。
「ん……どうした?」
時計は確認していないが、部屋の暗さから考えても、まだ起きるには早い時間のはず。
今日は早朝から出る用事があっただろうか、と予定を思い出そうとするが、すぐには出て来ない。
早朝からの仕事がある場合、フェルーニは自分だけ起きて、そっと家を出るようにしている。こんな風に、ディリーシェに起こされることはないはずなのに。
「ドアが開かないの」
「は?」
もしかして寝坊しただろうか、と思ったが、妻の妙な言葉を聞いて、フェルーニはまだ覚めきらない顔で身体を起こした。
「ドア? 昨夜はちゃんと開いたぞ」
開かなければ、この寝室へ入ることはできない。夜中の間に壊れてしまう、なんてことがあるのだろうか。
「ええ。だけど、今はノブが全然回らないの。押しても引いても、びくともしないのよ」
トイレに起きたディリーシェだったが、部屋から出られなくてはどこへも行けない。しばらく格闘していたのだが、状況は変わらないまま。
まだ早い時間なのでためらったが、仕方なく夫を起こしたのだった。
ベッドから出たフェルーニはノブをつかんでみたが、確かに動かない。これでは、ただの突起物。空回りすら、しない。
だが、フェルーニにはすぐわかった。ドアに魔法がかけられている。
ディリーシェは、普通の人。じき二歳になる息子のエディーニは、呪文どころかまだカタコトしか話せない。
もちろん、フェルーニはこんな魔法をかけていないし、そうなれば他にこの家で魔法を使うのは一人だけ。
「あいつ、何してるんだ」
フェルーニは、ドアにかけられた魔法をいとも簡単に解く。これで、ノブは元通りになって、回るようになった。
「……あれ?」
ノブはちゃんと回っているのに、それでもドアが開かない。押せば開くはずのドアは、ノブが回ってもずっとそこに居座ったままだ。
しかし、もうドアに魔法の気配はしない。つまり、魔法は解けたはずだが、現状は変わらなかった。
「どうしたの?」
「あ、いや……ちょっと待ってくれ」
フェルーニは、一時的にドアそのものを消してしまう魔法をかけた。
「あんのやろ……」
ドアの向こう側にはイスが重ねられ、その上にクッションが置かれていた。ご丁寧に、クッションは魔法で石のような重しに変えられて。
ドアが開かなかったのは魔法がかけられたためではなく、物理的に無理なように仕組まれていたのだ。
「あらあら……。ずいぶんとまた、念入りなことね」
事情はわからないが、ディリーシェにもこれがキャルンの仕業だということくらいはわかる。
魔法ではすぐにフェルーニが解いてしまうから、それなりに時間稼ぎするための防壁もどきを作ったのだ。
とりあえず、部屋から出られるようになったので、ディリーシェはトイレへ向かう。
その間に、フェルーニはイスやクッションをあるべき場所へ魔法で戻した。もちろん、クッションは元の重さに戻してから。
「こんな程度で、俺を閉じ込めたつもりか、あいつは」
朝から何をさせるんだ、と文句を言いながら、ベッドに腰掛ける。
二重三重に魔法をかけるならともかく、物理的に壁を作るなんて、ある意味手抜きのようなもの。本気で魔法使いになりたいと思っているのか、と言いたい。
どういうつもりだ、とキャルンを叩き起こしてやろうかと思っていると、ディリーシェが戻って来た。
「キャルンがこんなことをするなんて、珍しいわね。よほどあなたに部屋から出て欲しくなかったのかしら。それとも……何かの仕返し?」
ディリーシェはキャルンのいたずらと思っているようで、くすくす笑っている。
「さあ。仕返しできる根性が、あいつにあるとは思わなかったけどな」
「こんなことをされる心当たり、ないの?」
「心当たり?」
まだ半分頭が眠っているフェルーニは、何をくだらないことをしているんだ、くらいにしか思っていなかった。
だが、ディリーシェの言葉で、ふいにいやな予感が頭をもたげる。
「そうだ。あいつ、リトファの山にって……キャルン!」
昨日の会話を思い出した途端、一気に目が覚めた。
フェルーニは急いでキャルンの部屋へ行ったが、そこは予想通りにもぬけの殻。
部屋を明るくすると、見回りに来られた時のためのカムフラージュか、ベッドにクッションを入れてふくらませてある。
机の上に紙が置かれているのが目に入り、フェルーニはそれを取り上げた。
『師匠へ
リトファの山へ行って来ます。すぐに帰りますから。
無茶なんてするつもりはないから、心配しないで大丈夫♡
キャルン』
軽すぎる文面の手紙を読み、フェルーニは思わずその紙を握りつぶした。
「あンの馬鹿……」
心配しないで、と言われ、帰って来るのをフェルーニが楽観的に待つなんて、キャルンは本気で思っているのだろうか。だとしたら、救いようがない。
「フェルーニ。少しパンをもらって行きます、なんて書き置きが台所にあったんだけど。あの子ったら、こんな早い時間からどこへ行ったの?」
「リトファの山だ。あれだけ駄目だって言ったのに、無視しやがって」
怒りを隠そうともせず、フェルーニは握りつぶしてしまったキャルンの置き手紙をディリーシェに渡した。
「まぁ……腕試しをするには、この場所ってどうなのかしら」
リトファの山がどういう所か、ディリーシェもそれなりに知っている。
どんな魔物がいるかまではよく知らないが、危険な場所である、というくらいの認識はあった。
「腕試しも何も、キャルンのレベルでは、何か出て来たらそれっきりだ」
言いながら、フェルーニは自室へ向かう。ディリーシェもその後ろについて。
「どうするの?」
「連れ戻す。いつ頃出掛けたかわからないが、スィードも一緒のはずだ。ここで待ってたって、あいつらだけで無事に戻れるとは思えない」
言い終わる頃には、フェルーニは着替えて出掛ける準備を終えていた。
「キャルンもやるわねぇ」
「やるって、何を?」
「自分だけじゃ危ないし、ついて来てもらえそうにもない。だけど、こうやって強行手段に出てしまえば、いやでもあなたが来てくれるって踏んだんじゃないかしら」
そう言われると、利用されている気がしないでもないが……。
「あいつがそこまで考えるか?」
ディリーシェが早く目を覚ましてドアのことに気付かなければ、フェルーニもいつもの時間まで寝ていた。
そうなれば、リトファの山へ向かう時間は当然遅くなり、その間に魔物や獣に襲われることも……。
「んー、そう言われると……。あの子、そんなに計画性はないものねぇ。じゃあ、単に突っ走っただけかしら」
絶対そっちの方だ、とフェルーニは思う。賭けたっていい。
「とにかく、何か起きないうちに、あの馬鹿どもを連れ戻して来る」
「はい。行ってらっしゃい」
普段出掛ける時と同じように、ディリーシェは危険だと噂される山へ向かう夫を見送った。
☆☆☆
まだ太陽が姿を見せないうちから、キャルンとスィードはリトファの山へ入っていた。
フェルーニに反対され、一旦はおとなしく部屋へ戻ったキャルン。
だが、そんなことくらいであきらめるような、殊勝な性格はしていない。
すぐに魔法で出した小鳥を使い、スィードへ「夜中に出掛けるからね」という伝言をしておいた。
こういう「やらかす時」に使うような魔法はしっかりできるのだから、自分でも「不思議ねぇ」などと思うのが、それはさておき。
薬草を探す前に見付かって、連れ戻されては困る。なので、フェルーニ達の寝室前にちょっぴり細工をしておいた。
フェルーニなら、あんな仕掛けなどすぐに解いてしまうのはわかっている。それでも、ほんのわずか足止めできればいい。
何時頃に師匠が起き出すか、よね。そこは運にまかせるしかないわ。
いっそ、何もしないでいた方が気付かれないかも、という案は、キャルンの頭には浮かばなかった。
子どものいたずらのような仕掛けをしてから、キャルンはスィードと合流。
「あねき、どうして夜中に出発するんだよ」
「師匠がダメって言うから」
「え……それなのに、出て来ていいの?」
「細かい話は、後でするわ。行くわよ」





