04.却下
「明日は、皆来亭の定休日だから。あねき、都合……どうかな」
今日話して明日に出発する、というのはまずかったかな、などと思いながら、スィードはキャルンの顔を窺った。
「んー、あたしは特に予定はないけど。出掛けるとなると、師匠にお伺いをたててみないとね。家のことはディリーシェに言えば何とかなるんだけど、師匠の方はそうもいかないし。だけど、どこかへお使いに行けって言われた覚えはないから、たぶん平気だと思うわ」
家事に休みはないが、キャルン一人が全てをしている訳ではない。半日、もしくは一日キャルンがいなくても、ディリーシェがいるので問題はないだろう。
問題だとすれば、フェルーニだ。
急にまた「抜き打ちテストがどうの」なんて言い出す可能性は捨て切れない。特に、こういう時に限って言われそうな。
だったら、先制攻撃……いや、攻撃はしなくていいが、とにかく先に言ったもん勝ちの状態にした方がいいだろう。
「あねき……あの、本当にいいの?」
師匠にどう切りだそうか、などと考えているキャルンに、スィードはおずおずといった口調で尋ねた。
「は? 何言ってるの。あんたが言い出したことでしょ」
「それはそうだけど……。もしかしたら、魔物だって……」
人がほとんど入らない山、ということは「入らないそれなりの理由」があるからだ。
噂は真実で、竜がいるかも知れない。竜じゃなくても、魔物が存在することは十分にありえる。
キャルンはそのあたりのことを、本当にわかっているのだろうか。
こうしてあっさり承諾されたことは素直に嬉しいのだが、スィードとしては何となく複雑な気分が否めない。
「前にスィードの家へ行った時、おいしいパイをごちそうになったでしょ。お母さんにはまたあんなパイを作ってもらわなきゃね。ほら、そんな辛気くさい顔、しないのっ」
不安そうな表情をするスィードの背中を、キャルンは遠慮なく叩いた。
☆☆☆
「駄目だ」
キャルンが「明日、出掛けたい」と言い、フェルーニに行き先を尋ねられてリトファの山だと答えると、即「不許可」を宣告された。
「えー、どうしてよ。遊びに行くんじゃないのに」
「当たり前だ。あんな所へ遊びに行くなんて言ったら、鎖でもつけて部屋につなぐくらいはしてやる」
「そこまでするの?」
山へ行く、と言っただけなのに、ずいぶんな言われ様だ。
一応、キャルンはスィードのことを話し、一緒に薬草を探すだけだ、と説明してみた。スィードのため、ミルツのためだ。
しかし、フェルーニの答えは変わらない。
「お前は知らないんだろうが、あの山には魔物がいるんだぞ」
「あれ? 竜じゃないの?」
スィードも「魔物がいるかも知れない」というようなことはちらっと言っていたが、キャルンの耳には竜という単語しか入っていなかった。
「ここ二百年程、竜の存在は確認されていない。昔は本当にいたと聞いているが、すみかを変えたんだろう。もしくは、寿命がきたか」
「なぁんだ」
フェルーニに睨まれ、キャルンは慌てて口をつぐむ。
過去にリトファの山へ入り、魔物に襲われた、と言う人は実際にいたようだ。幸い、大事には至らなかったが、問題には違いない。
しかし、魔法使い達が調査に行ったが、その姿は認められなかったのだ。
その後「山へ入った一般人が、魔物に襲われた」という報告がまた入り、重ねて調査がなされたが、やはりその影はなかった。
人間が襲われたからと言って、リトファの山にいる魔物を全部排除する、という訳にはいかない。人間に関わろうとしない、つまり害のない魔物もたくさんいるからだ。
どこの山にも、魔物はいるもの。魔物であっても、人間の都合でむやみな殺生をすれば、何らかの形で弊害が現れることもあるだろう。
魔物だけではない。山には危険な生物が、少なからず存在する。魔物がいなくなっても、危険がなくなる訳ではないのだ。
結局、犯人となる魔物の特定はできないまま。リトファの山へ入ることは禁止、という形で、一時しのぎ的な解決法がとられた。
その魔物がもし街へ出て来るようならもっと別の方法がとられただろうが、山の中に限定されていたのでそうなった。
それが、百年程前。
なのに、どう伝わったのか。なぜか、竜の許可なしでは……という噂に変化したのだ。
昔は竜がいた、という話と、入山禁止が混じってしまい、それがさも本当かのようになってしまったのだろう。そして、時が流れるうちに、定着してしまったようだ。
「へぇ。その魔物、魔法使いの前には出て来なかったの?」
「恐らく、大したレベルの奴じゃないんだ。自分より強い奴が複数で来たら隠れるような、小ずるい奴なんだろうな」
「それじゃ、あたしが行ったって平気じゃない」
「……は?」
さらっと言われ、フェルーニは一瞬表情が固まる。
「複数でって言っただろ。って言うか……お前、本気でそう思っているのか?」
「問題ある?」
あっけらかんとしたキャルンの言葉に、フェルーニは頭を抱えた。
「……お前の性格、うらやましいと同時に怖いな」
「どうしてよ」
山にいるのは、魔法使いが行くと隠れるような魔物。
それなら、何とかなりそうなのに。何が問題なのだろう、とキャルンは首をかしげる。
フェルーニは「複数で」と言うが、単独でも相手が魔法使いだとわかれば、その魔物は逃げるかも知れない。だったら、そんなに危険な場所とは言えないのではないか。
「お前、自分の魔法使いとしてのレベル、どういう自覚の仕方をしているんだ。俺達から見れば、普通の人間にちょっと毛が生えた程度の、少しばかり呪文をかじって知ってますってくらいなんだぞ」
「はぁっ?」
師匠の言葉に、弟子はちょっと……いや、かなり傷付いた。
「何よ、それ。ひっどぉい。あたしだって、二年近く練習してきたのよ。それなのに、普通の人よりちょっと上ってだけ?」
それだと、魔法使いのたまご、と言うのもはばかられるレベルではないのか。
「自分の上達速度を考えたら、それくらいわかるだろ。むしろ、わからないならそこが問題だ」
「何よぉ。自分の弟子を、そんなに過小評価するの?」
「自分の弟子だから、正当な評価ができるんだ」
そう言われたら、納得するしかないのだが。
「うー……もうちょっと、ほめて育てようって気にならない?」
思い返せば、この二年の間にほめられたことは……記憶にない。何かの魔法が成功しても「よし」と言われるだけ。
この「よし」は「合格」という意味であって「よくできた。偉いぞ」みたいなものではない。少なくとも、キャルンはほめられた気持ちにはならなかった。
「お前の場合、ほめると図に乗る」
自分でもきっとそうだろうな、とは思うので、その部分はキャルンもあまり強く反論できない。
「……あたしのレベルの話はもういいわ。でも、スィードにはちゃんとした理由があって、それでも行きたいって言ってるの。あたしが一緒に行けないって言ったら、あの子一人になってしまって危険じゃない」
キャルンに話す前、少し思い詰めたような顔をしていた。彼女が行けないとわかっても、あの様子だと一人で行こうとするかも知れない。
魔法使いがいれば現れなくなる魔物も、魔法が使えないスィード一人の時には現れて……ということだって十分に考えられる。
「スィードにも、行かないように俺から言う」
「でも」
スィードが、それを素直に聞くだろうか。
リトファの山へ向かう理由は、母親の具合に関わっている。遊びに行くのを止められるのとは、訳が違うのだ。
その場では聞いたふりをしても、こっそり山へ入ってしまうことはないだろうか。
「その薬草に関してなら、俺が別の場所にないか調べてやる。立ち読みレベルの調べ方で、もしものことがあったらどうする。ミルツだって、泣くに泣けないだろう。一人だろうがお前と一緒だろうが、あの山へ行く限り、命の保証はないんだ」
キャルンが何を言ってもフェルーニが首を縦に振る様子はなく、彼の「駄目だと言ったら、駄目だ」というセリフで、この話は終結させられた。





