03.スィードの頼み
キャルンに呼び方の停止を求められたスィードは、不思議そうな顔をする。
「へ? 何で? いいじゃんか。あ、姉さんの方がいいとか? でも、姉さんだと、何となく他人行儀な感じがするんだよな。やっぱり、あねきの方がいいよ。それに、もうこの言い方で定着してるんだしさ」
そう言われると「本当の弟みたいに慕ってくるから、もういっかぁ」などと思ってしまう。
「はいはい。で、頼みたいことって? 先に言っておくけど、あたしはあんた以上に貧乏だからね」
借金の申込ならパス、と前もって釘を打っておく。
家の用事や子守をする代わりに魔法を教えてもらう、という形式はずっと続いていた。
たまにディリーシェから「よくしてくれているから、お駄賃よ」ともらうことはあるが、本当に子どものお小遣い程度の額。
もちろん、もらえるだけでもありがたい。そのお金で、時々髪を結うリボンなどの小物を買ったりしている。
家の用事と、魔法の勉強。その合間をぬって、バイトできる程の時間的余裕はなく、キャルンの財布は本当にすかすかなのだ。
「あねきに金を貸してくれなんて、オレだって言わないよ。……まぁ、細かいことを言い出せば、ちょっと金が絡んでるようなもんなんだけど」
言いながら、だんだん口ごもるスィード。
「何よ、はっきりしないわね。あたしにできるできないは後で言うとして、とにかくちゃんと話してみなさいよ。相談の中身を聞かないと、アドバイスすらできないじゃない」
言いながら、キャルンは帰り道を歩き出す。スィードも横に並んだ。
「うん……。あのさ、一緒にリトファの山へ行ってほしいんだ」
「リトファの山? あそこに見えてる山……よね?」
街の西側を向くと、高い山が見える。と言っても、周囲にある山が低いので、実はそれほどでもない山も高く感じられるだけだ。
「あの山、確か入っちゃいけないんじゃなかったっけ? そんなこと、聞いた気がするけど。いつだっけ。許可がいるとか何とかってことを……あれ? 許可って誰にもらうのかしら。役所とか?」
うろ覚えの話に、キャルンは首をかしげる。
「あねき、知らなかったんだ。あそこは、竜が許可した者しか入れないんだよ。許可なしに入った奴は、竜に喰われても文句は言えないって」
「え、あの山に竜がいるの? 初めて聞いた。本物? どんな竜?」
竜という言葉に、キャルンが目を輝かせた。
魔法使いを目指す者として、竜には大いに興味がある。こんな近くに存在するなんて、知らなかった。
普段は、フェルーニに教えてもらう魔法をまともに使えるように、練習するだけで精一杯。
それ以外の情報や知識を自分のものにするには、時間が足りないのだ。
「そ、そんなの、知らないよ。竜なんて、見たことないし。オレだって、この話は噂でしか聞いたことがないんだから」
「あら、残念。だけど、どうしてスィードが竜のいる山へ行きたいのよ。竜に会いたい事情でもあるの?」
とんでもないことを言い出すキャルンに、スィードは慌てて首を振る。
「まさか。オレは魔法使いじゃないんだから、竜に会わないで済むに越したことはないよ。……実はさ、薬草を探したいんだ」
「薬草って……お母さん、また具合がよくないの?」
「うん……」
スィードは、小さくうなずいた。
本人はきっと無表情を意識しているのだろうが、その横顔は今にも泣き出しそうに見える。
スィードの母親ミルツは、昔から身体の弱い人だ。軽い風邪でもいつまでも長引いてしまうし、少し無理をすればすぐに寝込んでしまう。
そんな母を見てきたスィードは、できるものなら「医者になりたい」と小さい頃からずっと思っていた。
自分が医者なら、母の容体を毎日確かめられるし、具合が悪くなりそうだったらすぐに薬を処方できる。
つらそうだけど、先生を呼んだ方がいいのかな、といったことを悩む必要はなくなるのだ。
しかし、医者になるための勉強には、どうしたって金がかかる。それも、かなり高額の金が。
専門の学校へ行かなくてはならないし、その学校はよその街にあるから寮に入るか、下宿しなければならなくなる。通える距離ではないのだ。
本代だって、馬鹿にならない。専門書は、それが古本であっても、普通の本より高額だ。入学試験だって簡単ではないし、入るための勉強も必要になる。
たくさんの勉強をしなくてはならないのはともかく、どうして人を助けようとしたいだけなのに、こんなにお金がかかるのだろう。
大工をしている父親の収入では、そんな勉強どころか三人が暮らすだけでいっぱいいっぱいだ。ミルツの薬代もかかるから、生活は本当にかつかつだった。
一年前から、スィードは「皆来亭」という食堂で働いている。少しでもいい薬を買えるように収入を得るためと、体力のつくような料理を覚えるためだ。
以前から料理はミルツが寝込んだ時によく作っていたし、嫌いではない。そんなスィードにとって、厨房で働けるなら一石二鳥だ。
今は皿洗いだの、店の周囲や中の掃除といった雑用ばかりだが、料理人達の手元を見て盗める技術は盗んでいる。
時々、余った料理を分けてもらえるので、それもありがたかった。
医者がどうしても無理なら、料理人になるのも一つの手かも知れない。
そうやって、何とか母親を元気にしようとがんばっているスィードだが、ここ最近ミルツの具合がよくないのだ。
いつも診てもらっている医者から「この薬なら、もう少しよくなるんだろうが」と言われた薬は、とてもスィード一家には手が出せない高価なものだった。
原料となる薬草が手に入りにくく、そのためにどうしても高額になってしまうらしい。
「オレさ、本屋で薬の本を片っ端からあさって、その薬草がある場所を探したんだ。そうしたら、リトファの山にあるって書いてる本があって……。本そのものが古かったから、情報としてはちょっと怪しいかも知れないんだけどさ。でも、本当にあるなら、オレがその薬草を摘んで来ればいいんだ。それを医者に調合してもらったら、母さんに飲ませてやれるだろ」
高いのは原料である薬草だから、それさえクリアできれば手に入れられる値段になるはずだ。
「でも、山には竜がいるから、あたしにも来てほしいって訳ね」
「あねき、前にも言ってたろ。竜を自分の目で見てみたいって。オレはあんまり会いたくないけど……」
早い話、竜が登場したら自分では太刀打ちできないので、キャルンに護衛を頼みたい、ということだ。
それに、一緒に薬草を探せば早く見付かるだろう。
「ま、いいけど」
「行ってくれるのっ?」
「うん。それくらい、構わないわ」
キャルンはあっさりうなずいた。
「ありがとうっ、あねき」
スィードが本当に嬉しそうに笑う。キャルンに断られたら、と不安だったのだろう。
「でも、竜に許可をもらうのって……どうすればいいの?」
キャルンの言葉に、スィードはがくっと肩を落とした。
「あねき……そんなの、真に受けないでくれよぉ。山にいる竜に、山へ入ってから『山に入る許可をください』なんて、誰が言うんだよ」
「あ、そっか。山へ入るのに、玄関があるはずもないしね。じゃ、許可うんぬんっていうのも、噂ってこと?」
「そうじゃないの? 噂ってさ、言う方も聞く方もいい加減なものだから、何が本当かなんてわかんないよ」
「言われてみれば、そうね。それで、いつ行くの?」
「明日」
「明日? ずいぶん急ね」
本当はずっと前から、スィードはこのことを考えていた。
でも、竜がいる、なんて噂のある山だし、実際リトファの山へ入る人はほとんどないと聞く。
そんな場所へ一人で行くのは勇気がいるし、かと言って関係のないキャルンを巻き込むのも悩むところだ。
本当に竜が現われて万が一のことがあれば、本人にはもちろん、キャルンの両親に申し訳ない。
しかし、スィードには正式に魔法使いを雇うような金銭はないし、ミルツには早く元気になってもらいたかった。
噂は噂、ということもあるし、ゆっくり悩んでいる余裕はない。今以上にミルツの具合が悪くなったら、その薬草を使った薬さえ効かなくなるかも知れないのだ。





