02.押し掛け
魔法使いになりたい。
キャルンが自分の希望を両親に告げると、最初は反対された。
当然の反応だろう。娘がいきなり「魔法使いになりたいから、街へ行く」と言い出して「行ってらっしゃい」と笑って見送れる話ではない。
実情は知らなくても、魔法使いというものはそう簡単になれるものではない、と誰もが思っている。田舎の村なので情報はあまり入ってこないから、なおさら困難だと思われていた。
それに、街へ出て、魔法使いになるまでの生活はどうするのか、という問題もある。
一日で魔法使いになれるはずもなく、生活する場を決めてから修行しなければならない。
「それについては、あたしに考えがあるの。一日でも早く修行を始めれば、それだけ早く魔法使いになれるでしょ。街へ行かせて」
キャルンは何日もかけて説得し、両親はついに折れた。
こうして、カウムの街へ乗り込んだキャルン。
街のあちこちで人に聞いて回り、ようやく目的地であるフェルーニの家の門を叩いた。フェルーニの言葉を使うなら、叩き壊しかけた。
後日、その話になると「あたしはそこまで力持ちじゃないわ」とキャルンは反論するのだが、とにかく気合いが入りまくっていたのは間違いない。
「家の中のことは何でもします。あたしに魔法を教えてくださいっ」
裕福ではないので、授業料みたいなものは払えない。
村から街へ毎日通うには、時間がかかりすぎて無理がある。
授業料を払えないのだから、近くに部屋を借りる、なんてことをする余裕はもちろんない。
両親からも「これらの問題をどうするつもりだ」と言われ、あきらめるようにと諭された。
キャルンが街へ行っても、村には家族四人が残る。当然、生活費がかかるのだ。キャルンのためだけに、費用を捻出することは無理。
そういう自分の経済状況の中、キャルンが考えた問題解決の策は、フェルーニの家に住み込むことだったのだ。
キャルンは「両親の説得に成功した」と思っているが、一度言い出したら聞かない娘の性格をわかっている両親は「魔法使いに断られたら、帰って来るだろう」と考えて、街へ行く許可を出したのだ。
断られなければ、それでいい。やってみて駄目なら、自分で見切りをつけることもできるだろう、と考えた。とにかく、一度やれば熱も冷めるはず、と。
「は? いきなり来て、何だ、それ」
フェルーニにも、何人かの弟子はいる。だが、こういう条件を提示されたのは初めてだった。
カウムの街では、魔法使いの家に住み込みで弟子入りする、という形態はない。どの魔法使いも、通いの弟子しかいないのだ。
人にもよるが、魔法使いは富豪でも極貧でもない。一般家庭と生活レベルは似たようなもの。
一泊する客ではなく、同居するとなると拒否反応を示す人もいる。
最初はフェルーニも、この押しかけ弟子入り志願者の勢いに難色を示した。
部屋がない訳ではないが、いきなり現れた少女に「生活の面倒をみてくれ」と言われているようなものだ。二つ返事で受け入れられるはずもない。
キャルンにとって思わぬ助っ人になったのが、フェルーニの妻ディリーシェだった。
「家のことを手伝ってもらえるなら、とても助かるわ」
キャルンが訪れた当時、ディリーシェは臨月だった。
初産でもあり、身体があまり丈夫な方ではないので、家事と育児の両立がうまくできるかしら、などと話していたところだったのだ。
フェルーニは仕事柄、不在になることも多く、ディリーシェの両親はすでに他界していて頼れる人がいない。
短時間でも手伝いの人を雇った方がいいだろうか、とも考えていた。
そこへ、キャルンの登場。
ディリーシェにとっては、単純に「助かるから」ということで口添えしたのだ。
家事の給料は、夫の技術の伝授。住み込みなら、基本的な生活にかかる費用はいるものの、差し引きすればあまり懐は傷まない。
住み込み、つまりずっと家にいるなら、何かあった時にいつでも用事を頼めるから安心だ。
キャルンにしても、ディリーシェの言葉を利用しない手はない。
「まかせて。力仕事は内容によってはちょっと無理かもだけど、家の中のことなら大概のことはできるわ。弟と妹がいるから、小さい子の世話も慣れてるし、おむつ交換もうまいのよ。だから……家政婦兼子守の給料代わりに、魔法を教えてください。お願いします」
「お前、そんなに仕事をして、魔法の勉強までできるのか? 片手間にできるようなものじゃないんだぞ」
「そりゃ、集中できる時間が短くなるだろうから、一足飛びに習得できるとは思わないけど。それでも、やれないことはないわ。少なくとも、村から通うよりも時間は取れるでしょ。また村に魔物が出たりした時、あたしは家族や村のみんなを守りたいの。そのために魔法を習いたいの。お願いしますっ」
村の近くで魔物が出ることは二度とない……という保証は、どこにもないのだ。山や森などは、魔物がいても当たり前の場所だから。
先日とまた同じようなことが起きた時、今度は自分が大好きな人達を守りたい。
そう思って両親を説得し、ここまで来たのだ。一歩も引く気はない。
必死に頼み込み、ディリーシェが仲介してくれたことと「才能がないとわかったら、村へ帰す」という条件付で、キャルンはどうにかフェルーニの弟子にしてもらえた。
魔法のことなど何も知らないので、基礎の基礎から教えてもらうものの、上達は早いとは言えない。
さぼっている訳ではないのだが、失敗が続いてフェルーニが今日のように渋い顔をするのも、一度や二度ではなかった。
それでも、キャルンは全然めげていない。
本当に村へ返されることなく、まだこうやって弟子をしているので「全く才能がない訳じゃないのよ」と自分を励ましながら、前向きに日々修行を積むキャルンだった。
☆☆☆
「あ、あねき!」
その声に、お使い帰りのキャルンは立ち止まった。
見なくても、誰が呼んでいるのかわかる。声でもわかるが、こんな呼び方をするのはスィードしかいない。
振り返ると、やはりスィードだった。
濃い茶色の髪の少年が、こちらへ走って来る。彼を見るたびに「熟れたイガグリみたい」などと思いながら、キャルンはスィードがこちらへ来るのを待った。
「会えてよかった。あねきの所へ行こうと思ってたんだ」
キャルンと二つ違いのスィードは頬を紅潮させ、幼さが抜けないその顔をますます幼くしていた。
「あたしの所に?」
「うん。あねきにちょっと、その……頼みたいことがあってさ」
「ふぅん。ねぇ、何でもいいけど、いい加減その『あねき』ってやめない?」
キャルンには弟がいるが、もちろんスィードのことではない。親戚などでもなく、完全に他人である。
彼がキャルンをそう呼ぶのは、二人の出会い方にあった。
キャルンがフェルーニに弟子入りした、次の日のこと。
買い物を頼まれて店へ向かう途中、キャルンはチンピラに絡まれているスィードを見付けた。
肩がぶつかった、とか何とかのありがちな因縁をつけ、金を巻き上げようとしていたのだ。
その時のスィードは、財布すら持っていなかった。持っていたとしても、入っていたのは小銭程度。
なので、チンピラ達は機嫌を損ね、スィードを小突き回していたのだ。
相手は、二十歳前後の男達。だが、弱い者いじめをする連中を放っておけない。
チンピラ達は四人いたにも関わらず、キャルンはその中へ割って入り、ちょっとした騒ぎになった。
最初は路地で悪さをしていたチンピラ達も、キャルンが暴れることで次第に表通りまで引っ張り出される格好になってしまう。
女の子と複数の男の乱闘は、いやでも街の人達の目に入った。
男達は街の人が呼んだ役人に捕まり、キャルンの乱入でいつの間にか蚊帳の外状態になっていたスィードも完全に解放されたのだ。
その事件のおかげで、キャルンはいきなり街の有名人に仲間入り。
フェルーニには「こんなはねっかえり、弟子にするんじゃなかった」と早くも後悔され、助けられたスィードは尊敬と親しみを込めて彼女を「あねき」と呼ぶようになったのだ。
付け加えると、一番暴れていたキャルンは無傷だった。





