12.心配する気持ち
スィードがいぶかしげに思っていると、キャルンがふぅっと息をついた。
「あねき?」
「ほとんど効果はないだろうけど、師匠に守りの風を送ったの」
と言われても、魔法のことをよく知らないスィードには意味不明だ。
「何、それ?」
「防御魔法の一つ。自分の周りに吹く風が攻撃を受け流してくれるの。うまくいけば、ダメージを受けても半分以下で済むはずなんだけど……人にしたことがないから」
元々は、自分を守るための魔法だ。人にほどこすこともできるが、それはもっとレベルが上の魔法使いがすること。
キャルンのような半人前で、しかも魔力がかなり衰えた状態では、相当に無理がある。
まして、かける対象であるフェルーニは目の前におらず、遠くで動き回っている。魔法をかけるには、かなりの悪条件だ。
フェルーニは本気で怒っていたが、それでもこうして捜しに来てくれた。まさか彼がここまで来るなんて、キャルンは思っていなかったのだ。
いくら腕のいい魔法使いであっても、人間である以上、完璧ではない。山では何が起きるかわからないのだ。
そんな場所へ、フェルーニは来てくれた。キャルンが間違って呼び出したものではないが、あんな魔物と闘い、守ろうとしてくれている。
魔物から人を守るのは、魔法使いとしての義務。
そう言われれば、それまで。だからと言って、見ているだけはいやだ。自分だって、少しでも役に立ちたい。
フェルーニには足手まといと言われたし、効果があるかも怪しい魔法しか使えないが、それでもキャルンだって何かしたいのだ。
ひときわ大きな悲鳴が聞こえ、フェルーニと竜から目を離していた二人ははっとしてそちらを向く。
ちょうど重い音をたてて、竜が倒れる瞬間だった。
「やった」
「師匠!」
キャルンは、その後を少し遅れてスィードが洞窟を飛び出し、魔法使いへと駆け寄る。
「出ていいなんて、まだ言ってないぞ」
だが、キャルンはそんなセリフなんぞ、聞いちゃいない。
「ケガは? あのふっといシッポに当たったりしてない? あの火で焦げたりとかは? 倒れてきた木で、傷ができたりしてない?」
矢継ぎ早の質問に、フェルーニは半ばあきれるように言い返した。
「お前、俺を誰だと思ってるんだ」
「……カウムの街で、一番腕のいい魔法使い」
「それがわかっているなら、こんな奴を相手に手こずるはずがないってこともわかるだろ」
キャルンのセリフを否定しないフェルーニに「この人も結構な性格だな」と横で聞いていたスィードはこそっと思った。
「少しはわかったか、こういう場所にいる奴を心配する気持ちが」
「……うん」
静かに言われ、キャルンは小さくうなずく。
腕がいいと知っていながら、魔物を相手にする魔法使いがとても心配だった。腕の悪い魔法使いが魔物のいる山へ行ったと知れば、その心配は今の比ではない。
山へ入る時は、そんなことなど何も考えていなかった。せいぜい、黙って出て来たから叱られるな、という程度。
実際はそんなものではない、と思い知らされた。
「あれ? なぁ、フェルーニ。竜は?」
さっきフェルーニに倒されたはずの竜が……どこにもいない。
木々が確かに倒れているのを見れば、幻などではなかったはず。あの図体だから、逃げようとすれば絶対に音がするから気付くだろう。
「そこにいる」
「え……あ、あれが?」
魔法使いが指差す方を二人が見ると、赤っぽい毛色のキツネが伸びていた。
「でかっ。オレよりでかいんじゃ……」
サイズがまともではない。牛より大きな身体だが、その姿は確かにキツネだ。
「ってことは……もしかして、あいつが竜に化けてたの? あたしが相手にしてたのって、キツネ?」
「そういうことだな。キツネと言っても、お前より魔力は上だぞ」
あたし、こんなキツネに手こずってたのね……。
普通のキツネではなく、明らかに魔物。だが、キャルンの頭からは、その部分が抜けている。
改めて、自分の魔法レベルの低さにショックを受けていた。
「フェルーニ。あいつ、動かないけど……死んでるのか?」
「気絶してるだけだろ。まだとどめは刺してないからな」
「それじゃあ、命を取るのはやめて、私に預けてもらえないかな」
がさがさと音がして誰もが緊張する中、長身の男性が現われた。
「レオスターク! よかったぁ、あなたも無事だったのね」
今まで自分達のことに精一杯で、こうしてレオスタークが現われるまで彼のことは完全に頭から飛んでいた。
本当ならスィードを説得した後、彼の元へ戻るつもりが戻れなくなり、黙って消えた形になってしまった。
でも、こうして無事な姿を見られ、キャルンは心底ほっとする。
一方で、スィードはこの状況で現れ、魔物を助けようとするレオスタークに再び不信の念を抱いた。
レオスタークがどこまでキャルンやスィードの窮地を知っているかはともかく、二人を喰うか殺そうとした魔物を引き取ろうとするなんて、あまりにも妙だ。
キャルンはレオスタークの無事を喜んでいるが、この魔法使いは一体何を企んでいるのか。
あ、今はあねきだけじゃないんだ。
さっきまではキャルンだけで、彼女はずっと親しげにレオスタークと会話をしていた。
しかし、今はフェルーニがいる。腕のいい魔法使いが一緒なのだ。
レオスタークのレベルがどれだけであれ、フェルーニをキャルンのように簡単に丸め込んだりはできないはず。
「……あなたは」
そう思いながら、スィードがこっそりフェルーニの方を見ると、驚いたような表情を浮かべている。
この状況で人が現れれば驚くだろうが、多少の警戒心も生まれそうなもの。
だが、フェルーニが警戒している様子はなく、ひたすら驚いている。
そういうものだろうか。スィードは猜疑心でいっぱいだから、警戒してしまう。だが、何も知らなければ、急に人が現れて驚いた、で終わるものなのか。
「レオスタークよ。彼も魔法使いなの。魔物に襲われてた時に助けてもらって、シュクヤのある場所を知ってるからって、案内してもらってたの」
レオスタークが挨拶する前に、キャルンがフェルーニに紹介する。スィードはこれまでのことをフェルーニに伝えたいが、そんな余裕はなさそうだ。
「そうですか。うちの馬鹿どもが迷惑をかけまして」
フェルーニが礼儀正しく会釈し、その横でキャルンが「バカどもはないでしょ」と小さく文句を言う。
「迷惑なんて、かけられていないよ。ああ、そうだ。はい、これがシュクヤだよ」
レオスタークが一握りの草を、スィードに渡した。
「え……あの……」
反射的に受け取ったものの、スィードはすぐには言葉が出てこない。
ぎざぎざして、細長い葉。キャルンと見付けたが、レオスタークが違うと言った葉によく似ているが、あれよりも細くて緑が濃い。
スィードの手にあるのは、レオスタークが説明した形の薬草だ。
「最後まで一緒について来なくて、正解だったよ。きみ達が行ってから思っていた場所へ向かってみたら、魔物達の溜まり場みたいになっていたんだ。魔物を見慣れていたとしても、あまり気持ちのいい光景ではないからね。だけど、シュクヤはちゃんと生えていたから」
「あ……えっと、ありがとう」
……あねきが言ったとおり、考えすぎだったってこと? 本当に親切心で案内してくれていた?
レオスタークが怪しいと思って逃げ出したスィードは、こうして本物の薬草を渡されてひどく恐縮してしまった。
レオスターク本人には直接言っていないものの、ああいう行動に出れば、スィードが何を考えたのかわかりそうなものだ。
しかし、レオスタークが気にしている様子はまるでなかった。
「魔物の溜まり場って……レオスターク、大丈夫だったの?」
「何も問題はないよ」
自分達のテリトリーへ入って来た者を、魔物が素通りさせてくれるとは思えない。だが、レオスタークは涼しい顔で答えた。
確かに、こうして見る限り、ケガはしていないようだ。
「そりゃあ、あなたに歯向かおうとする魔物なんて、いないでしょうからね」
レオスタークってすごーい、とキャルンが感心している横で、フェルーニが当然のような顔をしている。
「え? 師匠、もしかしてレオスタークと知り合いなの?」





