11.追って来るのは
「きっかけはスィードかも知れないが、実際の行動に移したのはキャルンだ。夜中に抜け出して行こうなんて、お前は言ってないだろう」
「それは……」
しっかり見透かされ、スィードは詰まる。
嘘でもここで「オレが言い出したんだっ」とすぐに言い返せる程、少年の性格は強くなかった。
フェルーニに止められ「このままでは行けそうにないから、夜のうちに出発しよう」と提案してきたのは、確かにキャルンだ。
止められた理由は、山の中へ入ってから聞いた。
やはり、この山には魔物がいて危険だから。それと同時に「魔法使いがいれば寄って来ない」とも言われ「それなら大丈夫だろう」と考えて。
夜のうちに行くことを提案された時に、止められたのは魔物が理由だと聞いていれば、スィードも「それなら、やめよう」と言ったかも知れない。
しかし、師匠の目を盗んで行くつもりだったキャルンに、スィードの言葉は届いただろうか。
リトファの山へ行きたかったのはスィードの方だが、いつの間にか主導権はキャルンに移っていたから。
「こんな危なっかしい奴に、これ以上教える魔法はない。へたに知っていたら、周囲の人間の命に関わる」
「……」
こうも淡々と言われたら、キャルンは何も言い返せない。
キャルンももちろんだが、魔法など何も知らないスィードが魔物のいる山へ来るのは危険すぎる。
たまごではあっても、キャルンは魔法使い。一般人がそういう危険地域へ踏み込もうとするのを、止めなければならない立場だ。
こういう場所へ行く必要があるにしても、その場合は魔法使いのみで行くべきであり、そうでない人間を安易に同行させるべきではない。
キャルンとしては「スィードのために」と思ってやったことだが、実際にはその逆。彼を命の危険にさらしてしまった。
正義感に燃えてやったこと、で済まされる話ではない。スィードの母ミルツを泣かせてしまうことになる。
「だから、オレが悪いんだってば。オレのために、あねきは動いてくれたんだ。オレのせいなんだから、帰れなんて言わないでくれよ。あねきがどうして魔法使いになりたいのか、フェルーニだって知ってるだろ」
「スィード、静かにしろ」
「だけど」
「静かに」
フェルーニが口元に指を立て、もう片方の手でスィードの口をふさぐ。
そうされて、ようやくスィードも「言い訳は聞きたくないから、黙れ」という意味ではないと悟った。
獣の吠える声が聞こえる。あの声は、恐らくさっきの竜だ。
あと少し、というところでエサに逃げられたので、捜し回っているのだろう。臭いをたどって来たようだ。
スィードはその声を聞いて、鳥肌が立つ。
「頃合いを見計らって出るつもりだったが、案外しつこい奴だな」
「師匠、さっき……何やったの?」
「氷結の魔法で、壁を出した。火で溶かされても、湯気がわずかな時間でも目くらましになるからな」
何かきらめいたと思ったあれは、氷だった。相手が火なら、水で対抗するのが常套手段。だが、あえての氷魔法。攻撃ではなく、逃げるために。
「えっと……言っとくけど、あいつにいきなり火を吐かれたから、とっさに防御の壁を出したのよ。何も考えないでやった訳じゃないから」
外の様子を窺っているフェルーニに、キャルンは一応説明しておく。
言い訳にしか聞こえないだろうが、あの状況ではそうするしかなかったことだけは伝えておきたい。
「どうせ周囲を警戒せずにいて、気が付いた時には攻撃されてたってところだろ」
どこかで見ていたのか、と思うくらい、的確な指摘を受けた。
「フェルーニ、どうしてわかるんだ?」
「辺りに気を配っていれば、火を吐かれる前にもう少し対処の仕様があるはずだ」
言われてみれば、あの時は二人して口論をしていた。周りのことなど、何も気にせず。
竜に火を吐かれなくても、小さな魔物に襲われていたかも知れない。
「師匠、昨日話してた時は、この山に竜はいないって……」
「確認されていないとは言ったが、断定じゃない。竜の性格によっては、ふもと近くまで来たり、ずっと人目につかないような場所にいたりする」
人間の目に触れてないだけで「存在そのもの」を否定した訳ではない。
「じゃ、あいつは今まで山奥にいたのに、たまたまオレ達の前に来たってこと?」
だとすれば、最悪の偶然だ。
「もっとも……あれが本物の竜かどうか、かなり怪しいがな」
「え? だって、あの姿はどう見たって竜じゃない」
子どもの頃に見た絵本とは違うようだが、絵本と本物が同じとは限らない。誇張されていたり、簡素化されていたりするものだ。
「俺も実物の竜は遠目でしか見たことがないが、もっと優美な姿をしている。それに、もっと大きいんだ」
「あれで小さいのっ?」
思わず声をあげてしまい、キャルンは慌てて自分の口をふさぐ。
「竜の子ども、とも思えないしな。だいたい、いきなり攻撃してくるっていうのも変だ。過去にそういう事例はなかった」
「人間は喰わないってことなの?」
「事例がないだけで、現実は定かじゃないが。竜は人間以上に知能が高いと言われているし、混乱状態になっているようには見えない。あれはたぶん、魔物が姿を変えているんだろう」
「あ……魔法使い達が探しても見付からなかった魔物、とか?」
人が襲われ、魔法使いが調査してもわからなかった魔物。人を襲った、という点だけで同一の魔物と断定はできないが、その可能性はある。
「どうだろうな。どっちにしろ、魔法使い一人くらいなら、どうとでもなると思っているんだろう」
フェルーニの言い方に、少し引っ掛かる。
ここには、魔法を使う人間が「二人」いるはずなのだが。
「一人って……あたしは数のうちに入ってないの?」
「お前のレベルは、昨日話した」
普通の人間より、ちょっと上。
それがフェルーニの言う、キャルンの魔法使いレベル。
キャルンががっくりしている横で、内容を知らないスィードが不思議そうな顔をしていた。
そうこうしているうちに、フェルーニが偽者と疑う竜が確実にこちらへ近付いて来る。
「お前達は俺がいいと言うまで、ここから出るな」
「師匠、どうするの」
「ここで人間の味を知ったら、街まで降りて来るかも知れない。ここで食い止める」
フェルーニはあの竜を相手に、一人で闘う気だ。
「あたしも行くっ」
「来なくていい。足手まといだ」
これ以上ないくらい、はっきりきっぱり言われた。
「う……だけど」
「さっきの魔法で、力を出し切ってるだろう。今のお前が奴に抵抗したところで、かすり傷も負わせられない」
いつものことだが、フェルーニはずばずばと言う。
しかし、今のキャルンがまともに魔法が使えないことも、事実。さっきの壁で、かなり体力を消耗してしまっているのだ。
「いいか。終わるまで、絶対に、出て、来るなよ」
絶対、という部分をかなり強調して、フェルーニは洞窟の外へと出る。
同時に、周囲の細い木々をなぎ倒しながら、あの竜が現われた。両者はしばし睨み合う。
先に仕掛けたのは、フェルーニだ。相手が火を使うのはわかっているので、氷の槍を飛ばして攻撃する。
槍が刺さればそれでいいし、氷が溶かされてもさっきと同じように湯気で目くらましになる。そこを狙って、さらに攻撃をするつもりだ。
それを阻止しようと竜が火を吐いたが、完全には防ぎ切れず、数本がその腹部に刺さった。
大音量の悲鳴が、周囲に響き渡る。不気味なこだままで返って。
仕返しとばかりに、竜が動く。火を吐くのではなく、その太い尾を振り回した。また木々がなぎ倒され、その木が邪魔になってフェルーニはうまく逃げられない。
かろうじて尾の攻撃はかわしたものの、自分の立ち位置がかなり狭くなった。魔法使いの動きを止めて、一気に片を付けるつもりか。
「フェルーニ、あんなの相手に一人で、本当に大丈夫なのかな」
出るな、と言われても、やはり外がどうなっているのか気になる。
こそっと覗き見していたスィードだが、横にいるキャルンが何かつぶやいていることに気付いた。
「あねき? どうしたんだ」
だが、スィードが尋ねても、キャルンはしばらく答えない。
「あねき……もしかして魔法を使ってる、とか?」
だが、この場で何の魔法をかける必要があるのだろう。





