13.もったいない
不思議そうな顔のキャルンに、フェルーニがあきれた視線を向けた。
「お前、気付いて……ないよなぁ、その顔は」
どういう内容に気付くべきなのか、キャルンには全くわからない。
そんな彼女は放っておき、フェルーニはレオスタークに向き直る。
「俺が以前この山へ来た時は、姿が見えませんでしたが」
「兄弟達の所へ行っていたものでね。あと、せっかくだから、少しばかり他の土地も回っていたんだ。やはり二百年も過ぎると、ずいぶん景色も変わるものだね」
言いながらレオスタークは、キャルンが難しい顔で一生懸命考えるのを、くすくすと笑いながら見ていた。
スィードも、なぜフェルーニが丁寧な言葉遣いなのか、わからない。
初対面で、見たところ同年代。いや、フェルーニは百歳を超えている、というキャルンの話が本当なら、年上のフェルーニがこんな言葉遣いなんておかしい。
いや、さっきのレオスタークが口にした言葉で、何か引っ掛かるものがあったような……。二百年、とは何のことなのか。
「それで、こんなのを引き取って、どうするんです?」
フェルーニは、伸びたままのキツネを指しながら尋ねる。
「やはり、ちょっとばかりお仕置きはしておかないとね。歩いている時にキャルンから話を聞いた限りでは、街へは出ていないようだけれど。さっきのことで、竜に対する悪い噂がたつところだったからね。そうなることは、誰も望んではいないし……何より、さっきの姿はひどいよねぇ。巨大化した二足歩行のトカゲみたいで、あれを竜だと言われたら悲しくなるよ」
「あぁ、その点に関しては同感、ですね」
年長者だけで、会話が成り立っている。
「ねぇ、師匠」
キャルンが、フェルーニの袖をくいっと引っ張った。
「えっとぉ、もしかしてレオスタークって……なの?」
肝心な部分を小声で言うのは、自信がないからだ。
「街の中ならともかく、こんな自然の中だとわかりやすいはずだぞ。全然気配を隠していないんだから」
「えぇーっ、本当にっ? レオスタークって竜だったのぉ? だって、一言もそんなこと言わなかったじゃないの」
ようやくレオスタークの正体を知ったキャルンは、声が裏返ってしまった。すぐ後ろで、スィードも「うそ……」とつぶやいている。
「もっと早く気付けよ」
「自分からは言わないんだ。尋ねられたら、答えるけれどね」
キャルンの反応が面白いのか、レオスタークはまたくすくす笑う。
「竜ですかって、誰が聞くの? 人間の姿なのに」
「魔物だって、レベルによっては人間に姿を変えられるんだ。竜にできないはずがないだろ」
フェルーニがあきれたように説明する。
レオスタークは魔物かも知れない、と思ったスィードの方が、余程近い線をいっていた訳だ。
年上だと思っていたフェルーニより、レオスタークの方がずっと上。言葉遣いも丁寧になるはずである。
思い返せば、レオスタークと一緒に歩いている間、魔物が全然現われなかった。山の奥へと向かって行けば、もっと現われてもよさそうなものなのに。
今更だが、竜であるレオスタークがそばにいてくれたから、魔物が寄って来なかったのだ、とキャルンは知った。彼のおかげで、何の障害もなく進めていたのだ。
スィードが逃げ出し、キャルンが彼の後を追った時。スィードが戻って来るかわからなかったので、レオスタークは先に薬草を採りに行った。
戻って来たのは、キャルンが防御の壁を出していた時。
手を出そうとする前にフェルーニが現れ、その場から走り去ったのでどうしようかと思っていた。
自分の手には、必要のない薬草。捨ててしまっては、薬草がかわいそうだ。ここまで来るくらいだから、スィードは本当にこの薬草がほしいはず。
おかしな登場の仕方をしたら、また逃げられてしまうかな、と思いながらキャルン達が走り去った方へ向かう。
同じようにあのキツネの魔物も追っていたので、追い払おうかと思ったら、フェルーニが対処してくれた。
もういつ出て行っても同じかな、と思って姿を現したのだ。
「ねぇ、どうして山の中なのに、竜の姿じゃないの? あのキツネが化けてた竜が醜いなら、本物の竜ってどれだけきれいなの? あ、それに本当はもっと大きいって、師匠が言ってたけど」
竜の姿を見てみたかった。さっきは襲われて逃げてしまったが(そもそも偽者だし)本当は以前からずっとあこがれの対象でもあったのだ。
「この姿で現われたのは、いくら魔物がいる山とわかっていても、きみ達を驚かせてしまうと思ったからね。竜の姿は……そうだね、次にキャルンが山へ来た時、見せることにしようか。自分の力だけでこの山を歩けるようになったら、ね。目標ができて、励みになるだろう?」
「目標……うん、わかったわ。あたしが力をつけてレオスタークに会いに来れば、竜の姿を見せてくれるのね」
「……あねき」
スィードがこそっと、キャルンの服を引っ張った。
「あの、言いたくないんだけどさ。あねき、さっき破門にされなかった?」
耳元でささやかれ、キャルンも思い出して「あ……」としばらくかたまる。
あの竜、もといキツネが追って来たことで、そんなことは完全に忘れていた。
だが、すぐに復活すると、キャルンはフェルーニに向き直る。
「師匠、勝手な行動をして本当に申し訳ありませんでした。これからは、必ず師匠の忠告に従います。今回のこと、許してください。お願いします」
キャルンはそう言うと、深々と頭を下げた。今までで一番まともな反省態度だ。
「……」
フェルーニはしばらく腕を組んで黙ったまま、反省しているキャルンを見ている。
「変な言い方かも知れないけれど、もったいないんじゃない?」
レオスタークが、そんなことをつぶやく。それを聞いたフェルーニは、小さくため息をついた。
「……お前、根性だけはあるな」
「え?」
独り言のようなフェルーニの口調に、キャルンは頭を上げた。
「防御するって点では、まるでなっちゃいなかったが……確かに、守りの風は届いていた」
キャルンが「少しでも役に立ちたい」と思い、フェルーニにかけた風の防御魔法。
師匠はちゃんと気付いていたのだ。
レオスタークはその場にいなかったが、フェルーニがキャルン達を助けてから洞窟の中で交わした会話を、どうやらわかっているらしい。
キャルンが防御の壁を長時間出して耐えていたことや、かなり高度な魔法をフェルーニにかけたことから、このまま彼女の才能を埋もれさせてしまうのは「もったいない」と言ったのだ。
そんな竜の意思を悟ったフェルーニだから、街へ戻って「さっさと村へ帰れ」と彼女を簡単に叩き出す訳にはいかなくなった。
キャルンとレオスタークが、どれだけの時間を一緒にいたかは知らない。その間に何を言ったか、やらかしたのか。
とにかく、竜はキャルンを気に入ったらしい。だから、さりげなく先のセリフをつぶやいて、フォローしたのだ。
ったく……本当に誰とでも友達になる奴だな。
「戻ったら、これまで以上にしごくからな。覚悟しろよ」
「……。うんっ」
破門が取り消されたことを知り、キャルンの顔が明るくなる。
「うん、じゃない」
「はいっ」
何だかんだ言っても、馬鹿な弟子程かわいいのかも知れない。
なりゆきを見ていたスィードも、キャルンが破門されずに済んで、彼女よりもほっとしていた。
「スィード、薬草がなくなって必要になればまたおいで。それまでにキャルンが上達するよう、きみも応援してあげないとね」
「もう……レオスタークってば、プレッシャーかけないでよ」
「おやおや、そんなに時間がかかりそうなのかな」
「まさか。すぐに来るわ。レオスターク、退屈してるヒマなんてないわよ」
「お前……その根拠のない自信は、どこから来るんだ?」
フェルーニが、弟子の言葉にあきれる。
「あら、これからもっとしごくんでしょ。上達しないはずがないじゃない。それに、あたしが上達しなきゃ、師匠は何をしてるんだって言われるわよ」
「おいっ。俺の腕まで疑われるような発言を、軽々しくするな」
その後も、延々と言い合いをしながら山を降りて行く魔法使い達。
彼らを見送っていたレオスタークは「あの様子だと、本当に退屈してる暇はないかも」などと思うのだった。





