番外編21 静とハシビロコウ
光司と唯が出かけた後のこと───
「じゃあ、あたしは買い物行ってきますね」
寧々がトートバッグに買い物袋を入れながら言った。
「では、何か美味しそうなお菓子あったらお願いします」
「プリンもね。卵の風味がちゃんと残ってる固いやつ」
静と星羅がここぞとばかりに追加を要求する。
「買いませんよ。必要な物だけです」
須永家の金庫番は伊達じゃない。財布の紐はギッチギチだ。開きそうにない。
「「…………」」
「そんな目で見てもダメです。お昼過ぎには帰ってきますから、そしたら何か作りますよ。そっちのが安いですから」
「断腸の思いですが、仕方ありませんね」
「そうね。寧々を怒らせたら怖いもんね」
流石の寧々も、苦笑いするしかできなかった。
「じゃあ、火にだけは気をつけてくださいね。行ってきます」
そうして、二人残されたリビング。
静と星羅は互いを見ることなく、テーブル越しに向かい合って座った。
沈黙していたのは、ほんの数分。
最初に口火を切ったのは星羅だった。
「ねぇ」
「なんでしょう」
「前にさ、光司がわたしのことをキツネ。寧々をタヌキって言ったじゃない?」
「はい。とてもお似合いで、悔しかったですね」
その言葉に軽く引く星羅。
だが、余裕の表情は消さない。
「で、わたし思ったの。静にそっくりな動物」
「聞きましょう聞きましょう。是非とも聞かせてくださいな」
身を乗り出し、期待に満ち満ちた笑顔を見せる静。
ほんの少し罪悪感に駆られた星羅。
だが、ここで止めるわけにはいかないと、軽く手を上げて言った。
「えっと……、ハシビロコウって知ってる? あの動かない鳥。じーって睨むように突っ立ってるのが静らしいなって思って」
少し失礼だったかなと、星羅は思ったが、そこは静。星羅の予想を遥かに超えてきた。
「ハシビロコウ……」
「そうよ。光栄でしょ? 髪色や瞳の色も似てるし。それにあんた、スナイパーみたいなとこあるし……」
「ありがとう……ございます……」
もの凄く嬉しそうな顔をしていた。感極まって声が震えている。
そして、そこからが静のターンだった。
「ハシビロコウは、獲物を獲るため、じっと動かないんですね。まぁ、そこは確かにスナイパーのようで、わたくしと似ているかもしれませんね」
一拍置いて、星羅が相槌を打つ前に続ける。
「ですが、ハシビロコウはとっても可愛いんですね。正面から見ると、つぶらな瞳がとってもキュート! 愛嬌はあるし、何よりわたくしと似てとっても礼儀正しい」
一息でそこまで言ったところで、我に帰る星羅。
「そ、そうね。立ち姿なんて静そのものだし……」
「ええ。あの羽を広げた時の姿なんて、わたくしそのものですね。雄々しく、凛々しく、神々しい。ジャケットを広げた時のようなかっこよさがあります。それに、髪色と羽の色は確かに似てますね。わたくしのほうが明るい色ですが、あの落ち着いた色がなんとも」
悦に浸る静についていけない星羅。
自分で振った話題だが、やめたくなってしまった。
そして、スマホを素早く操作し、星羅の顔の前へ突き出す。
「見てくださいこの顔! 可愛いですよね!! 愛らしいですよね!!! 癒されますよね!!!!」
「え、ええ……」
そこで、ふと思い出した星羅が更に泥沼に嵌る。
「そういえば、あんたと同じ名前のいたわよね」
「!! よく、ご存知で! そうなんです。こちら千葉市の動物園にいるしずかちゃん! ほら、これ可愛いですよね。はぁはぁ……」
もうテーブルの上に乗っかって話す静。
星羅はもう後ろへ引けない。
「あとですね、掛川市のふたばちゃん。どうです? ハイ◯さんの髪型みたいでカッコよくないですか? ヴィジュアル最強じゃないですか?」
「あ、確かにこれはカッコいいわね」
「でしょう?」
しまったと思ったがもう遅い。そこからは、静によるハシビロコウの写真を一枚一枚見せて、それぞれの感想を言い聞かせてきた。
「千葉と松江は公式で発信してくれるし、掛川はファンの方が──」
スワイプする手が止まらない。星羅の目線も忙しい。
「これ、この前のいちご狩りの時に那須に行ければ、逢えたのですが……」
しかし、自分で言ってしまった手前、素直に聞くに徹する。
「それでですね。一番のおすすめはこれです」
げんなりしながらも、静のスワイプした画像を見ていたが、ある画像が星羅の琴線に触れた。
「ちょ、なにこれめちゃくちゃかわいいじゃない」
「そうでしょう」
「他にはないの?」
「もちろんありますよ」
それはハシビロコウの寝ている時の姿だ。
「ちなみにわたくしがやると、こうですね」
いきなりソファにうつぶせで寝出した静。
「ちょっとあんたなにやってんのよ、もう」
「む! おかしい」
「おかしいのはあんたの頭じゃないかしら?」
「普段光司くんが座っている場所なのに、星羅の匂いがします」
「べっ、別にいいじゃないのよ。ほら……」
静の腕を取って立たせる。
「確かに可愛かったわよ」
「わたくしが?」
「ハシビロコウよ」
「でしょう」
満面の笑みで答える静。
「そんなぎゃんかわなハシビロコウに似ていると仰っていただき、非常に光栄です」
「まぁ……喜んでもらえて何よりだわ……」
再び椅子に座りなおす二人。
「それにしてもかわいいわね」
「ええ。特にこちらは頭が動かないよう嘴を地面に刺して眠っているんです。尊いですね」
「……そうね」
あまりにもかわいいのだが、ここで反応すると、更に長くなってしまうと思い、頷くに留めた。
よく耐えたと自分を褒める星羅。
実際、もっと歩み寄ってもいいかもと、思い始めていた星羅は、静のスマホを眺めていて、ふと思い出したように呟く。
「そういえば光司もこんな感じで寝てるわよね。疲れすぎて、充電切れたように突っ伏してる時とか」
「まぁ、働いてますからね」
「あら、そこはなんかもっとグイグイ来るもんだと思ってたわ」
「疲れている時は、休む。そうでしょう?」
「まぁ、そうね」
調子が狂うなと思いながら、スマホを覗くとハシビロコウが羽を広げていた。
「ちょ、何これ、めっちゃ綿羽フワッフワじゃない! こんなんなってんの!?」
「ええ。わたくしも顔を埋めたいくらいです」
「分かる! 正直もう可愛すぎておかしくなりそうだわ! でも、これは更に見方変わるわね」
「ええ。青い羽の中があんなにもフワフワモフモフですからね。しかも背中! 抱きつきたいですね」
唐突にバッと両手を広げ、ハシビロコウが羽を広げるポーズをとる静。
そんな静の腰目掛けて抱きつく星羅。
もうまともな判断力がなくなっているのかもしれない。或いはほんの出来心だったのかもしれない。
「!?」
「あら、つい……」
「珍しいこともあるものですね。……………ふむ。今から上野動物園に行きますか?」
『『ぐー』』
どちらともなくお腹の音が鳴った。
静から離れて時計を見る星羅。
「あら、結構いい時間ね」
「そうですね。お昼……。また今度にしますか」
「そうね。こんなに見てたら気になっちゃった。今度みんなで行きましょ」
「ええ、是非!」
いい感じの雰囲気だが、部屋中にこだまする腹の虫。
「寧々さんが火は使うなと言ってましたね」
『帰ってから作る』をすっかり忘れていた二人。
空腹には抗えない。
静がキッチンからカップ焼きそばを持ってきた。
「IHならいいのでは?」
「そうね。……ってこれ、この前セーコマで買ったやつよね」
「ええ。こういう機会じゃないと食べられませんからね」
「そうよねぇ。普段は光司や寧々がちゃんと作るからこういうの食べる機会ないしね」
「とりあえず。お湯沸かしますね」
沸かしている間に商品名を見る。
「山わさび塩焼そば……」
「なかなかに趣深いですね」
なんの疑問も抱かずにお湯を捨て、タレを入れていく。
星羅は雑に蓋のキャベツを入れるが、静は箸で一つ一つ丁寧に入れていた。
「なかなか変わったフレーバーですね」
「これが……わさび……?」
ツーンと鼻にくる香りがするが、二人は首を傾げただけだった。
実は、この時点で未だにわさびを使った料理を食べていないため、二人にとっては未知の匂いだった。
「実は、この前佐野でラーメン食べたじゃないですか」
「あれ、美味しかったわよね」
「実は、あの後啜るのを特訓したんです」
「へー。よくやるわねぇ」
混ぜ終わったのか、二人とも手を合わせた。
「では、食べるとしましょうか」
「そうね」
「「いただきます」」
二人が箸で掴んで豪快に啜る。
「ズルッ……ゴホッ!! ェホッ! ェホッ……ケホッ…カハッ」
「ズズッ……ォホッ!! ェッ! ェッ! ……ケホケホ…ェッ! ェッ!」
二人とも盛大に吹き出してしまった。
テーブルは酷い有様だった。
「ちょ…何よこれ……ケホッケホッ……」
「これは、兵器ですか? ゲホッゲホッ……ケホケホッ……」
特に静は気管支に入ったのか、かなり苦しそうだ。
「ほら、水」
「ありがとうございます……あっ……」
むせるあまり、もらった水をこぼしてしまった。
テーブルの上にはこぼれた水と、吹き出した麺の残骸が散らばっていた。
「もう何やってんのよ」
「すいません。ダメージが凄くて……」
「まぁ、わかるわ。これはヤバイわ。啜ったらダメね」
「同感です」
テーブルの上を掃除して、恐る恐る食事を再開した。
「これが……わさび……。悪魔の食べ物ですね……」
「まぁ、味はいいのよ。ツンと来るけど」
「でも、なんか後を引きますね」
危なげなく食事を終えたところで、寧々が帰ってきた。
「ただいまー。遅くなっちゃいましたね。何か作って……、何か食べたんですか?」
急いで料理の支度をしようとしたが、テーブルの上を見て、二人を見る寧々。
「おかえり」「おかえりなさい。これを」
「これってこの前買ったやつですよね。あたしのはないんですか?」
普段は食べないのだが、つい気になって聞く寧々。
「焼きそばはないですが、ラーメンなら」
「折角なんで、それ食べてもいいですか?」
それを聞いて静と星羅が互いに見合って、ニヤリと笑顔を浮かべた。
「いいわよー」
「ええ。この美味しさを是非とも共感したい」
「そんなに美味しんですね」
「ええ。是非とも召し上がってください」
「これもラーメンだからね。ちゃんと勢いよく啜るのよ」
「作法ですからね」
「なるほど。香りがいいんですね」
「ええ。絶妙です」
お湯を入れてる間に食材をしまう寧々。
きっかり三分で片付け、蓋を開けた。
静と星羅は、寧々の真横に二人並んで立っている。
「なんで、そんなとこに立ってるんです?」
「カップラーメンの中を見たくて」
「ふーん。まぁ、いいです…いただきます」
その後は言うまでもなく、例に倣って盛大に啜り、盛大に噎せた寧々。
「ズッ! ボハッ……! ェホッ! ェホッ! ンッンッ……ゲホッ……こ、これっ!」
してやったりといった顔をする二人を見て立ち上がる。
「知ってましたね、これ……」
「なんのことでしょう」
「そうね。一体どうしたの寧々?」
「どうしたもこうしたもありません! なんなんですか、これはー!」
両手を上げて怒る寧々を見て二人は再び見合った。
「次はレッサーパンダの話しましょう」
「同感です。何から何までそっくりですね」
「ちょっと……ケホケホッ……何を話して……」
「寧々が可愛いって話よ」
「ええ」
「そんなことで、話を逸らさないでください。知ってましたよね。これ!」
怒る寧々を癒されたような表情で見る二人。
「はい。死にかけました」「死ぬところだったわ」
それが、比喩ではないことは寧々も分かっており、二人も被害に遭ったならいいかと溜飲を下げる寧々。
その後、恐る恐る食べる様子を見て、似てるなぁと確信する二人だった。
「ところで、二人は何をしていたんですか?」
「静が何の動物に似てるかって話をね」
「へー……で、何に似てるんです?」
「ハシビロコウです」
そう言って、静がハシビロコウのポーズを決めたのだった。
「どうよ」
「どうして星羅がドヤ顔してるのか分かりませんが、まぁ雰囲気は……」
その後、静と星羅が、寧々を挟んで、スマホの画像を見せながらハシビロコウの魅力を語っていったのだった。
それは、光司と唯が帰ってくるまで続いた。




