番外編20 桜色の不安は風に吹かれて③
駅へ向かい電車に乗る。
次の駅で私鉄に乗り換え、暫く電車に揺られながら景色を見ていた。
ふと、窓の外を流れる景色を楽しそうに見ているユイの横顔をずっと見てしまっていた。
窓の外を眺めているだけなのに、こんなにも絵になるくらい綺麗だと改めて思った。
時代が時代なら絵画になっていたかもしれないくらいだ。
「ん、どしたん?」
「いや、……綺麗だなって」
「そうだねー。桜とか咲いてるもんね」
「いや、そっちじゃなくて……」
「え?」
「ユイの方が、な」
一瞬キョトンとした顔をして、すぐさまそっぽを向いてしまった。
「……(ばか)」
ユイは顔を朱くして、再び窓の外を見てしまった。
それから暫く無言のまま電車に揺られていた。
多摩川を渡り、JRと私鉄が交差する駅を超えると、目的の駅に着いた。
駅前には大きな木があり、駅舎も小さめで可愛らしいデザインだった。
「んー。着いたねー」
ぐいーっと伸びをしているユイ。
「そんなに乗ってないだろ?」
「や、なんというか気恥ずかしくなっちゃって」
「そ、そうか……」
「いろいろ考えてたから、さ」
そう言って俺の袖をギュっと掴んで俯いた。耳まで真っ赤だ。
「腕、組むか?」
「うん!」
うっきうきで俺に寄り添って歩くユイ。
だが、花びらがひらひらと飛んでくるのを見て、俺の腕を引っ張る。
「わ、すごい! ねぇ、早く行こ」
「慌てると危ないぞ」
「だいじょーぶだいじょーぶ」
ユイに引かれながら歩くと、ここからでも綺麗な淡いピンク色が見えた。
それは山全体を綺麗に覆い染めていた。
この場所はソメイヨシノだけじゃなくて、八重桜や山桜。里桜にしだれ桜とかいろんな種類の桜がある。
まぁ、まだ咲いてないのや散ってしまったのもあるが。それもまた一興かなとは思う。
それでも山全体がピンク色しているから、遠くから見ても綺麗なんだ。
だが、近くから見るとより綺麗だった。
ユイの髪型と同じピンク色が視界を埋め尽くしていた。
「ほーら。ぼーっとしてないでっ!」
「あ、ああ……」
桜のトンネルを手を繋いで登っていった。
ユイに引かれるように登り、古民家の横を超え、再び桜のトンネルを抜けると開けた場所に出た。
やはり、ここに来てよかった。
桜と古い建物が日常を忘れさせてくれる。
そして何よりあの展望台がいい。ちょっと古刹にも見えるし。
それにここ博物館や美術館があるから、他にも楽しめるのが多いのが魅力的だ。
もし、ユイが飽きてしまっても大丈夫だろう。
恐らく、そんなことにはならないだろうが。
しかし、ユイは元気だな。
「コージコージ、写真撮ろ」
「ああ」
ユイが自撮りモードでスマホを掲げて撮る。
「それだと桜が映らないぞ」
「あ、そっか」
今度は俺が持って桜がバックに映るように撮る。
「どうだ?」
「カンペキ!」
上手く撮れてよかった。
「ねぇ、あそこ登ってみたい」
「いいな。行くか」
「うん」
展望台に上ると、市街地が一望できた。
「わーきれいー」
「これはなかなかだな」
「ねぇ、コージ」
「どうした?」
「連れてきてくれてありがとね」
「喜んでくれて何よりだよ」
ユイは目を細めて、風で靡いた髪を抑えた。
ほんと、そうしていると、目を奪われてしまう。
「あーしとおんなじ色がいっぱい」
「そうだな。綺麗な色だ」
「綺麗ってもう……」
「本当のことだろう?」
「ちょ、もー。コージったらー」
ニカッと笑ったかと思えば、すぐに顔を真っ赤にして、顔をバタバタと仰いでいた。
ピンクの海が眼下に見える。
風に舞う花吹雪がより幻想的にしてくれる。
「ねぇ……」
ユイが俺の方へ向き、俺の目を見据える。
「今日は、本当にあーしと二人きりなんだね」
その表情は嬉しそうなのに、声はどこか不安げで震えていた。
「みんな、ほんといい子ばかりだよね」
後ろ手を組んで、空を見上げるユイ。
「みんな、ほんとにいい子ばかりで……あーしも頑張ってるつもりなんだけど……時々、自分がみんなの後ろにいるみたいで……コージの隣にいたいのに、置いていかれてる気がして……怖くなるんだ」
ユイは俺に向きなおり、そっと俺の袖をキュッと掴んだ。
「ユイ……」
確かに、うちでは空気を読んで、いいお姉ちゃんをやっているよ。
でもやっぱり、無理をさせていたんだろうか。
「コージが優しすぎて……みんなに分け与えちゃうんじゃないかって思うの……あーしだけを見て欲しいって、わがまま言ったら……嫌われちゃうかなって……」
ユイは俺の目を見て、耳まで真っ赤にしながら、精一杯勇気を振り絞って言った。
「そんなことはない。そんな風に思わなくていいんだぞ? ユイはユイの好きなようにすればいい。変に気を使う必要もない」
こんな風に気を使わせていたなんて思わなかった。
ユイは俺を見上げて、潤んだ瞳で続きを言った。
「……いつか、あーしだけを見て欲しいな……」
言い終わった瞬間、ユイはハッとしたように目を泳がせた。
「……言っちゃった……」
耳まで真っ赤になって、慌てて俺から視線をそらす。
後ろ手を組んで、足のつま先を地面で小さくグルグリしている。
「う……なんか、急に恥ずかしくなってきた……こ、コージ、忘れて?」
声がどんどんと小さくなっていく。
ユイは珍しくオドオドしていて、いつもの明るい笑顔が完全に消えていた。
「……あうあう……」
ついいたたまれずに、ユイをそのまま抱きしめてしまった。
「わ!」
ユイの身体が、俺の胸の中で小さく震えた。
「ごめんな。今はこれしかしてあげられないけど。いつか」
「ううん。大丈夫だよ。……今は、これで十分……」
「少し落ち着いたか?」
「うん。……コージあったかいね」
「きょ、今日は、暖かいからなっ」
「もう。自分で言っておいてー。(ちゃんと感じてるよ……)」
「す、すまん……」
俺もついこそばゆくなってしまったんだ。
それに俺もユイと一緒で顔が朱いのだろう。ものすごく熱い。
「コージ……」
「どうした?」
ユイは俺の腕の中で上目遣いで見上げた。
「今は、無理でもいつかきっと振り向かせてみせるから。今日みたいにあーしを連れ出してね」
言い方は柔らかいけれど、表情は真剣そのものだった。
「……うん。……分かった。約束する」
俺はその言葉を言うのが精一杯だった。
「たはは。ごめん。なんか硬くなっちゃったね」
「そういう時は、変にふざけたりしない方がいい。折角言ってくれたのに、決心が揺らいでしまうぞ?」
「だよね。……うん。これはあーしの本心。でも寧々ちゃんも星羅ちゃんも静ちゃんもみんなコージを見てる。だから、少しでもこうしないと……」
「じゃあ、もう少しこのままでいようか」
「……うん(大好き……)」
その後、暫く展望台の上でそのままでいた。
それは偶然なのか、そこには俺とユイしかいなかった。
眼下に見える桜の海を見て、ここが特別な場所のように感じた。
結構長いこと、そうしていた気がする。
もっと、抱きしめていたかったが、誰かが、階段を上る音と、声がして、慌てて離れてしまった。
名残惜しいが、こればっかりは仕方ない。
観光に訪れた人が、ぞろぞろと入ってきた。
ユイは俺の耳にそっと手を当てて言った。
「今日はあーしだけ見ててね……?」
その顔に、胸がドクンと大きく高鳴った気がした。
「はひ」
「もう。なんで、そこで噛むし!」
俺の二の腕を掴んで揺さぶるユイ。
「すまんすまん。かわいくて、つい……」
「じゃー、許してあげる」
俺とユイは、どちらともなく笑い出してしまった。
「ねぇコージ」
「なんだ?」
「折角桜綺麗なんだから、もっと見てまわろ?」
「そうだな」
展望台を降りて、桜のアーチになっているところを歩く。
気がつけば、ずっと腕を組んで歩いていた。
ユイは時折、俺を見上げては、「にしし」と笑って見せた。
丁度、風が吹いて、たくさんの花びらが舞い上がった。
ユイは俺から離れ駆け出した。そして、振り返り、とても愛おしい笑顔をしていた。
花吹雪の中で見るユイはとても美しく、その姿はまるで桜の妖精のようだった。
「見惚れてるだけじゃ、ダメだよー」
ユイの横へ行って、手を差し出した。
一瞬キョトンとした顔をしていたが、すぐに眦を細めて、握り返してくれた。
「にしし。いつか娘扱いじゃなくて、ちゃんと一人の女の子として見てよね」
「ああ。約束する」
「うん。じゃあ、今日はあーしと恋人同士だね。(本気で、あーしだけを好きになってくれたら……いいな)」
最後の方は、殆ど息のように小さく、風の音で掻き消えて、よく聞こえなかった。
だが、何を言わんとしているのかは分かった。
だから俺は今日、この手を離さないって決めたんだ。
それから時間の許す限りいろいろ見て回った。
他人の視線なんて気にならないくらい、楽しんだ。
気がつけば、年甲斐もなく腕をブンブン振っていた。
途中にあった団子屋さんでは「お父さんも大変ですね」なんて言われてしまった。
ユイも空気を読んだのか、ニコッと笑うに留めた。
いつか、「違うよ」って言える日が来るのかもしれない。
それがいつかは分からないし、来ないかもしれない。
でも、少しはそうなれるよう俺も歩みを寄せてもいいのかもしれない。
俺がトートバッグに入れたレジャーシートを見て、ユイが「流石オカン!」などと言ったりしていたが、素直に俺の横に座って暫く桜を見上げながら過ごした。
ユイの頭が俺の肩に乗る。
桜の香りに混ざって、ユイの香りがした。
こんなにも俺に寄りかかるなんて、よっぽど信頼してくれてるんだろうな。
いつか、それに報いてあげたいと、桜を見上げながら思った。
その瞬間、強めの風が吹いて、大量の花吹雪が舞い、桜まみれになってしまった。
俺もユイもピンク一色だった。
「(コージがあーし色に……)」
「大丈夫か?」
「う、うん。だいじょーぶだよー。……でも、暫くはこのままでいいかも」
ユイがそう言うので、そのまま桜を見上げていた。
ユイの手が俺の手の上に添えられていた。
それは、さらに花びらにまみれるまでそのままだった。
その後、ユイと少し遅めのランチをとってから家に帰った。
本当なら、夜桜も見たかったのだが、流石にユイも疲れただろうし、そんな遅い時間まで連れ出すのは憚られた。
家に帰るなり、星羅がニヤニヤしながら出迎えてくれた。
「おかえりー」
「「ただいま」」
リビングでは寧々と静がソファに座って、くつろいでいた。
「おかえりなさい」「おかえりなさいませ」
まさか、そのままソファに座らされて、今日何をしたのか根掘り葉掘り聞かれるとは思わなかったが、不思議と嫌ではなかった。
三者三様の反応も面白かったが、真っ赤な顔で恥ずかしがるユイを、もっと見ていたくなったのだった。
ユイが後ろで幸せそうな声で「……最高だったよ」と呟くように言った。
それはきっと、俺にしか聞こえていなかった。




