29 大人しくしていてくれない
元いた場所が阿鼻叫喚に包まれる中、それを遠くから眺めていた。
なんか他人事だなと思った。
……いや、実際もう他人事か。
まぁ、そんな事よりも新しく移った場所の仕事を覚えるのだが。
前やってたとこと大して変わらんな。
「やっぱり君を連れてきて良かったよ」
「なんか、すいませんね」
「いや、いいんだよ。カレも気になってたみたいでね」
カレと呼ばれた方を向く。
俺をやたらとライバル視してる佐良だ。
「ふっ。これでやっと同じ土俵に立てたな」
なんでこいつはこんなに俺に突っかかるんだろうな。
「何? 俺のこと好きなの?」
「なっ! バカなことを言うな! (こんなところでそんなこと言うなよ……)」
「悪かったよ。ま、これからは同じチームなんだし、よろしく頼むよ」
「お、おう。任せとけ」
しかしなんでこいつはこんなに顔が朱いんだ?
まぁ、風邪とかインフルエンザとか流行ってるからな。お大事に。
仕事内容を聞きながらやっていく。
改めて仕事を覚えると時間が経つのが早いな。
「どうだい?」
「ええ。問題はありませんね」
「だろうね。今までやってたことの延長みたいなもんだろう?」
「まぁ、そうですね」
「普通はこれ覚えるのに二、三ヶ月かかるんだけどねぇ」
そうなんか? 隣で佐良がジト目で俺を見てくる。
「まぁ、それなら大丈夫そうだね。じゃあ、キリもいいしお昼にしようか」
「そうですね」
ふと、元いた場所を見ると、諦めたのかいつも通り談笑していた。
ディスプレイは暗くなっているから、大分前から放棄したんだろう。
「気にすることはないよ。本当の残業をする羽目にはなりそうだけどね」
やっぱり部長はよく見ている。
食堂へ行き、部長と佐良とともにする。
普段は一人で食っていたからな。中々新鮮だ。
「おや、今日はお弁当かい。珍しいね」
「部長もお弁当なんですね」
「ああ」
そう言って広げた弁当箱はかなり彩りよくバランスが取れていた。
「へぇ。奥さんが作ってくれるんですか?」
「いいや。ボクだよ」
「「えっ!?」」
何で佐良まで驚くんだ。
「いやぁ、ウチの家内というか細君というか妻がね、料理とか家事全般苦手でね。ボクがやってるんだ」
あー、前なんか聞いた気がする。というかどこかで聞いた言い回しするな。
「で、まぁ娘達の分も作ってるから、それなら自分のも作っちゃおうってね」
「なんでもできますね」
「なんでもはできないよ。出来ることだけさ」
いつも言っているけど、嫌味なく言えるのはすごい。
「そうなんですね」と言いながら自分も弁当箱を開けた。
「ほう」「なっ!」
俺の弁当箱を覗きこむ二人。
「へぇ」
ニヤニヤする部長と悔しそうな顔をする佐良。
「これは彼女サンが作ったのかい?」
「あ、俺が作りました」
「ほう」「なっ!」
さっきと同じ言葉なのに反応が違う。
「いいねぇ。ちゃんと出来てるじゃないか」
「あ、ありがとうございます」
「お、オレも自分で作ってこようかな……」
佐良は出来合いの弁当を買ってきていた。
「しかし、前に見たときは随分と身体に悪そうなものばっかりだったよねぇ?」
ああ、確かにそうだな。彼女達が来たことによって、俺の考えも変わったんだな。
「そうですね。でも、あれはあれでコスパ良かったんですよ?」
「と、言うと?」
部長が聞く体制になる。
そんな大したもんじゃないんだけどな。
「いや、コンビニって今おにぎり200円超えるじゃないですか。なんで、ドラッグストアとかスーパーで菓子パン買うと、税抜きで98円で買えるんです。これ二個でおにぎり一個買うより安いんですよ。でも、小さめのカップラーメンだと、一個99円じゃないですか。一個でお腹いっぱいになるなんてコスパいいなって。でも最近思ったんですよね。俺自身そんなに食べないから、一個146円の魚肉ソーセージがコスパいいなって。一個あたり約37円。二個でも100円いかないんですよ? タンパク質も摂れて一石二鳥……って、どうしました?」
何故か二人とも悲しそうな顔をしている。何でだ?
「ま、まぁいろいろ変わって良かったよ。うん」
「お前そんな偏ったもん食ってたんだな……」
仕事中にチョコバーとかいろいろお菓子食べてるお前にだけは言われたくないんだが。
「これもあげるよ」
部長が別のタッパーを取り出す。
中にはマドレーヌが入っていた。
「買ってきたんですか?」
佐良が尋ねる。
「いや、ボクが作ったんだ」
俺の顔を見ながら部長が言う。まぁ作ってるのは知ってたし、なんなら配ってたからな。
後からこの部署に来た佐良は知らなかったんか。まぁ、ここ最近は配ってなかったしな。
「あれえ? 栗栖部長またお菓子作ってきたんですかあ?」
鮎追係長が部長の元にやってきて、お菓子をねだった。
「そうだよ。キミもいるかい?」
「もちろんですう」
一個を両手で受け取って頭上に掲げていた。
「ありがとうございますーん」
るんるん気分でスキップしながら去っていった。
三人で顔を見合わせてしまう。幸せな人だよホント。
「そういえば、部長って娘さん三人いましたよね」
「え、そうなんですか?」
佐良が驚く。もう少し興味持てよ。
「ああ。上の子が大学一年で、二番目の子が高校二年。下の子が中学三年で今年受験なんだ」
うちも娘が四人いるから、そういう情報は今後必要になるからな。
しかし、受験か。そういえばそういうシーズンだったな。
「お子さんの名前ってなんなんですか?」
珍しく興味を持ったな。まぁ俺は知ってるんだけどさ。
「あれ、言ったことなかったっけ?」
「はい」
「上から、ティナ、ティア、ティノだな」
「へー」
そう。苗字と合わせるとクリスティナ、クリスティア。クリスティノになるんだよな。部長もクリステルになるし。
そもそも、昔はなぜかクリストファーと呼んでくれとかわけわからんジョークを言っていたことを思い出した。
その事に佐良も気づいて指摘した。それに対して、部長も笑っていたが、とんでもないネーミングセンスだよ。
そんな話をしながらご飯を食べていく途中でスマホの電源を切っていた事を思い出した。
電源を付けると、ものすごい数のメッセージや不在着信が表示された。
なんか銀行からだな。もしかして支払いの件だろうか。やばいな。
「すいません。ちょっと、電話に」
「ああ。気にしなくていいよ」
「すいません」
そう言った直後に電話が振動し、着信の表示になった。
やはり銀行だ。
慌てて出て、食堂を出る。
「はい、もしもし」
『やっと繋がりましたか』
開口一番そんなことを言われた。向こう側では安堵の声音がした。
「何かありましたか?」
『須永様へ送金がありまして』
「はぁ」
『あの、金額が金額でして……』
言葉を選ぶように相手が言いよどんでいる。
『あの、どうやったのかは分からないのですが、……二兆円程の送金が四件ございまして……』
「…………はい?」
俺の聞き間違いか?
一瞬、何を言われてるのか分からなかった。
「……あの、すいません。今なんと?」
「……二兆円程の送金が四件ありました。……同じタイミングで、です……」
マジか。あいつら……。
『ロマンス詐欺とかされてませんよね?』
「え、ええ……もちろん」
そりゃあこんな金額だ。疑われても仕方ない。
仕方ないが、そんな金額引っ張ってこれるやつは相当優秀だろ。
なんてツッコミを心の中で入れてしまった。
しかし、こんなんマネーロンダリングやテロを疑われても仕方がない。
ロマンス詐欺止まりで何よりだよ。
「ところで、その四件の振込、どこからなんですか?」
電話口の相手が答えた名前を聞いて頭を抱えた。
「あいつら……」
『ど、どうかしましたか?』
「すいません。大変お手数なんですが、全額返金でお願いします」
『ええ……』
ものすごくめんどくさそうな返事をされたのだった。
しかし、どうやってこんなに稼いだんだ?
まさか、静の一兆倍にして返すがこんな形で実現するとは思わなかった。
これ、返していいんだよな?
……返せるんだよな?




