番外編93 悠真のアルバイト
彼の名前は狭山悠真。
英愛学園に通う一年生だ。
中学までは部活に入っていたが、高校に入ってからは所属していない。
理由としては、英愛学園にはサッカー部が無いからだ。
フットサル同好会はあるが、どちらかと言えば走りたい悠真としては、選択肢にならなかった。
かといって、陸上部に入るのも違うと感じていた。
そんな悠真は今、同じクラスの女子生徒たちに尾行されている。
本人たちは隠れているつもりだろうが、目立つ見た目に目立つ制服。そのうえ話しながらついてくれば、誰だって気づくもの。
悠真は、もしかしたら、たまたま同じ方向に歩いているだけと、良い方に考えた。
なので、念のために右に二回曲がると、全員着いてきた。
やはりこれは尾行されている。
そう判断した悠真は、もう二回右に曲がると、全速力で走り去って行ったのだった。
目的地のバイト先に着くと、膝に手を当てて荒い息を吐いていた。
しばらく動いていなかったからか、脇腹や太ももが痛い。背中はぐっしょりと濡れていた。
事務所のドアから入り、更衣室で着替える。
汗をかいたところは、ウェットティッシュで拭った。
そして、白いTシャツと黒いスラックス。そこに黒いエプロンを付ければ、完了だ。
そして、身バレ防止のために、フレームの太い黒縁メガネをかけ、ワックスで毛先を遊ばせた。
どこぞのゲームの主人公のような見た目になった。
仮面とコートを付ければ裏世界に行けそうだ。
着替えが終わると、二人の人物が入ってきた。
一応、男と女で分かれているのだが、二人はいつも気にせずに入ってくる。
最初は驚いたが、今ではすっかり慣れてしまった。
「あ、おはようございます」
「おはよー」「おはよう」
バイト先での挨拶を交わした悠真。
見た目だけなら、二人とも美少女だった。
二人とも恕創学園の生徒である。
よく、お嬢様学校なのに、バイトが許されているなと、悠真は思っていた。
そんな二人を改めて見る。
一人目は入間冬華。少し背が低く、緩いウェーブのロングヘアーで、髪色は薄めのピンクをしていた。顔は小さく、ペリドットの瞳はとても大きい。肌は瑞々しく、髪はふんわりしている。睫毛もかなり長い。
二人目は所沢遊夏。悠真より少し背が高いボーイッシュな人物だ。黒いショートレイヤーの髪の毛で、グレーの瞳が印象的だ。やはり顔は小さく、睫毛が長い。
二人とも手足が長く、差し詰めお姫様と王子様といった感じだ。
強いて欠点を言えば、二人ともまな板だという事だろう。パッドを入れてはいるのだろうが、やはり、心許ない。
恕創学園の制服といえば、ドレスのようなワンピースタイプの制服で、夏は白。冬は黒で、身体のラインが分かりにくいデザインとなっている。
制服を着ていない二人を見ると、驚くほどスレンダーだった。
「悠真くんは、そんなに身バレするのがイヤなのかい?」
王子様みたいな話し方をするが、その声はとても可憐だ。
「普通にしてれば可愛いのにもったいないよね」
何回でもループ再生したくなるほど可愛らしい声のお姫様だ。
二人とも、これが作っていないというから驚きだ。
でもなぜか店長は二人にはよそよそしいのだ。
きっと、可愛すぎて、過剰反応しているのだろう。
「まぁ、バイト禁止じゃないんですけど、いろいろと面倒なので」
「ふーん」「そうなんだ」
悠真には、冬華がもっと面白い理由を期待していたように見えた。
そして、冬華は少し興味をなくした返事をした。
遊夏は悠真の髪の毛を触りながら答えた。
「まぁいいや、そろそろ時間だし、行こうか」
遊夏がそう言うと三人は売り場へと向かった。
中野区にある大きな書店。そこがバイト先である。
売り場に出ると、遊夏目当ての若い女性の黄色い歓声が上がり、冬華目当ての大人な女性から、買う気があるのかは分からないが、ずっと本の場所を聞かれていた。
対する悠真はレジ打ちをしており、地味な見た目と相まって空気に徹していた。
そうその瞬間までは。
「すいませーん。これお願いしまーす」
「はい」
置かれた本から目線を上げると、燈と柚がいた。
「………………1500円になります」
「いやいや、もう少し反応しよーよー」
「そうですよ」
「それにあたしはー、バラしてないしー」
「家近いの?」
悠真がふと気になって聞いた。
「あたしはー笹塚ー」
「わたしは永福の方ですね」
「ぜんっぜん場所違うじゃん。路線も違うし。え? なんで?」
混乱する悠真。意味が分からなかった。
「悠真くんはどこなの?」
「阿佐ヶ谷だけど」
「へー近いじゃん」
呻きながら住んでいるところを伝えた。
他愛のない話が続いていく。
悠真たちが話し合っていると、後ろから遊夏と冬華が二人に話しかけた。
「なんだい。友達かい?」
「なになにー。紹介してよー」
燈と柚が振り返ると、遊夏と冬華が「あっ」と言った。
「この前いっぱい買った人だよね」
「この前はどうもー」
「え、燈は来たことあるんだ」
柚が驚いて聞いた。
「うん。寧々と来たよー。悠真くん休みの日にねー」
「知らなかった」「………………」
柚は驚いたまま、小さな声で呟き、悠真は押し黙ってしまった。
「まぁ、ここは結構本の種類多いからねー。また来るよー」
そして、去り際にこそっと燈が言った。
「(安心してよ。みんなには言ってないし、みんなはもう帰っちゃったから)」
珍しく間延びしてない声で言われて驚いた悠真。
気がつけば燈と柚は遊夏と冬華と話し始めていた。
一人状況が飲み込めないまま悠真はそのまま仕事を続けていった。
気がつけば、燈と柚は帰っていたらしい。
あとで、教室で何を言われるか、内心不安だった。
正直、バイト先がバレてしまったので、辞めようかなと思い始めていた。
そして、みんな帰ったというのに、またぞろクラスメイトがやってきた。
「あ」「あっ!」
一番の危険人物、朝霞愛花だ。
「ここでバイトしてるんだ」
「あ、ああ」
そっけない返事をしてしまった。
「愛花はなんでここに?」
「家近くだし」
「マジか」
本当にバイト先を変えようかと悩んでいた。
しかし、あの二人と離れるのは嫌だなとも思っていた。
「もしあれならさ、うち近くだから食べにきてよ」
「え、何? レストランでもやってるの?」
「喫茶店やっててね。パフェが有名なんだよ。喫茶愛花夢って言うの」
愛花がそう言うと、いつの間にか悠真の横にいた冬華と遊夏が距離を詰めてきていた。
「あ、知ってるよそこ。めっちゃ有名店だよね」
「あそこ、かなり並ばないと食べられないんだよね」
「そ、そうなの?」
「そうだよ。知らないなんてモグリだねー」
愛花は顔を朱く染めて微笑んだ。
「一体どこに住んでるんだい?」
「阿佐ヶ谷だけど」
「あ、わたしと一緒じゃん」
「あたしは隣の高円寺だね。へー。近いじゃん」
意外と近いところに住んでいて驚いた悠真。
そして、そんな三人を見て、メガネを曇らせた愛花。
そして、鼻息荒く言った。
「じゃ、じゃあ今度来てよ。サービスするからさ」
「是非!」「うん。行かせてもらうよ」
和気藹々とみんなで、カフェのことを話していた。
「そういえば、そのカフェにはうちの卒業生っぽい人がバイトしてるっぽいんだよね」
「え、そうなの?」「へー、知らなかったー」
「何で知らないんだよ」
「みんな大学生だから。どこの高校行ってたかなんて聞かないわよ」
そんな感じで話していたら、まだここで続けようと思った。
「悠真くんのバイトも知れてよかったよ。(女装していないのは当たり前だよね……)」
なぜか残念そうな顔をしていた。
そして、バイトが終わり、着替え終わり、帰ろうとした時。
「じゃあ、家も近くだし、一緒に帰ろうか」
「そうだねー。帰ろー帰ろー」
「きょ、距離近くないか?」
「いいじゃん。あ、LINE教えてよ」
「あ、わたしも知りたい」
そんな話をしながら帰った。
そして、なぜか次のバイトの時にはクラスメイトや他のクラスの生徒がたくさん買いに来たのだった。
バラしたのはどっちなのか。
それとも、他にもいたのか。悠真には分からなかった。
変装のレベルを上げるにはどうしたらいいか。
自然と二人に相談していたのだった。




