番外編92 女装男子と体育の時間
そして、美羽が言った。
「文化祭はやっぱり女装カフェ的な?」
それを聞いて、みんなが静かに席に着いた。
先程の盛り上がりが嘘のように。
「まぁ、文化祭って言ったらマストだよねー」
愛花がうんうん頷きながら言った。
「そうなの?」「いや、知らないわよ」
美琴と優華が顔を見合わせて言ったが、誰もそれに応える者はいなかった。
「あ、でも、唯って文化祭実行委員だから、怒られない?」
「そこはー、あたしもー、文化祭実行委員だからだいじょーぶだよー」
愛が不安そうに言うと、燈がニコニコとサムズアップしながら言った。
それを聞いたみんなは、大丈夫だと判断し、何の衣装を着せるかを話し合った。
もっとも今は六月。まだだいぶ先だ。
それに全員が譲り合わなかったため、決まることは無かった。
そして、手伝いではあるが、柊真のバイトが判明した。
さすがに迷惑がかかるから、全員で神社へ行くのは憚られた。
悠真については、既に帰宅しているため確認できなかった。
そこで翌日、みんなでバイト先を特定することにして、その日は解散となった。
もっとも、燈は「(別に悠真くんが女装してバイトしてるなんて言ってないんだけどなぁ……)」と小声で言っていたが、誰も気づくことは無かった。
昇降口へ向かう途中、いい香りがしたので、匂いのする方へ向かった愛花。
愛花は未だに諦めきれなかった。自分の選んだ衣装が一番であると。
『かわいい』と『男の娘の羞恥』が両方得られると。
だが、真っ先に否決され、議論すらされなかった。
『さすがに癖がすぎる』と。
どうにかそれを実現できないかと悶々しながら歩き、たどり着いたのは職員室の横だった。
かつて小会議室だった場所だ。
「喫茶……英愛……。こんなのあったんだ」
少し逡巡して扉を開けた。
「いらっしゃいませー」
そこにはクリエイティ部創造部副部長の夜見吹雪がコップを磨いていた。
その横では一年の学年主任の春日井誠治がいた。
二人とも白シャツに黒ベストに蝶ネクタイをつけていた。
「何やってるんですか?」
「持ち回りで、ちょっとね」
「先生もですか?」
「まぁ、趣味みたいなもんだね」
「そうですか……」
愛花は異世界にでも迷い込んだかのような表情になった。
室内を見回すと、窓際で六人の体育教師がコーヒーやお茶と一緒にお菓子を食べながら談笑していた。
それを見て、絶好の機会だと思った愛花は注文をすることなく、そこへと向かった。
「あ、あの……」
愛花がおずおずと話しかけると、全員が反応した。
「あら、どうしたの?」
最初に返事をしたのは、一年女子の体育教師である鷹宮美咲。
今日もどの子とどの子が恋仲になりそうだと話していた。
そして、それを一緒に色めき立って話し合っていたのは、二年女子の体育教師、熊城彩加と三年女子の体育教師、虎屋康恵だった。
二人とも、愛花を見て、にっこりと微笑んだ。
きっと、新しいキュンキュン情報を持ってきたのではないかと思ったからだ。
だが、予想は大きく外れた。
虎屋先生が椅子を持ってきて、愛花を座らせた。
熊城先生がアイコンタクトでオーダーしていたコーヒーとマフィンが愛花の前に置かれた。
「ごゆっくりどうぞ」
春日井先生がそう言うと、颯爽と戻っていった。
愛花はコーヒーとマフィンをいただいて、小さく言った。
「おいしっ……」
そして、少し間を置いて聞いたのは、一年男子の体育教師、蘇我充久。
「で、話ってなんだい?」
カップを置くと、愛花の目が変わった。
「実はですね……」
ゴクリ……と、みんなが固唾をのんだ。
「薫きゅんが女子の制服を着てきましたよね」
「あれは驚いたなぁ……似合ってたけど」
蘇我先生が苦笑しながら言った。
「それで、その子がどうしたんだい?」
「体育ってどうなのかなーって」
少し目を細めて、口角を上げて、愛花は言った。
「一応、男子だから普通に男子と混ざってやるだろう?」
そう言ったのは、三年男子の体育教師、大口健助だ。
「何を当たり前のことを」と言いたそうにしたところで、愛花が遮った。
「いいえ、違います。女子の体操服着ないのかなーって」
それを聞いて、全員が顔を見あった。
愛花はニコニコしていた。
「い、一応男子も女子も同じ……だよね」
困った顔で言ったのは二年男子の体育教師、与野武乗だ。
体操着は白のシャツと学年ごとに色分けされたハーフパンツ。それとジャージだ。
今現在の一年は赤。二年は緑。三年は青だ。
「あ、そっか。同じでしたね」
「あははははー」と言いながら後頭部をかく愛花。
そして、先生たちも朗らかに笑った。
だが、既に愛花の術中にハマっていた。
「男子も女子も一緒なら、どうして水着は一緒じゃないんです?」
「「「え!?」」」「なるほど」「確かに」「一理ある」
男性陣は驚いたのに対し、女性陣は頷いていた。
「いや……、確かにジェンダーフリーの観点からそういった水着は許可しているけど」
「違います」
そう言ってタブレットを取り出し、素早く操作して先生たちの前に掲げた。
「旧スクもしくは新スクで統一してください」
「「「ええ……」」」「いいわね」「あるわね」「一考の余地はあるわね」
またしても男性陣は引いていたが、女性陣は既に前のめりで検討段階に入っていた。
「そしてですね、あたし、スク水にはニーソを標準装備して欲しいんです」
「泳ぐのにいらないよね」「邪魔だよね」「あれ、クルンクルンするよね」「待って。何で知ってるんです?」「いや……あの……」「いや、それよりも……」
脱線しかけたが、なんとか軌道修正できた。
だが、愛花の提案に女性陣は既に決定した気でいた。
「あと、あたしとしては、二の腕まであるグローブもお願いしたいです」
「それは……君が描いてる薄い本の内容だよね?」
「ええ」
「いくら全年齢版だとしても、さすがに……ねぇ……」
「そうですか……。静には却下されたし、文化祭の衣装では議論すらしてもらえませんでした」
がっくりうなだれながら愛花は言った。
うなだれながらも、その『癖』を呟いていた。
「どこぞの学校じゃあるまいし……」
「ニーソまでなら……」
「おい」
「いや、逆にありでは?」
「なんでこんな話してるんだ?」
その『癖』に驚いた男性陣。互いに顔を見合わせ、女性陣を見ると、『なんでダメなの?』といった顔をされた。
そこで、大口先生は言った。
「でも、朝霞さん自身はそれ着ないんだよね?」
それを聞いてキョトンとした顔になる。
どうやら、自分も着るという発想が無かったらしい。
結局、生徒の自主性に委ね、着たいならそれでもいいという話になった。
もっとも、それを着て水泳の授業に出るかどうかは別であり、どうせそれを着てくる者などいないと判断したためだった。
そんな様子を見ながら、春日井先生と吹雪は、黙々とコーヒーカップを磨いていた。
『今日は、いつも以上に脱線しなかったな』と。




