番外編87 猫を描きましょう
リビングには、勉強会の時に使ったホワイトボードが置かれていた。
そして、ホワイトボードの前で、静は神妙な顔をしていた。
「そんなの引っ張り出してどうしたのよ」
そう言うのは星羅だ。
ソファには星羅の他に寧々、唯、早矢も座っている。
愛花の喫茶店で出しているお菓子がテーブルの上に置いてあった。
もちろん、紅茶も淹れてある。今日は早矢が淹れた。
「実はですね、愛花さんと、その母親である理花子さんに原稿を見てくれと言われまして」
「なんでそれが不満なの? 静なら適任じゃない」
「ええ。それは否定しません」
「否定しないんですね」
早矢が苦笑いした。
「では、何が不満なんでしょうか」
寧々が尋ねた。
この時点で黙っている唯と苦笑いしている早矢は、どんな答えが出てくるか分かっていた。
以前、ホワイトボードを買ってきた日に描いた絵を見た唯。
この前生徒会室で暇つぶしに描いた絵を当てるクイズをやった早矢。
どちらも知っている。静は絵が特徴的だと。
「言うより、描いた方が早いですね」
ホワイトボードの片隅にちょこちょこと絵を描いた。
全面を使わずに端っこに描いた。
「これは、なんでしょうか」
寧々と星羅は身を乗り出して見た。
実際、前に行かないと見づらかった。
「これは…………犬……でしょうか?」
「違うわよ寧々。これはあれよあれ。えっと………………そう、あれよ。もぐらね」
黙って二人を見る静。唯と早矢にも目線を向けた。
「唯さん、早矢さん。そんな顔をするくらいなら、どうぞお答えを」
「えっ!?」「ええっ!?」
絵がひどいのは知っている。でも、何を描いたのかは分からなかった。
「えーっと…………飛行機?」
「早矢さん。笑っているってことは答えが分かってるんですね。どうぞ」
唯、寧々、星羅が早矢を見る。
早矢はそんなつもりはなかったのだが、どうしてもおかしくて笑ってしまったのだった。
しかし、その絵は分からない。胴体らしきものから四本、何かが伸びている。
つまり、なんらかの動物か、椅子かテーブル辺りだろうか。
もう考えたところで答えなんて分からない。適当に言ってしまおう。当たって砕けろの精神で答えた。
「猫ですか?」
「正解です」
「「「「えっ!?」」」」
その答えに誰もが驚いた。
「え、どこが?」「ね……こ……?」「なんで耳も手も同じ形なのよ」「これはどこから見た猫なんですかね」
答えを聞いてもなお、四人はあれこれ言っていた。
「では、皆さんも描いてみてくださいよ」
「まぁ、さすがに静っちよりは上手く描けるよ」
「そうですね。これは流石にひどいです」
「まぁ、猫くらいなら簡単に描けるわよ」
「そうですね。これくらいは余裕ですよね」
「「「「「…………………………」」」」」
そこに描かれていたのは、よく分からない絵が五つ。
「あんなに自信満々だったではないですか」
「きょ、今日は調子が悪かったの」
「おかしいなー。かわいくない」
静が指摘すると、星羅と唯は戸惑うばかりだ。
寧々と早矢はもはや見ようともしなかった。
そして、唯が提案した。
「ねー、写真か何かを見て描いたらいいんじゃない?」
「それだ」「それよ」「それですよ」「それですね」
ホワイトボードを裏返すと、早速スマホで猫の写真を出して描き出した。
「「「「…………………………」」」」
「どうして今度はこんなリアルなのよ」
そこには写真のようにリアルな猫が同じ構図で五匹描かれていた。
「こ、ここからデフォルメしていけば……」
「そ、そうですね。もっと可愛い猫ちゃんを……」
そう言いながら描いていく。
「……違いますね」
ガシガシガシガシ、と乱雑に消していく寧々。
「ちょ、寧々、ホワイトボードが傷むわよ」
「大丈夫です。消しているだけですから」
「(大丈夫じゃないのは寧々さんの方ですよ)」
早矢が苦笑しながら呟いた。
そうして試行錯誤すること二時間──
頑張った甲斐があった。ちゃんとデフォルメされつつ、それぞれの個性が入った猫が描かれていた。
「やればできるじゃん」
「ええ。今までで一番可愛いですね」
「まぁ、わたしにかかればこんなもんよ」
「ええ。やはり調子が悪かっただけのようですね」
「安心しましたよ」
五人ともほっと胸を撫で下ろしたが、すでに夕飯の時間になっていた。
夕飯の準備はしていない。
お風呂も入れてない。
洗濯物も干しっぱなしだ。
そして、帰ってきたまんまで五人とも制服のままだった。
そして、行動に移そうとしたところで光司が帰ってきた。
「ただいま……って、何やってるんだ?」
「あ、コージ!」
「光司さんお帰りなさい」
「ちょっと絵を描いてたのよ」
「絵?」
「そうです。誰がちゃんと描けるかをやってました」
「せっかくですから、光司さんに最初に描いたやつを見てもらったらどうですか?」
早矢がそんな提案をした。
残しておいた最初の絵。
ホワイトボードをひっくり返して光司に見せた。
そこには、『猫』だと言い張る絵が五つ描いてあった。
「さぁ、これはなんでしょうか」
星羅がドヤ顔で言った。
ホワイトボードの前に移動して、軽く見回すようにして言った。
「猫だろ、これ」
「「「「「!?」」」」」
五人は驚いた。恐らく、今までで一番の衝撃だった。
「な、なんで分かったの?」
唯がおずおずと尋ねた。
「分かるさ。みんなが描いたんだもの」
五人はそれぞれ顔を見合わせてはにかんだ。
「ご飯はまだなんだな。俺が準備するから」
そうして初夏の写生大会は終わった。
後日、喫茶愛花夢二階──
「どうでしょうか」
静はドヤ顔で動物の絵を描いて見せた。
「どうやってこの数日でここまで上達したの?」
理花子は狐につままれたような顔をしていた。




