番外編84 喫茶英愛の恋愛相談
おかーさん部の活動が終わり、帰ろうと廊下を歩いていた静と早矢。
「すいません。今、お時間よろしいでしょうか」
振り返ると、生徒会長の日高清花がいた。
そして、二人が完全に向き直ると、頭を下げた。
三人は職員室横の部屋へ入った。
そこはかつて小会議室であったが、会議室で議論するようなことも少なく、日曜劇場でやるような大きな会議室もある。要らないのではないかということで、喫茶スペースへと変えてしまったのだ。
喫茶英愛──
放課後から下校時間までの間だけ開いている場所だ。
教師だけでなく、生徒も使えるが、意外と知られていないのは、その営業時間故だろう。
三人が入ると、白シャツに黒のベスト。オレンジ色の蝶ネクタイをつけた寧々がコーヒーカップを磨いていた。
その奥では、教師の篠宮玲子も同じ格好でグラスを磨いていた。
どうやら教師が交代で受け持っているらしい。
篠宮先生は藤色の蝶ネクタイなので、それぞれが自分の色をつけているのだろう。
ショーケースにはおかーさん部の部員と寧々で焼いた焼き菓子が入っていた。
誰が作ったかは書かれていない。書かれているのは、商品名と値段だけだ。
今日は、先ほどの部活動で焼かれたフィナンシェが入っていた。
「いらっしゃいませー」
先ほどまで部活動をしていたはずの寧々が笑顔で出迎えてくれた。
室内には一人だけ。養護教諭の朝霧立嘉だけが、静かにコーヒーとお菓子を楽しんでいた。
「寧々さんお疲れ様です」
静は普通に接したが、早矢は未だに慣れていなかった。
「なんで普通にオーナーみたいなことやってるんです?」
「あ、みなさんの作ったお菓子をもっといろんな人に食べてもらいたくって」
寧々らしいなと思いながらも、それ以上は突っ込まなかった。
「お疲れ様です、寧々さん」
「お疲れ様です清花さん。注文ですか?」
寧々が返すと、清花もにっこり微笑んだ。
「ええ、わたくしはブラジルのホットで、プレーンと抹茶のフィナンシェを」
慣れた感じで、そのまま注文をした。
「では、わたくしはグアテマラをホットで。……そうですね。先ほども食べましたが、プレーンとバナナのフィナンシェを」
「うちは、ペルーで」
「フィナンシェはよろしいのですか?」
静がそう言うと、頼まないわけにはいかないなと思ったようで、「ではいちごとチーズで」と追加オーダーした。
そして、スマホを取り出し、電子決済で支払うと、篠宮先生がフィルター式でコーヒーを淹れていた。
用意ができると、トレーを持って、三人は窓際のテーブル席へ座った。
ここからは園芸部が手入れした中庭が見えた。
小さなスペースによくこれだけのものを作れたなと感心するほどだ。
「では、お話聞かせてくれますか?」
静がそう言うと、清花は軽く頷いて口を開いた。
「実は、城一郎のことなんですが……」
そう言った途端、篠宮先生は外へと向かい、扉に掛けてあった札を『CLOSED』に変えようとした。
その瞬間、慌てて鷹宮先生と朝比奈先生が駆け込んできた。
篠宮先生は心の中で小さく舌打ちをした。
「ふぅー、危なかったですねー」
「ホントよねー」
二人は、三人の横にそのまま座ろうとしたので、篠宮先生が一言告げた。
「何か購入してくださいね」
その圧に気圧されながら、コーヒーとフィナンシェを頼もうとしたところで、寧々が先に持ってきた。
ドンッと小さく音がした。
トレーにはラージサイズのコーヒー二つと、山のようなフィナンシェ。
それと明細書だ。
なぜか特別料金と書かれていた。
二人が財布を出すと、篠宮先生がサッと取って、必要な分抜き取って、テーブルへ財布を置いた。
鷹宮先生と朝比奈先生は口を開けたまま、篠宮先生とテーブルの上のサイフを何度も見た。
そして、篠宮先生と寧々もそこに座り、聞くに徹した。
それを待ってから清花は続きを言った。
「どうやったらあんなに懐くんですか?」
そう。清花は以前の生徒会室での一件をずっと考えていたのだ。
『どら猫城一郎』
彼がとても扱いづらい人物であり、そして清花が一番気にかけている人物である。
入学して今に至るまで、すれ違ってきたのだ。
故に清花は、すぐに心を許した静に相談したのだ。
早矢もあの場にいたので、第三者の意見も聞きたかったのだ。
それを聞いて、静はコーヒーを一口啜ってから答えた。
「そうですね。まず、城一郎ちゃんは、背伸びしたそうにしてますが、ああ見えて甘えん坊ですからね。そっと、横に座って頭を撫でたり、膝の上に乗せると、嫌がりながらも嬉しそうにしますよ」
そう、なんてことないといった感じで言った。
「へ、へぇー……」
静の評価に驚いて、素の反応を示した。
清花は城一郎をずっと大人扱いしていた。だが、実際は違ったようだ。
「確かに、お菓子食べて遊んで、変な絵描いてましたね」
「それはいつもどおりですが……」
早矢がこの前のことを言うと、いつも通りだと清花が言った。
しかし、静は違ったようだ。
「清花さん。それをスルーするのではなく、褒めると良いでしょう。彼は結構クリエイティブな方です。彼の引き出しはすごいですよ」
腕を組み、うんうんと頷く静。
そして、いくつか気づいたことを話すと、「確かに……」と清花は気づいて頷いていた。
「そんな彼ですが、大人の女性がタイプみたいですね。特に、清花さん。あなたのような人が好きなようですよ」
「!?」
静が慈しむような微笑みでそう言うと、清花は目を大きく見開いて、口をパクパクとさせていた。
「「きゃ………………むぐぅ…………」」
清花の後ろで聞く、鷹宮先生と朝比奈先生は、色めき立って騒ぎそうになったところを、横に座っている寧々と篠宮先生が口にフィナンシェを突っ込んで黙らせた。
「静にしてください」「一度息の根止めますか?」
鷹宮先生は首を縦に振り、朝比奈先生は首を横に振った。
「もしかして、ですけど清花さんは、城一郎さんが好きなんですか?」
早矢が率直に聞いた。
すると、清花はテーブルの下で手をすり合わせると、顔を朱くして言った。
「……はい」
室内にハートがいくつか漂っているように見えた。室温も高くなった気がした。
そして、清花の相談内容が分かれば、あとは攻略法を伝授するだけだ。
篠宮先生を押しのけて、鷹宮先生と朝比奈先生が立ち上がって駆け寄り、いろいろなキュンキュン情報を伝えた。
寧々も一緒になって応援し始めた。
「あ、ありがとうございます……」
その一つ一つをスマホに録音しながら清花は質問していった。
今まで自分がやっていたことが、あまり効果が無かったこと。
そして、城一郎が嫌がると思ってやらなかったことを。
「今日はありがとうございました」
清花は部屋の入り口で丁寧に頭を下げて出て行った。
「清花さん、上手くいくといいですね」
「ええ。きっと大丈夫です」
寧々がそう言うと、静と早矢はゆっくりと頷いた。
そして、互いに目を合わせた。
静は既に成功を確信していた。
早矢は事後報告を楽しみにしていた。
寧々は鼻歌交じりに片付けをしていた。
そして、篠宮先生は呆れながらも鷹宮先生と朝比奈先生を褒めていた。
そんな二人は糖分の取りすぎなのか、少しふっくらとしていた。
そんな様子をずっと部屋の端で朝霧先生は黙って見ていた。
そして、コーヒーを一口啜って言った。
「あまい……」
後日、生徒会室横の部屋では、城一郎が清花の膝の上でお菓子を食べていた。
その顔は満足げというより、どこか安心したような表情だった。
そして、清花はというと──
(ああ……静様。あなたの言うことは本当でした。わたくし、静様ファンクラブにも入ろうと思います……)
「な、なぁ、清花……」
「ひゃ、ひゃい! ど、どうかしましたか?」
「そ、その……一緒に食べないか? 俺一人で食べても美味しくないぞ!」
「そうですね。わたくしもいただきましょう」
清花がそう言うと、城一郎はお菓子を清花の口元に運んだ。
「ほ、ほら」
「!?」
その時食べたお菓子は、なぜかとても鉄分を多く感じたのだった。




