番外編78 中野区の農さん
それは、お茶会の準備が始まる時だった。
寧々たちと園芸部員の初顔合わせとなった。
準備をしながら寧々は言った。
「あれ、菊乃さんどうしたんですか?」
「わたしも園芸部に入りまして」
少し苦い顔をしてそう言った。
どうやら二人は知り合いだったらしい。
だが、寧々が聞いたそれは、部活に入ったことなのか、とても似合っているメイド服に対してなのかは分からなかった。
「あ、そうなんですね」
「え、何? 寧々って菊乃と知り合いなの?」
そんな話を聞いていたのか、星羅が話に入ってきた。まだ豪奢なドレスは着ていない。
ラフにTシャツと作業着のズボン。腰には作業着の上着を巻いている。
いつもながら、こういう格好が似合うなと、寧々と菊乃は思いながらも、聞かれたことについて答えた。
「あ、はい。農さんのところに行った時に知り合いまして」
「ええ。そこでいろいろ交流してまして」
「あ、よく寧々が行って野菜とか果物とかもらってくる人よね」
「詳しく聞きましょう」
『農』という名前を聞いてやってきたのは静だ。
前から、ずっと気になっていたが、なかなかついていく機会がなかったのだ。
「わたしの家で、こっちでの農作物の育て方とかを指南したのよ」
「「「へぇー」」」
星羅、寧々、静が素直に感心した。
そして、思ったのだ。そんなにすごい人に教えた矢車家とは一体なんなのかと。
「ちょっとー、なーに遊んでんのー?」
「そうですよ。もう少しで始まってしまいますよ?」
唯と早矢も準備が終わってやってきた。
「いえ、あの『農さん』の情報が出てきまして」
「え、あのメロンいっぱいくれた人?」
「どんな覚え方なんですか」
唯が変な思い出し方をすると、早矢が苦笑した。
「それで、その農さんとはどんな人なんですか?」
静が気になったことを聞いた。
「直接見た方が早いんじゃない?」
菊乃がなんてことはないといった感じで言った。
「そうですね。あたしが言っても信じてくれそうにないですし」
何やら含みのある言い方をする寧々。
結局お茶会の準備を優先することとなり、寧々と菊乃と農の関係を詳しく聞くことは出来なかった。
そして、休日──
今日は光司がレアな休日出勤という、重い十字架を背負って出社していった。
星羅と早矢は一緒に別の用事に向かったため、今日は寧々、唯、静の三人で向かうことになった。
「わー、楽しみっしょ!」
「ええ。どんなものがもらえるか楽しみですね」
「もう貰える前提なんですね。まぁ、合ってます」
どうやら手広くやっているらしく、かなりの量の作物ができ、規格外のものをくれるのだそう。
いったいどこでやっているのか、不思議で仕方がなかった。
「ちなみに、その農さんとやらのご自宅はどの辺なんです?」
「清瀬とか東村山とか?」
「いや、もっと行って、あきる野とか奥多摩辺りかもしれません」
唯と静が例にあげる。
「そんな遠くないですよ。中野区です」
「え!?」「は?」
「そんな遠いところまで気軽にいけませんよ。飛べたら別ですけど」
寧々のジョークはよく分からないなと二人は首を傾げた。
そして、中野区ということなのだが、遠かった。
寧々たちの住む場所からは近い。近いが、徒歩では来れない。
駅まで歩き、電車に乗り、そこから少し歩く。
着く頃には三人はヘトヘトになっていた。
「え、ここ?」「ここ……ですか……」
唯と静が見上げる。
そして、その農さんの家は、都内なのに、たくさんの木々に囲まれていた。
結構な敷地を持っているようだ。
全部売ってタワーマンションでも建てたら一生遊んで暮らせるレベルの敷地面積だ。
端から端までかなりの距離がある。
外から中を窺い知ることはできない。
そんな場所なのに、寧々はいつも通りといった感じで木柵の門を開けて中へ入った。
入ると、一軒の平屋の建物と農道のランエボことミニキャブが停めてあった。奥にも一軒の小屋があった。
しかし、気になるのはそこではない。
野菜と果物が敷地いっぱいに植えられており、どれもかなりの数の実を付けていた。
「おっ、寧々っち!」
元気いっぱいにそう言った人物は、麦わら帽子を後ろにずらした。
短い金髪で、全身を作業着で固めている。首にタオル。手首と足首は虫が入らないようになっている。
使い込んだ感じがしており、長靴も手袋も、使い込まれて色合いが変わっていた。
顔も、目元から下は手拭いで覆っていたが、それをぐいっと下げると、イケメンが現れた。
髪が短いせいか、余計にイケメンに見えた。
戦士って言われた方が納得できる見た目だ。
作業着より鎧や大剣が似合いそうだった。
衣装部でもある唯が少し疼いた。
全身を着込んでいて、すらりとした凹凸の少ない体つきからは、男なのか女なのか判別しづらかった。
ただ、声は女性っぽいが、薫の件もある。
この時点で性別を決めるのは早計だろう。
そんな農が、少年のような爽やかな笑顔を見せた。
二人は思った。
男だな、と。




