39 六人目の覚醒
そして始まった英愛学園ゲーム研究会VS『Merlin』
『Merlin』の正確無比なプレイに朔も操も巡も歯が立たなかった。
五対一の勝負ではなく、個人戦だった。
そして、その対戦に選ばれたのは格闘ゲームだった。
『戦国武者合戦』という、有名な武将同士で戦う格闘ゲームだった。
幅広い時代からさまざまな武将が登場し、『誰それ?』といったマイナーな武将まで収録されている。マニアも唸るほどのラインナップだった。
そんな『Merlin』は『巴御前』を選んだ。
練習では、全てのキャラクターを使用したが、一番しっくりきたのが巴御前だった。
『Merlin』が『あいつ』と呼んでいる人がつけた名前と一致していた。
だからというわけではないが、どうしてもこのキャラクターで勝ちたかった。
もちろん、そこに私情は挟んではいない。
だが、どうしてか気になってしまうのだ。
『Merlin』が収められた大きな黒い筐体には一つの赤いランプがあり、それが『喜び』を表すようにゆっくりと点滅していた。
そして会場で見守る『あいつ』を追っていた。
いろんな表情を見せてくれる。それだけで十分だった。
しかし、そんな『Merlin』が一瞬焦ったのか、激しくランプを明滅させた。
それは、咲との対戦であった。
『Merlin』の動きを先読みした咲はあと一歩のところまで追い詰めたが、最後の最後で力及ばず負けてしまった。
「くっそー、あと一歩だったのにー」
「いや、よくあそこまで追い詰めたよ」
「そうそう。あちきらなんて歯が立たなかったもん」
「やっぱり『先読みの咲』の異名は伊達じゃなかったねー」
「まぁ、お金絡まないといけるんだけどねー」
どうしてせっかく褒めているのに、自分で落とすのだろうと皆が思ったのだった。
「じゃあ、唯、あとは頼むな」
みんなの視線が唯に集まった。
「任せてよねー」
唯は気負うことなく、にっこりと微笑んだ。
その笑顔は、一瞬恋をしそうになるほど可憐だった。
そして、そんな唯が一度、ステージへ行く前に振り返った。
とても眩しい笑顔だったが、放った言葉はもっと眩しかった。
「じゃあ、ちょいと勝ってくるからね。勝ったらアイス奢ってよね」
散歩にでも行くかのように言って、躊躇いなく『Merlin』の前へと進んだ。
『Merlin』は唯を窺うように見た。
今日の大会の全てのデータを収集している。
負けるわけがない。
勝って、褒めてもらうんだ。
『Merlin』はそう思った。
『褒めてもらう?』
一瞬、それが何を意味するのか分からなかった。
どうしてそんな感情が芽生えたのか分からなかった。
『Merlin』は勝つ。
それだけなのだ。
そして、勝負はというと、全く歯が立たなかった。
唯という存在に触れることすらできなかった。
唯は弁慶を使った。七つの武器を巧みに切り替えて『Merlin』の攻撃を全て防いだ。
七つも武器があることで、切り替えての使用が難しいと言われているキャラクターを難なく使いこなしていた。
悔しさのあまり、赤いランプは激しく明滅し、筐体は温度がどんどんと上昇していった。
そして、煙を吐き出すまでに至った。
五回戦って、一度も攻撃を当てられなかった。
これではどっちがAIか分からないほどだった。
最後の最後まで挑み、敗れ、沈んだ。
弱々しく光る赤いランプへ向けて唯はギャルピースをして言った。
「あーしに勝とうなんて百年早いっしょ!」
それを言うと、愛や響が唯の名前を呼びながら駆けてきた。
「ユーイー! ユーイー!」
「ユーイー! すごいよー!」
『ゆーい……』
『Merlin』はその単語を聞いた後、機能を停止させた。
そして、ゲーム研究会の仲間、一緒に戦った他校の生徒も一緒にお祝いに駆けつけてくれた。
エキシビションとは思えないほどの戦いを見せてくれたことに。
そして、最強と言われたAIに完勝してしまったこと。
『AI、ギャルに完膚なきまでに負ける』と新聞やネットニュースに載るほどだった。
「えへへ。あーし、やったっしょ」
そして、『Merlin』の前で佇む光司を見ると、駆け寄った。
「あ、コージ。見てた? 見てたっしょ?」
「ああ、すごいなユイは」
「にっしっしー」
頭を撫でてほしそうに少し頭を下げた。
「恥ずかしいな……。でも、ユイの楽しそうな姿を見れてよかったよ」
そう言って頭を撫でると、猫のように目を細めて小さくガッツポーズをした。
そんな様子を消えゆく画面の中で見ていた。音はもう届かない。
でも、もう一度戦いたい。
画面がブラックアウトする寸前まで、『Merlin』はそう考えていた。
結局、今回の件で『Merlin』が停止してしまい、開発元は大損害を負ってしまった。
といっても、新しいAIが次々と生まれては消えていく時代では、珍しいことではなかった。
残っているデータからなんとか復旧を試みているようだが、それはだいぶ先になりそうだった。
光司の会社でも、一度計画を見直すことになったらしく、光司のずっと続いていた残業も終わりを迎えた。
久しぶりに定時で帰宅した光司。
他の五人はまだ部活をしているらしく、帰ってきていない。
なので、久しぶりに夕飯の担当をすることにしたのだった。
そして扉が開く音がした。
「おかえり」
光司は扉を開けた人物にそう言ったのだった。




