31 ノックしてください
早矢は生徒会室の扉に手をかけた瞬間に思い出した。
特に唯の大変さを。
それは衣装製作の大変さではない。
ここ数日いろんな部活を巡って、体験入部した。
その結果、毎朝運動部の面々が早矢に入部をお願いする為に迫ってきたのだ。
流石の早矢も、最初は笑顔だった。
だが、それが毎日となると笑顔も曇る。
番犬の凛でさえ、剣道部への勧誘を一緒になってするほどだ。
静も同じく、迫ってくるのに、気がつけばいなくなっており、毎回相手をしていた。
教室内までは入って来ず、朝のみではあるが、かなりの負担である。
それには、唯が仮入部状態なのも理由の一つだった。
唯も未だに勧誘があるが、負担が減ったとホクホク顔だった。
「早矢っちのおかげで助かってるよー」
「唯さんの苦労がよーく分かりました」
含みのある言い方だが、唯を責めることはできない。
星羅は、ガーデンパーティとホームページ書き換え以降、朝の追撃は無くなった。
今では優雅に登校しており、寧々もなぜか朝の襲撃が無くなった。
そのしわ寄せが来ているのだろうが、邪険にも扱えないジレンマに苛まれていた。
それもまた、楽しくはあった。
それも今日で終わり。
ほんの一瞬だけ回想し、静と共に生徒会室のドアを開けた。
「せめて入室する時はノックをしてほしい」
いきなりそんなことを言われたので、二人は顔を見合わせて苦笑してしまった。
「すいません。少し勇み足でした」
「ええ。うちも気持ちが逸ってしまいました」
二人は軽く頭を下げた。
「そして、用事は何だね?」
生徒会長である日高清花がニッコリと笑顔を向けた。
静はバインダーに綴じた書類を二つ清花の前に置いた。
「これは?」
「わたくしたちのやりたいことです」
「ええ」
「やりたいこと……」
笑顔のままバインダーを開く。
「これは……」
それを聞いて、残りの生徒会四人が集まり確認した。
副生徒会長の宇慶環は、ニマニマと笑顔でうんうんと頷いていた。
書記の栗栖ティアはメガネのフレームを持って、悔しそうに呻いた。
会計の伏見磨昼はメガネのフレームの真ん中を押したまま、黙っていた。
庶務の平城一郎は、目をキラキラとさせ、面白そうに見ている。
「少し、審議してもよろしいですか?」
その内容の完成度に圧倒された清花がそう言った。
「ええ、どうぞ」
静が了承した。早矢もただ頷くに留めた。
既に肯定派の環が生徒会室の横の部屋を開け、二人を通した。
そこへ通された二人は絶句した。
さっきまでの整然とした部屋と違って、雑然としていた。
「ノックしてほしい理由がこれだねー」
応接室になっていたが、テーブルの上にはお菓子が山盛りになっていた。
ソファの横のゴミ箱はお菓子の包み紙でこんもりとしており、いくつかは床に落ちていた。
なんなら、生徒会室へ向かう導線に、僅かにお菓子のカスが落ちていた。慌てて向かった可能性もあった。
棚には生徒会の書類が七割。三割が漫画だった。
ソファには服が乱雑にかけられていたりと、かなり私的な使い方をしているだろうことが窺い知れた。
「まぁ、少し時間かかりそうだから、そこ座ってー」
環は部屋の隅にあるミニキッチンでお茶の準備をしていた。
「粉を溶かすやつで申し訳ないんだけど、何がいい?」
「キャラメルラテを」
「抹茶ラテで」
「はいよー」
環は四つ用意してテーブルに置いた。
なぜ四つなのかと静と早矢が首を傾げると、安奈と同じサイズの城一郎が二人の間に座っていた。
そして、テーブルの上にあるお菓子を食べ始めた。
そのリスのような仕草を見ながら、二人は待つことにした。
環もしれっと用意した自分のココアを飲みながら、世間話を始めた。
英愛学園の生徒会がこんなに緩くていいのだろうかという、ツッコミはしないでおいた。
「なんかユルすぎるって思ってるでしょー」
「「はい」」
「ははっ……。そんな秒で返されるとは思わなかったよ」
環は言った。
生徒会は学園内の各イベント管理、教師陣との折衝、校内外の美化運動など、多岐にわたる。
常に気を張っていたら疲れてしまうので、こうして息抜きを必要としているのである、と。
よく見れば、ゲーム機やボードゲームにカードゲームなどが服で隠されていたが、隙間から見えてしまっている。
その服も雑に置いてあるが、コスプレ衣装なのではないかと、静は横目で見ながら思った。
それに、机の下にはそういった衣装の小道具が箱からはみ出していた。
早矢も棚の上にある、季節の小道具が入った箱が目に入った。特にハロウィンが好きなのか、やたらとコウモリとカボチャが顔を覗かせていた。
ちなみに、先日発足した『おかーさん部』から上納された焼き菓子はその日のうちにみんなの胃袋へと消えてしまった。
現在、催促中である。
尚、環は折衝や交渉を主に担当しているのだそうだ。
なんとなくそうなんだろうなと二人は思った。
堅物のティアと磨昼では難しいだろうし、マスコットの城一郎では不可能だろうと生暖かい目で、尚もお菓子をリスのように頬張る城一郎を二人は見ていた。
静が思わず頭を撫でると、お菓子を食べるのをやめた城一郎が抗議した。
「ちょ、子供扱いしないでほしいんだぞ」
どの口で言うのかと思った早矢。
だが、静の方が少し上手だった。
子供っぽい子の扱いが上手な静は城一郎を膝の上に乗せた。
「「「!?」」」
「ほぉら、お菓子ですよー」
「あっ、あうあう……」
最早城一郎は静の掌の上だった。猫のように目を細めて『ぐるぐる』と喉を鳴らした。
「あのどら猫城一郎をあんな簡単に手なずけるなんて…………」
環が目を見開いて驚いていた。
そして早矢は思った。やはりここの学園の生徒は少し個性的すぎると。
落書きだらけのホワイトボードに静、城一郎、環の三人が謎の絵を書いていく。
それを早矢が当てるというゲームをやっていた。
そんなことをしながらしばらく待つと、どうやら結論が出たのだろう。
生徒会室のドアが開いた。
「待たせたわね」
腕組みし、片方の手でメガネのフレームを抑えながらティアが言った。




