29 条件は二つです
週明け、学内は騒然となった。
それもその筈。1学年一の男の子である花咲薫が、女子の制服を着てきたのだ。
今まで、何があってもその一線は超えなかった薫が、女子の制服を着てきたのだ。
男子勢は『ついに……』と呟いて、悠真を見た。
「何で僕を見た?」
「いやぁ、別にぃ……」「ああ。深い意味はないよ」「そうそう。次は悠真の番だって思ってないから」「バカお前……」
そんな感じで盛り上がっていたが、女子勢は別だった。
「おめでとう」「やっぱり薫きゅんはこっちだよね」「うん。似合ってる」「ちゃんと正しい方着てきたね」「下着もチェックした方がよくない?」「体育はどうすんの?」
など、肯定的に捉えていた。
そしてそんな様子を唯たち五人は驚きながら見ていた。
告白自体は分かる。付き合うのも分かる。だが、薫が女子の制服を着てきた理由は分からない。
他のクラスメイトはみながみな、正しくなったと思っている。
それは分かる。だが、どうしてこのタイミングなのかが分からなかった。
であれば、聞けばいい。
放課後、琹織が部長を務める華道部へ足を運んだ。
休部になりかけていた華道部を立て直した琹織。
同時に志乃と紡希も入った。だが、まだ三人である。
華道部なのに、なぜかお茶とお菓子を出された。
それも高山茶とパイナップルケーキだった。
「これは……」
静が戸惑いながら聞いた。
「ああ、それはうちの部員の宇晴が持ってきたものですね」
「どもども、黄宇晴ですー」
どこか操や燈のような明るい、ちょこちょこ動き回る小動物のような雰囲気を感じた。
「やはり、ここはちゃんと煎茶か抹茶が良かったのでは?」
栗色の髪をしたヨーロッパ風の美人がそんなことを言った。
それだけなら普通だが、着物をバッチリ着こなしていた。
「申し遅れました。わたくし、東雲・フルール・ロクサーヌと申します。クオーターですね」
所作は完璧で、下手な日本人よりも日本人らしかった。
「本当なら茶道や日本舞踊なんかもやりたかったのですが、休部や廃部になってまして」
「そ、そうなんですね」
早矢が気圧されながら答えた。
そして、出されたお茶とお菓子を味わい、落ち着いたところで、琹織に聞いた。
「どうして、薫きゅんが女子の格好をしているんですか?」
静がそう言うと、待ってましたと言わんばかりに、琹織の表情が喜びを映した。
「実はですね、薫。あたくしの中ではずーっと薫きゅんと呼んでいたのですが、あの通りどこからどう見ても女の子ですよね」
華道部の部室にいた全員が頷いた。
「それで、思ったんですよね。薫きゅんは女の子の格好をした方がいい。絶対に似合うと。あれほど男の子の服が似合わない男の子もそうそういませんよ」
「分かる」「え、ええ」「そうね」「その通りだと思います」「あはは……」
それぞれが同意した。
「それで、ずーっと告白されるのを待っていたんです」
「? 琹織さんから告白すれば良かったのでは?」
寧々が不思議に思って尋ねた。
「それではダメなのです。向こうから告白してくれれば、条件付きで了承ができるじゃないですか」
それを聞いて、この人も結構拗らせているなと五人は思ったのだった。
「それで、条件を出したら、あっさり了承してくれましてね。未だに夢を見ているんじゃないかと疑ってます」
「なので、ハリセンで昨日叩きました」
志乃が淡々とそんなことを言った。
「ちなみに条件って何?」
「あ、それあーしも気になる」
「ですよね。気になりますよね」
琹織の尋常ではない雰囲気に、五人は圧倒された。吹き飛ばされそうになるのを必死に堪えた。
「あたくしから出した条件は二つ。女の子の格好をすること。そして、あたくしの所属する華道部に入ってもらうこと」
「なるほどー」「なるほどです」「なるほどね」「なるほど」「なるほどですよ」
五人とも、腑に落ちたように頷いた。
「本場の男の娘ってすごいよね」
宇晴が満面の笑みでそう言った。
「わたくしもそう思います」
ロクサーヌもそう頷いたのだった。
謎は解けたが、もう一つ疑問が増えた。
それを星羅が聞いた。
「見たところ、五人いるから、別に薫きゅんを入部させなくてもいいんじゃないの?」
「放課後も一緒にいたいからに決まってるじゃないですか」
「なるほどね」
間髪入れずに言われて、素直に頷いてしまった。
そして華道部の部室を後にした五人は思った。
この学園、まともなのは自分たちだけなのではないかと。
「なんか疲れたね」
「ええ。どっと疲れました」
「今日は部活、顔出すだけにするわ」
「あたしも、夕飯は簡単なものにします」
「華道部、意外と多様性がありますね」
「確かに」
呆れ混じりに笑いながら、歩いていく。
そして、早矢だけが一瞬振り返ったのだった。




