17 森には何もありません
遠足からしばらく経ち、六月になった。
星羅は今日も鼻歌交じりで園芸部へと向かった。
「蘭子先輩お疲れ様でーす」
「あ、星羅ちゃんお疲れー」
園芸部部長である薬師丸蘭子は星羅と共に、土を抱えながら、今日手入れする予定の場所へ向かった。
「それにすてもぉ、星羅ちゃんは、力もちだなあ」
見た目と打って変わって少し訛りのある喋り方をする蘭子。
東京都内に園芸店を構えているのに、どうして訛っているのかは謎である。
目的の場所へ向かうと、園芸部顧問であり、1年3組担任の神崎修司が、前かがみで腰を叩きながら待っていた。
「お前らはよくそんな重いものを軽々と持てるなぁ」
「若いですから」
星羅がドヤ顔で言った。
「若くてもそんなに力なんかないって……あいたたた……」
「修司はどうしてそんなに腰をダメにするの? 持ち方……いや、立ち方とか歩き方もおかしいし、骨盤がずれてるんじゃない?」
「かもな」
「治しにいけばいいのに」
「まぁ、そうなんだけどな。忙しくて」
「ダメですよお。先生いなくなったら困るだす。こっちは見ているんで、病院行った方がいいだす」
蘭子も心配そうな顔でそう言った。
「今度予約取ってみるか……」
「それがいいわよ」「それがいいだす!」
「そんな腰痛い痛い言ってると、玲子ちゃん先生に幻滅されるわよ。自己管理が出来てないって」
「すぐ、予約する」
そんな会話をしながら、テキパキと準備をしていった。
「じゃあ、今日はここをやるのね」
「ああ」
そこは日当たりも良く広いが、南側にはなぜか、自然の森があり、北側には校舎の一部がある。
西側には植木があり、その少し先には学園の境目である高い壁がある。その先にも高い木が生えていた。
日常と非日常が分けられている気がした。
東側は通路を挟んで同様に広い敷地がある。
その先にはいくつかの校舎があるのだが、何も無いだだっ広い土地で、少し荒れているため人はほとんど来ない。
つまり好きにいじり放題である。
隠れて何かをするにはうってつけである。
現にこうして、活動でも無ければわざわざ来るような人はいないのだ。
都内だというのに、風の吹く音と鳥の囀りしか聞こえない。
まるで、ここら辺一帯が隔絶されているかのように。
「学園にこんな広い場所があるなんてね」
星羅がそう言うと、ニッコリしているのに少し落ち着かないのか、動きがぎこちない。
顔をまっすぐ見ると、目を泳がせて視線をずらした。
それを星羅が見逃すはずがない。
「あら、この場所に何かあるの?」
「いや、なんも……。なぁ?」
「そうだすね。何にもないです」
「だってよ」
「ふーん」
星羅は特に追求することなく、辺りを見回す。
「あそこの森も結構大きくて広いわね」
東京ドーム三個分ほどの森が広がっている。
この学園にはこうした、手付かずの土地が多いのだが、それにしても多すぎるし広すぎる。
星羅が森の方を見ると、さらに落ち着かなくなる二人。
「なあに? そんなに土いじりしたいの?」
「そ、そう! そうなんだ。早くここに花壇を作りたくてな!」
「そ、そう! そうだす。ここを色とりどりに飾りたいんだす!」
「ふーん」
星羅は確信した。森に何かあると。
つまり、森に意識がいかないように、ここに花壇を作っていくと。
そうして、花壇作りのために、神崎先生が設計図のようなものを取り出した。
「一応こんな感じで、作ろうと思うんだ」
「いいんじゃないだすか?」
だが、星羅には地味に思えた。
星羅の中のクリエイティブな部分がざわついた。
「ねぇ、これわたしが描き直してもいい?」
「「え?」」
「いや、面白くないというか、ありきたりというか……」
「いや、いいぞ。俺もとりあえず描いただけだから、もっといい案があるなら、描き直していいぞ」
「ホント!? じゃあ……」
そう言って神崎先生からペンと紙を渡されると、ものの数分で設計図を描き換えた。
「どう?」
「お前ホント、こういうことに関しては天才だよな」
「すごい。これを見たら、先生のはダメだすな」
「ふふん。でしょう?」
あまりの出来に舌を巻く二人。
「ちなみに空いてる箇所があるが、なんでだ?」
「実はー、ちょーっと考えがあってね。それに、ここに立つと、一番いい感じに見えるようになるのよ」
「はあ……」
神崎先生は、よく分かっていないのか、首を傾げながら頭を掻いた。
「まぁ、星羅に任せるよ。ここ、殺風景だったから、丁度いいや」
「ありがとう」
「え?」
「だから、任せてくれて、ありがとうって言ったのよ」
「お、おう」
そんな様子を蘭子は目を細めて見ていた。
ずっとこんな雰囲気が続けばいいと。
唯一の問題は、部員が少ないことである。
蘭子が卒業したら、星羅一人になってしまう。
少なくとも四人は必要なのだ。
去年は入部者がいなかったため、このままでは休部になるところ、星羅が入部した。
だが、人が入らなければ、その流れは変わらないだろう。
植物を育てる楽しさをもっと知ってほしいと蘭子は思うも、その術を知らなかった。
神崎先生と星羅が話している様子をただ眺めていた。




