16 帰るまでが遠足です
遠足も残すところ、お土産を買うだけになった。
もっとも、殆どの生徒と一部の教師は既に結構買っていて、バスの座席上の棚には紙袋が所狭しと置かれているのだが……。
「静、今度は何食べてるのよ」
「伊達巻ジェラートです。美味しいですよ」
「ここに来て、なんでそんな早く買え……唯と早矢まで……」
「あはは」「えへへ」
唯は伊達巻チュロスを。早矢は伊達巻スムージーを飲んでいた。
「あれ、お土産買わないんですか?」
「あ、寧々聞いてよー…………って、寧々?」
星羅だけでなく、唯、早矢、静も寧々を見る。
既に両手には紙袋が二つ握られていた。
「もう、買ったの?」
「ええ。そうですよ。って、唯さんも静さんも早矢さんも食べてばっかりですね」
「ちゃんとお土産も買いますよ」
「そうそう。ちゃんと買ってくって」
「うちも忘れてませんよ」
なぜか星羅だけが呆れた顔で見ていた。
「というか、他のみんなも、結構買ってますよ? 星羅だけ、まだ何も買ってない状態ですねー」
「え、そうなの?」
星羅が半信半疑で周りを見ると、大げさではなく、みんな思い思いに購入していた。
「びっくりだわ」
そう呟いた星羅の前にティナと蓮が歩いていたので、何の気なしに聞いた。
「ねぇ、なんかお土産買うの早くない?」
「いや、星羅たち見てたら、早く買ったほうがいいかなって」
「そうそう。いつの間にか、早めに買ったほうがいいって考えになったというか。てか、何で星羅は買ってないの?」
逆にそう問われて驚き固まる星羅。
「ちょ、ちょっと吟味してるのよ」
「早くしないと、時間押してるっぽいから早くしたほうがいいよ?」
「え、マジで?」
スマホを取り出して、時間を見る。確かに三十分ほど押していた。
教師陣ですら急いで買っていたので、星羅も慌てつつも、ちゃんと判断して買ったのだった。
少し遅れて、唯と早矢はというと。
「あんなこと言っちゃったけど、あーしらも特に考えてなかったねー」
「そうですね。ついつい釣られて食べる方に行ってしまいましたしね」
それを聞いて、静は堂々と言った。
「己の欲望に忠実になる。これは大事ですよ」
「そうですね。自分の欲望のままに買う。これは鉄則です」
寧々も紙袋を持ち上げて言った。
唯と早矢は、さすがにダメだろうと思ったが、口にしなかった。
「どうする?」
「そうですねー……」
ちらっと寧々を見る二人。
「寧々っちは何を買ったの?」
唯が問うと、「よくぞ聞いてくれました」とばかりに笑顔で語り出した寧々。
「まず、かまぼこはマストですね。その他焼き物、揚げ物。あとは伊達巻に干物ですね。夕飯のおかずです! 光司さんも喜んでくれると思います」
それを聞いて、唯、早矢、静は青天の霹靂といった顔をした。
なぜ、光司へのお土産を思いつかなかったのか。そして、寧々に先を越されてしまったのか。
今更何を買えというのか。ほぼほぼ買われている。それにこの量だ。今更買ったところで被ってしまうだろう。
そこで早矢があることを思いついた。
「寧々さん。お金出しますので、共同で買ったことにしませんか?」
「なるほど。いいアイデアですね」
「早矢っち、さすがっしょ」
「ダメです」
寧々特有のゼロカウンターの『ダメです』が炸裂した。
まさか、そんなに早くに否定されるとは思っていなかったらしい。
少し間の抜けた声を出してしまった。
「「「え?」」」
「冗談ですよ。お金はいりません。どうせ買うの忘れてそうだったので、先に買っておきました。それにこれ以上買ってもかさばりますからね」
食べきれないとは口にしなかった。
だが、それもまた寧々の本心だった。
「それに美味しかったら、光司さんに連れてきてもらって、買えばいいのです。トランクに詰め切れるまで」
寧々は笑顔でそう言い切った。
「なるほど。寧々さん、脱帽です」
「ええ。寧々さんには負けました」
「あーしもそこまで思いつかなかったよー」
三人が負けを認めると、星羅が戻ってきた。
「あれ、みんな買わないの?」
星羅の手には、一つ小さめの紙袋が握られていた。
「星羅さん、それは?」
「あー、これ? お酒。光司にね。さすがに買えないからパパへのプレゼントってことで、先生に代わりにね……ってどうしたの?」
「「「「負けました」」」」
寧々も一緒になって負けを認めたのだった。
そうして、帰りのバスの中では、行きで歌わなかった人から歌っていった。
普通なら疲れて寝てしまうであろうところだが、車内は大盛り上がりしていた。
それはエレナの恋がバレたからだ。
別に隠していたわけではないのだが、あのような形でバレるとは本人も思っていなかった。
帰りのバスでは、ラブソング縛りで歌っていったのだった。
もちろんその対象はエレナだけではないからだった。
学校へ着くと、生徒たちは呻いた。
そう。お土産を買いすぎたのだ。これから電車なりバスなりで帰るのだ。
予想以上に買ってしまったお土産。家に帰れば買って良かったと思うだろうが、帰る道中が辛かった。
帰るまでが遠足だ。その言葉の重みが手に。腕に。肩に。腰に。足に伝わっていった。
そして帰宅した五人は、玄関で一度寝転がってしまった。
「買いすぎたっしょ」「買いすぎました」「重かったわね」
唯、早矢、星羅はそこそこの量だった。
「わたくしはみなさんの分も持っているんですよ?」
静は、もう少し感謝があってもいいのではないかと問うたが、みんな疲れているので反応がない。
「………………」
寧々は一番買っていたためか、終始無言だった。
「寧々さんもお疲れ様でした」
「遠足って大変ですね」
「あーしもこんな大変だとは思わなかった」「わたしも」「うちも」
彼女たちにとっての大変なのは、学園からの帰り道だけなのだが、最後の最後で、買いすぎたツケが回ってきたのだった。
その日の夜。
珍しく早めに帰ってきた光司。
食卓には今日買ってきたかまぼこが並べられていた。
「光司さんにお土産です」
寧々がそう言った。
「あ、ありがとう。今日、箱根へ遠足だっけ?」
「ええ。最後に小田原でこちらを買ってきました」
「こんなに……ありがとな」
「いえいえ。では、光司さんも帰ってきましたし。食べましょうか」
「はい、光司」
「え?」
星羅がお猪口とお酒を渡した。
「お酒買ってきたの。たまには飲んでもいいんじゃないかなって思って」
「星羅…………ありがとう」
「もう、そんなに嬉しそうに……って、泣かなくても」
ほんの一筋涙が流れた光司。
「いや、つい嬉しくてな」
そう言って、星羅についでもらったお酒を飲み、かまぼこも食べた。
「うっま」
「でしょう?」
「ああ」
「じゃあわたしも飲むわね」
「待て」
「何よ」
「星羅は、未成年だろ? ダメだ。これは渡さない」
「ちょ、そんなこと言うならかまぼこは没収よ」
「なっ!」
そんな様子を唯、早矢、静は黙って見ていた。
結局こうなることが分かっていたからだ。
「ほら、星羅もそこまでにするっしょ。あーしらはジュースでいいじゃん」
「そうですよ。お酒はまだダメです」
「うう……」
静は黙って眺めていた。
いや、バレないようにかまぼこを食べている。
星羅は、不満そうにしながらも、ほんのりと朱い顔で言った。
「は、二十歳になったら最初のお酒、一緒に飲んでよ」
「それくらいならいいぞ」
「その時まで独身だったら婚姻届ね」
「条件増やすな」
「あっ! ずるい。それならあたしも」
「いやいや、それこそあーしっしょ」
冗談だと思ったら、今度は寧々と唯まで参加してきた。
「お前ら全員まず二十歳になってから言え」
「じゃあ、そんなこと言うなら、かまぼこは没収です」
「そうだね」「そうですね」
寧々がそう言うと、唯と早矢も賛同したのか、かまぼこを片付け始めてしまった。
「ちょ! ちょっと待ってくれ」
「待ちません。光司さんが婚姻届書くまでは戻しません」
「どうしたらいいんだ……」
クスクスと星羅が笑う。
「ちょ……」
「わたくしのかまぼこを少しあげましょう」
ひょいひょいと皿の上に乗せていく。
「ありがとな」
「いえいえ」
「なんか、多めに取ってると思ったら……」
星羅が呆れた顔で言った。
「おや、見てましたか」
「バレバレよ」
「ふふっ」
「じゃあ戻ってくる前に食べよう」
「食べたら婚姻届ですね」
今度は静が言った。
そして、光司が戸惑っている間に、戻ってきた寧々に皿の上のかまぼこまで回収されてしまった。
そして、本当に片付けられたかまぼこは、翌日の夕飯で何事もなかったように食卓へ戻ってきた。
代わりに、光司には「今後しばらく、付き合いであっても飲酒禁止」という、本人未承認の誓約書が作られていた。
もちろん、光司が署名するはずもない。
だが結局、別の理由でしばらく禁酒することになった。
ちなみに残った酒は、大神先生が嬉々として引き取った。




