14 気温差にご注意ください
星羅のところへ持っていったのは、なんと鷹臣だけだった。
鷹臣は顔を朱くして、言葉を選ぶようにしてお弁当を差し出した。
「な、なぁ星羅。俺のお弁当を見てもらってもいいだろうか」
「あら、わたしのところには幹事長だけなのね。ふーん」
「幹事長はやめてくれよ……」
「はいはい。じゃあ官房長官」
「政治からは少し離れてくれ……」
星羅の横に座る鷹臣。その座り方は堂に入っていた。
「まぁいいわ。で、お弁当を見てほしいのね」
「ああ」
そう言って開けたお弁当は、地味ではあるが、その一つ一つがとても凝っていて、こだわりが感じられた。
星羅はニンマリとした顔で、横に座っている冴を見る。
そして、ご飯をお箸で取って冴の方へ向けた。
「冴、あーん」
「えっ!?」「え!?」
「ほら」
「あ、うん……。(もぐもぐ……)」
「ちょ、星羅、何やって」
そして、星羅も食べる。
「どう?」
「美味しいわよ」
「そうじゃなくて、好きか嫌いかよ」
「え? あ、ああそうね」
「…………」
黙って聞く鷹臣。
冴は口元に手を当てて言った。
「ご飯にじゃこと山椒が混ざってるのね。とてもいいと思う。でも、わたしは山椒はちょっと苦手かな。あ、これ鷹臣くんのお弁当だから、別にそれはいいとは思うんだけど……」
「ほうほう。ちなみに冴はどんなのがいいの?」
「え? あー、そうね。じゃこなら刻んだ梅とか大葉を細く刻んだのとかが好きだけど」
「だって」
「お、おう」
星羅は鷹臣に向き直ると、いたずらっ子のような笑みで聞いた。
「じゃあ、次はこっちね。はいあーん」
「あ、あーん」
そうして、星羅と冴が鷹臣のお弁当を食べ、冴の感想を一つ一つ丁寧に拾っていく。
「わたしとしては申し分ないけどね。でも、鷹臣は誰かさんを思って作ってるだろうから、直接聞いた方がいいわよね?」
「そ、そうだな」「そ、そうね」
鷹臣と冴は顔を朱くして照れるように俯いた。
「じゃあさ、次は冴のも食べてもらったら?」
「え?」「なぬ!?」
星羅がそう提案すると、驚きはするが、素直に頷いた冴。
「わたしはちょっと場所変えるわね」
ニマニマしながら場所を移る星羅。
その空いた場所で、鷹臣と冴は少しだけ近づいて話し始めた。
「わ、わたしのも意見を聞かせてほしいんだけど」
「あ、ああ。是非……」
そうして、冴がお弁当を鷹臣に差し出した。
その顔は真っ赤っかだったが、鷹臣の顔は茜色だった。
「た、鷹臣くんの好み、聞かせてよ」
「あ、ああ。冴の好みも教えてほしい。そ、そのもっと合わせるから、さ」
「う、うん……」
初々しくも甘々な空気が漏れていた。
そんな様子を星羅と他の女子がニマニマしながら見ていた。
「まったく星羅はキューピットみたいなことしてー」
「でもあの二人はお似合いよね」
「ほらほら星羅、ここ空けたわよー」
「どうしよう。全然食べてないのに、お腹いっぱいだよ」
星羅の周りだけやたらと気温が高かったのだった。
そして、寧々を勝ち取ったのは、1組の常識人枠の桃李、柊真、悠真だった。
「あ、あたしがお弁当の評価をするんですか?」
「だって、光司さんの継承者でしょ?」「光司さんの味を受け継ぎし者だし」「光司さんに認められるには寧々さんに認められないといけないからね」
そう言われて悪い気はしないのは、寧々もそう思っているからだ。
だが、他と違って三人である。
他の女子もどんな評価をするのか、固唾を飲んで見守っている。
寧々の緊張は最高潮に達した。
「で、では……」
開けたお弁当はそれぞれ、綺麗だった。どう考えても男子生徒が作ったとは思えないほどに。
そして、普通に美味しかった。非の打ち所がなかった。
故に、期待に満ち満ちた目で見られているが、どう言ったものかと考えあぐねている。
しかし、ここで言わなければ、光司に、そして自分の名がすたると思った寧々。
顔を上げて、いつもの柔和な笑みに戻る。
「皆さん、本当に……男子高校生が作ったとは思えないくらい、彩りも詰め方も丁寧で驚きました。では、光司さんの継承者(……自称ですが!)として、しっかり味わわせていただきますね」
三人だけでなく、周りで見ていた女子たちもゴクリと生唾を飲んだ。
妙な緊張感が辺りを包んだ。
「まず、桃李くんのお弁当は、まるで宝石箱みたいに綺麗ですね。特にこの野菜の飾り切り……光司さんがよくやる『一手間』をちゃんと真似ていて、蓋を開けた瞬間に元気が出るような、そんな優しさを感じます。味付けも上品で、午後の彫刻巡りも足取りが軽くなりそうです」
「やはり寧々だ」といった声が聞こえた。
その瞬間、桃李がその場にへたり込んだ。
まるで大学の合格を確認するかのようだった。
「柊真くんのお弁当は、とってもパワフルですね! でも、ただ量が多いだけじゃなくて、冷めても美味しいように、お肉の脂をしっかり落として味を濃いめにする工夫がされています。これ、光司さんが言っていた『遠足弁当の鉄則』ですよね。ガツンと来るのに重くない、素晴らしい満足感です」
柊真もホッと小さくため息を吐いたが、足が震えていた。
それは苦手な吊橋を渡りきった後のようだった。
「最後は悠真くん、この卵焼き……何か隠し味を入れましたか? ほんの少しだけ出汁を利かせて、甘さを控えているのが凄く知的です。緻密に計算された配置も、まさに悠真くんらしいなって。一口ごとに新しい発見があって、食べていて全く飽きないお弁当ですね」
グッと両方の拳を握って打ち震えていた。
それは何かの勝負で勝ちきった瞬間のようだった。
だが、ここで終わらないのが、寧々である。
「……正直に言いますね。三人とも、非の打ち所がありません。光司さんに認められたいというその真っ直ぐな気持ちが、隠し味として一番効いている気がします。……ふふ、あまりにも美味しいので、後で光司さんに『強力なライバルが現れましたよ』って報告しちゃおうかな?」
なぜか朗らかな顔をしているのに、辺り一面は真冬の雪山のような温度になり、女子たちだけでなく、寒さに耐えるように自分の身体を抱くほど震えていた。




