04 箱根はまだ遠い③
「今日は遠足なので、お菓子焼いてきましたー」
そう言って、タッパーを開けたのは、喜築寧々。
星羅とどっちが姉か論争を未だに続け、結果が出ていない。
最早どうでもいいのだが、たまに思い出したように議論することがある。
「さすが、おかーさんは違うねー」
のんびりした喋り方をするのは織部燈。
事あるごとに寧々のずば抜けた身体能力を目撃する寧々の友人の一人である。
「で、寧々は何を作ったの?」
そう聞いたのは、智坂柚。
今日もポニーテールが揺れる。
「はい。マフィンとフィナンシェです」
そこにはちょうどいい感じの焼き色をしたチョコチップのマフィンと三色のフィナンシェ。プレーン、ココア、抹茶だ。
「えへへ」とはにかむと隣の席に座っていた春日小春が両手を挙げて喜んだ。
「寧々さんの横に座って良かったですー」
ほんわか雰囲気の小春は寧々に抱きつく勢いだ。
「まさか小春が寧々の横を取るとはねー」
「じゃんけんで負けたから仕方ないですね」
燈と柚は前の席である。
寧々は席を立つと、後ろにも声を掛けた。
「食べますかー?」
「え、いいんですか?」「おかーさんのご慈悲を恵んでいただけるなんて」「俺、この席に座ってよかったわ」
そう言うのは、1組の数少ない常識人枠の佐藤桃李、市田柊真、狭山悠真の男子三人だ。
『とーり』『とーま』『ゆーま』と似た名前で、見た目もイケメンなので、1年の女子たちからアイドル扱いされている。
『ゆーり』はいないかと現在捜索中である。
ちなみに、星羅曰く、歌って踊れるクラスメイトにするのが夢だと言う。
勝手に進路を決められているのだ。
通路を通って、食べに来るが、既に他のクラスメイトも集まっていて、中々たどり着けない。
小春と燈は既にキープしているので、余裕の表情である。
「くっ、おかーさんのお菓子が……」「下手なお店に並ぶより競争率高い」「なんでバスに乗る時に配ってくれなかったんだ」「おかーさんのフィナンシェ……」「マフィンも捨てがたいけど、どっちも取ると恨まれそう」「おかーさんの人気に嫉妬!」
と、そんな様子に寧々もただ困惑していた。
気がつけば、寧々の持っていたタッパーにはそれぞれが持っていたお菓子が入っていた。
「すごい人気だよね」
「うん。製菓部に入ったらいいと思うのー」
「いやでも、家のこととかありますしー」
須永家を守るのは自分であると自負している寧々は、そう簡単に首を縦に振らない。
よっぽどのことが起きない限り。
「くっ……。もう無くなっちゃったのね。残念イケメンいじってる場合じゃなかったわ」
遅れてやってきたのは星羅だ。
あの後もずっと三人をいじっていた。
なんなら、ユニットを組ませようとして、鷹臣が深々と頭を下げたので、一旦保留となった。
冴が「断るなんてもったいない」と言い、「お、小此木!?」と鷹臣が困惑していた。
その一部始終を見ていた為に、出だしが遅れたのだ。
「唯も静もあんなに取って……。もうないの?」
「こんなにすぐ無くなるとは思わず」
「みんなこれだけ楽しみにしてるんだから、もう少し自覚してもいいんじゃない?」
「そうだね。寧々は自分を過小評価してるわね」
星羅と柚が言うと、寧々は眉をハの字にするだけだった。
「おかーさんはー、もっと、自信持ってー」
「そうだよー。もっとお菓子作ってー」
自分の欲望に忠実な燈と小春は横揺れのリズムで、間延びした感じで言った。
「まぁ、無いのは仕方ないわね。あとで作ってよ」
「はい。分かりました。マフィンとフィナンシェだけでいいですか?」
「そこはおまかせするわ」
目と目で通じ合うのは姉妹だからだろうか。
「燈も行かないといけないねー」
「小春も参戦しますねー」
文字通りお菓子争奪戦になるなと、男子三人と柚は思ったのだった。
「あ、そうそう。寧々歌うわよね?」
「え?」
「いやほら、みんな歌ってるし、寧々は何歌うのか気になったし」
「あ、わたしも気になる」
「あたしもー」「小春もー」
そんな視線を感じて、恐縮しながら、寧々は曲を選んだ。
『小さな恋のうた』
それは精一杯、寧々なりの想いを込めて歌った。
歌い終えると、バスの中から拍手が起こった。
「はわわわわわわわわ!」
寧々は顔を真っ赤にして俯いてしまう。
「寧々の気持ち伝わるといいね」
「はうぅ……」
「寧々のことみんな応援してるんだねー」
「はぅはぅ……」
柚と燈が寧々を褒めたが、寧々はさらに身を縮めるように俯いた。
そんな寧々が持っていたマイクを小春が取った。
「じゃー、小春の気持ちを歌うねー」
そう言って選んだのは『初恋が泣いている』
歌い終えると、小春は満足したのか、お菓子を食べ始めた。
「小春は一体過去に何があったんだろう」
「寧々へのアンサーソングではないようですけど。気になりますねー」
小春の歌に、バスの中は一瞬騒然となったのだった。
ほんわかした小春がそういった曲を歌うとは思わなかったからだ。
柚と燈は、歌おうと思ったが、今ではないと思い、小春の差し出したマイクを辞退したのだった。




