03 箱根はまだ遠い②
「ちょ、唯がその歌歌うの!?」
「えへへ。前にラジオでやってて、いいなーって思ったからねー」
歌い終わった後の唯に声を掛けたのは、喜築星羅だった。
以前の『星羅とティナのおねだりラジオ』という校内放送で掛けた曲の一つだった。
確かに唯が歌うと、とても似合うなと。そして、そう感じた自分に誇りを感じていた星羅。
「もしかして歌いたい感じ?」
「え、あー……」
周りを見て、一瞬たじろぐ星羅。
歌ったのは唯だけ。ほかのみんなはまだ歌っていない。
ここで、流れを切って、一人歌うのは違うと思い、遠慮した。
「あら、いいんですのよ。わたくしはあまり人前で歌うのは得意ではありませんし」
「そうそう。それに余ったらでいいしね」
麗華と愛がそう答えると、実は歌いたくてうずうずしている美羽と陽菜に星羅が気づいた。
「わたしは、まだいいわよ。幹事長いじってる方が面白いし」
星羅のそれは本心だった。
委員長と副委員長の二人が実は惹かれあっていることに気づいているのだ。
それをどう見守り育み、いじってやろうかをじっくりと考えているのだ。
「だから、幹事長はやめろよ」
大きなため息を吐いて言ったそんな渦中の人物の一人が、一番後部の真ん中の座席に座らされている、1組の副委員長である米沢鷹臣。
幹事長──
そう呼ばれるのは、単に見た目が老けているからではない。
その堂々とした佇まいから、政治家扱いされているのだ。
「じゃあ、農水相?」「いや、防衛相?」「選挙対策委員長じゃない?」
特定の誰かを指しているかのように、例を挙げていくのは、ボーイッシュなギャルの千石蓮、1組の委員長である小此木冴。そして、堂々と言い切った星羅だ。
「やめろ」
「でも、それっぽい見た目してるし?」
「俺はもう少しフレッシュな見た目だと思うんだけどな。こう……ドラマとか旅番組とか出てそうな……」
明らかに誰かを指して言っている。
「確かにお金持ってるようにも見えるわね」
意外なツッコミを入れるのは冴だ。
元々、真面目なのに、星羅の影響でだんだんとおかしくなってきている。
だが、星羅は見逃さない。鷹臣が好きな色の服を着ていることを。
鷹臣のインナーが冴の好きな色になっている。
星羅は、敢えてそこを指摘しない。
なぜなら、面倒なことになるし、今ではない。
「うぬは今のままでもいいと思うぞ」
「小生も今のままで十分魅力的だと思う」
そう言うのは、鷹臣の両サイドに座る万願寺匡人と聖護院正親。1組の残念イケメン二人組である。
二人の趣味は言わずもがな……。
共に、鷹臣の太ももに手を置いて、熱い視線を向けている。
「誰か席を代わってくれ……」
そんな甘い雰囲気を美羽と陽菜の歌声が補完していた。
美羽と陽菜が『青春謳歌』を歌い終えると、星羅にマイクを渡した。
「え、わたし?」
「やっぱりここは星羅が歌うべきだと思うんよ」
「うん。次は星羅かなーって」
「そ、そう?」
「そうよ。歌うべきよ」
「さ、冴!?」
そこで、一際大きな声をあげたのは、スマホで撮影する準備をしている冴だ。
彼女は星羅ファンクラブの副会長である。
星羅のやることなすこと全てを書き留める義務を負っていると自負している。
彼女もまた1組の変わり者なのである。
「な、なんで撮ってるの?」
「一応ね。気にしないで」
「? そ、そう? よく分からないけどいいわ。じゃあ、わたしはこれ。聞きなさいな『ファンサ』」
この時、星羅が歌った曲を、冴が速攻で星羅ファンクラブへ上げると、ファンクラブのサイトが一時ダウンしたのだった。
他のクラスの生徒が乗るバスからも鼻血を吹いて倒れる生徒がいたのだとか。
「星羅って意外とこういう曲選ぶよね。こう……自分なりの美学を持ってるっていうか……」
唯がそう言うと、冴が興奮しながら続いた。
「唯はよく見てるわね。そうよ。星羅はね、外側へ向けた華やかさとか、生き方そのものや、個性なんかを綺麗に飾って表現するのが巧いのよね!」
「う、うん」
唯が気圧されながらも、頷く。
冴のメガネは曇っていた。
そんな評価は当然であると、女王様然とした星羅は、特に恥ずかしがることもなく受け入れた。
「わたしだけが歌うのはなんか違うわよね。ほら、委員長と副委員長がデュエットするべきよね」
そう星羅が言うと、クラスメイトたちは「やんややんや」と色めき立った。
「え? え?」「ちょ、ちょっと……」
冴と鷹臣は互いに顔を見合わせ、困惑してしまう。
「わたしが選んであげる…………えーっと、そうね……これなんていいんじゃない。ポチッとな」
「ちょ」「まっ!」
そして、二人にマイクが渡される。
全員が振り返るので、鷹臣と冴は小さく頷いて歌い出した。
二人が歌う『打上花火』はとても初々しかった。
歌い終えると、二人は顔を朱くして顔を背けてしまった。
「鷹臣は意外と歌上手いんだな」
「意外だった」
「お前らも歌えよ」
「そうだな」「そうしよう」
そうして二人が選択したのは『the WORLD』と『アルミナ』。
匡人も正親もなぜか鷹臣を見ながら歌っていた。
「ふぅ……」「ふっ……」
「意外だわ」
星羅が呆然とした顔で言った。
「「そうか?」」
「うん。あんたたちなら仙台貨物の方を歌うと思ってたわ」
「「あー」」
二人は否定も肯定もしなかった。
「蓮はいいの?」
「あれ聞いた後に歌う勇気ないよ。もう少し後かなー」
「だよね。うん。わかる。マジ上手かったしね」
バスはやっと神奈川県に入ったところだった。




