02 箱根はまだ遠い①
「カニ食べいこー!」
バスの中で歌うのは、1年1組の担任大神いのり。
英愛学園を出発して、まだ東京都内だというのに、さっそくカラオケを始めた。
そう。今日は英愛学園の遠足の日である。
五月下旬。少し時期をずらしての遠足だ。
ちなみに、英愛学園では各学年ともに遠足があり、毎回先生方によるディベートで決定される。
今年の1年は箱根への遠足だ。
朝七時集合にも関わらず、殆どの生徒が三十分前には到着していた。
「カニ食べいこー!」
ノリノリで歌う大神先生。
生徒たちもノリノリであるが、ただ一人、不機嫌な表情で親指の爪を齧りながら唸るのは御坂唯である。
「くっそー。あの曲あーしが歌うつもりだったのにー」
カニ好きの唯は悔しそうにそう言うと、隣に座る松本愛が宥めていた。
「まぁまぁ。いいじゃん。他にカニの出る曲ないの?」
「童謡と『かに道楽』しかなかった。あとは聞いてないから分かんない」
「それでいいじゃん」
「あれが良かったの。もー」
陽気な唯はシートに沈み込むように座って、お菓子を食べ始めた。
「もう食べてるし」
「いいじゃん、いいじゃん。ほら愛も食べる」
「あ、ありがと」
顔を朱らめながら受け取る愛。
「あっ! ずるいですわ」
「あたしも欲しい!」
後ろの席。いや、頭上から声をかけたのは、九条麗華と、藤原陽菜である。
「あげるよー」
苦笑しながら手をあげると、二人とも躊躇いなく取って食べた。
「では、わたくしからも」
麗華は、やたらと高そうなお菓子を差し出した。
「ありがとー」
「さっすが麗華。これどこの?」
横の席から身を乗り出して奪うのは、白峰美羽と栗栖ティノだ。
そして、横から陽菜が。
麗華の後ろから、クラスの食いしん坊である、海道•メリー•エレナと宇慶操が、ひょいと奪っていった。
「流石お嬢様。美味しすぎる!」
「うわ、やっば。全然違う」
「そ、そうでしょうとも」
麗華も褒められて満更でもない。
「ほら、唯様も」
「うん。ありがとう。一つ貰うね」
「一つと言わず、全部いいですわよ。なんなら、わたくしの心も!」
たかがお菓子。されどお菓子。
唯の為に買ってきたお菓子を献上するのは、当然とばかり思っていた。
ただ少々、その愛が重いだけで。
「おぅ! 美味しい! サクサクで甘さも丁度いい。いい仕事してるねー」
唯が謎の褒め方をすると、目を細めてうっとりと、唯の言葉をリフレインしていた。
「これ、どこの?」
そんな空気をティノがあっさりとぶち壊した。
「も、もう……。少し余韻に浸らせてくださいまし」
軽く頬を膨らませて拗ねる麗華。
「でも、美味しすぎるし」
「そうそう」
愛が言うと、陽菜も同調する。
後ろでは、エレナと操が手を伸ばし続けている。
「これは、この日の為にわざわざ銀座で買ってきましたの」
「道理で」「だからか」「この味なら納得」「他には? 他には何があるの?」
気がつけば、麗華の用意したお菓子は無くなっていた。
「ああっ、いつの間に……。唯様はちゃんと召し上がられましたか?」
「た、食べたよ。うん。食べた」
一個しか食べてないが、そう言っておく。
「でしたら、大丈夫ですが……」
「ほら、麗華。あたしたちのもあげるから」
「そうそう。ほら、しょっぱいのもいるでしょ?」
「これも食べてよ」
そこからは、各自お菓子のシェアを始めた。
「どう?」
「ふむ。悪くないですわ」
そう言いつつも、二個、三個と食べる麗華。
尚、後ろの席のエレナと操は、通路まで来て食べている。
「ちょ、食べ過ぎよ」
「わたしの名前にお菓子大好きってルビ振っといて」
「わたしも」
エレナと操もよく分からないことを言いながら、尚も食べ続ける。
まだ、23区内である。
「二人はお菓子持ってきてないの?」
唯が、みんなが思っていたことを代表して言った。
「「あるよ」」
操が出したのは、普通の市販のお菓子だが、エレナはタッパーを取り出した。
中には手作りのクッキーやラングドシャが沢山入っていた。
「これ、エレナさんが?」「これをエレナが?」「エレナが手作りお菓子を?」「まさかの手作り!」「女子力たっか」「最後の最後にすごいの持ってきた」
操以外の全員が驚いていた。
「あ、違うの。作ってもらったの」
「「「「「「ほほう〜」」」」」」
操は黙ったままニヤニヤしている。
「ほ、ほら。わたしいっぱい食べちゃったから一つずついいよ」
「エレナがお菓子分けてくれるとか、今日の遠足雨が降るんじゃないかしら?」
「そ、そこまでひどくないでしょう? ひどくないよね?」
「……」
ティノが冗談を言い、エレナが狼狽えながら、操を見ると、操は視線をずらした。
そうして、一つ食べると、全員が目を見開いた。
「な、なんですのこれは……。お店の味に勝るとも劣らない」「いや、これすっごく美味しい。コージのにも負けてないよ」「確かに。ラストに凄い爆弾持ってきたわね」「おいしいよエレナー」「うん。これはいいお嫁さんになれるんじゃない?」「あまりの美味さに嫉妬しちゃう」
エレナがテレテレと朱くなりながら、恐縮している。
だが、最後の最後に最大級の爆弾を起爆させたのは操だった。
「違うよー。それは、エレナの彼氏が作ったんだよね。ねー、エレナー」
「「「「「「!?」」」」」」
「ちょ、操!?」
「いいじゃんいいじゃん。可愛くおねだりしたんでしょ」
「「「「「「!?」」」」」」
唯の周りが色めき立っていた。
そこは、さながら真夏のビーチのようで。
そこに入っていいのか分からず、先程まで『LOVELOVELOVE』を歌っていた明石•エルヴィン•湊がマイクを渡した。
「湊くんが意外な曲歌ってて、びっくりだよ」
「ホント」「ほんとにね」「でも、今の空気に合ってた」「エレナのいいBGMになってたっしょ」
「あ、ありがとう」
照れている湊は、差し出されたクッキーを食べて、「上手いなぁ。彼氏さん、エレナのこと思ってるんだね」と言い、エレナは卒倒しそうな程、真っ赤になった。
「じゃあ、あーしから歌ってくかー」
待ってましたとばかりに麗華が大きく拍手した。
「じゃあ、行くよー、それじゃあ『ダダダダ天使』!」
軽快なリズムがバスの中に響いた。




