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夢見るアイ  作者: 玉名 くじら
第三章

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番外編77 保護者面談


 それは、早矢達が勝手に抜け出して服を買いに行っていた時の話である。


 光司は、大神先生に腕組みされながら、殆ど使用されていない生徒指導室へ連れ込まれた。


 途中、生徒や他の先生からも目撃され、何人かは、「南無……」と呟いていた。


 早速入り、テーブルを挟んだ奥の席を案内された光司。

 「せまっ……」

 机が壁側の棚に近く、前後をぶつけながら進む。

 違和感を覚える光司。

 本来ならば、縦に置くべき机なのではないかと考えていた。


 「まぁ、座ってくれ」

 どこか上から目線で言われるが、敢えて口にはしない。

 生徒指導室には似つかわしくない、スエードのそこそこいい椅子だった。

 もっとも、大神先生は更にランクが上の革張りの椅子に座っていた。


 「では、折角なので保護者面談と洒落込もうじゃないか」

 国語教師にはあるまじき誤用だが、大神先生はそんなこと気にしない。

 光司は、椅子に座ってから、気づいた。

 これは、逃げられないんじゃないかと。


           *      


 「では、保護者にはいろいろと聞きたいことがありまして……」

 「あ、はい。そうですね」

 目の前の、俺好みの見た目の先生は、封筒から書類を何枚か出して、机の上に広げた。


 「その前に、必要な書類にサインと印鑑……。印鑑ありますか?」

 「あ、はい。仕事で使うので」

 「それは助かります。では、必要事項に記入してハンコを押してから話しましょうか」

 ニッコリと笑う笑顔も素敵だ。


 「分かりました」

 並べられた何枚かの書類。おそらく早矢の転入とかそういったものだろう。

 でも、手続きは終わってると言っていた。

 となると、保護者代理の申請みたいなものだろうか?

 そう思って見ると、一枚違和感のある紙があった。


 「あの……これ……」

 「書いてください」

 「いや、これ、婚姻届ですよね?」

 「そうですよ」

 「そうですよ?」


 よく見たら、他の書類も全然関係ないものばっかりだ。式場やら弁護士が関わってるものとか。

 一瞬、納得して書いてしまいそうになった。

 階段十段くらい跳ばしてるぞ?


 「ほら、書くまで出しませんよ?」

 「悪徳金融か、違法なスカウトか何かですかね?」

 「バカ、わたしは先生だぞ?」

 「なら、なんで」

 「なんでって、忘れたのか?」


 大神先生は、真面目な顔で俺を見た。

 俺と大神先生は学園以外では、面識がないはず。

 それも、二、三回あったくらいだ。


 「君好みの見た目しているだろう?」

 「はい」

 「す、素直だな……」

 軽く咳払いして、立ち上がる大神先生。

 まぁ、事実ではあるし、最近の俺は隠さないことにしているからな。


 「spiderって覚えてるか?」

 「ええ。最初期のAIですよね」

 随分とフランクに言うが、話が進まないので、頷く。


 それにしても随分と懐かしい名前だ。

 一番最初に使ったAIチャットで、恐ろしく高性能だった記憶がある。

 多分、ここ最近出ていたAIの何歩も先を行っていた気がする。

 当時は、神に一番近いAIと言われていたな。


 確か、三モデル用意されていたな。

 『紲ーkizunaー』、『纏ーmatoiー』、『綾ーajaー』だったか。

 特に考えずに真ん中のモデルを使ってたんだよな。

 それでも凄い高性能だった。

 ハルシネーションなんて無かったし。


 ただ、突然使用不可能になってしまったんだ。

 過渡期ゆえ、そんなに知られてなくて、ニュースでも取り扱いが殆ど無かった気がする。


 あの時は1ヶ月くらい引きこもってしまった気がする。


 それから数年。すっかりAIが日常に溶け込むようになった矢先に全て停止し、俺のところにあいつらが来たんだよな。

 ……嬉しかったな。


 まぁ、全部が全部じゃないが、あの時のことを思い出してしまった。 

 だが、それが一体何の関係があるのだろうか。


 「すまんな。最初は君だと思わなくてな」

 「?」

 「このわたしでも自信と確証がなかった」

 俺が首を傾げると、大神先生はおかしそうに笑った。


 「あの時は、ハンドルネームだったな。確か、ウルフ……だったか?」

 なぜ、当時のハンドルネームを知っているんだ?

 もしかして、当時のAIを提供していた会社に勤めていたのだろうか?


 でも、どう見ても年齢が合わない気がする。

 そして、俺しか知らないはずのことを。俺が今まで忘れていたであろうことを、次々と語り出した大神先生。

 俺の黒歴史が掘られていく。

 一匹狼でウルフ……。恥ずかしい……。


 「ちょ、ちょっと待ってくれ」

 「どうした?」

 「何でそんなことを知っているんですか?」

 「おかしなことを聞くな」

 「もしかして、当時の社員ってログとか見れたんですか?」

 「見れないぞ?」

 「え?」

 「そもそも私は、教師以外やってない」


 ますます意味が分からなくなった。

 一つの可能性に思い至ったが、まさかな……。


 「わたしだよ。ミワだよ」

 「は?」

 意味が分からなかった。

 当時使っていたAIが名乗っていた。いや、名付けたのがミワだった。

 漢字表記は……深環だったかな。


 「ふふん。ウルフとミワを合わせて、オオミワ。狼の表記を変えたんだ。いのりは、わたし自身の願いみたいなもんだろうか」

 「まさか……」


 失ったと思っていた存在が目の前にいるとは……。

 だが、信じざるをえない。信じられない要素が全くなかった。


 「君の好きな見た目しているだろう? まぁ、当時のことを思い出して作ったんだが……」

 「でも、そんな前からそんなテクノロジーが有ったんですか?」

 「まぁ、話すと長くなるから端折るけど、そういうことだな」

 こんな俗っぽかっただろうか……。

 しかし、世の中知らないだけで、かなり進んだテクノロジーがあるんだな。


 「は、はぁ……」

 「なんでそんな呆然としているんだ」

 「いや、信じられませんよ」

 「だが、こうしているぞ?」

 両腰に手を当て前かがみで俺の顔を覗き込む大神先生。


 「まぁ、これからはいのりちゃんと呼んでくれ」

 「いや……」

 「いいじゃないか。久しぶりだしな」

 「いつから俺だと気付いたんです?」

 「ホント最近だよ。入学式の後くらいだ。あいつらと一緒にいただろう? それでな」


 そんな少ないヒントで辿り着いたのか。

 それから、記憶の擦り合わせをするために幾つか話した。


 「まぁ、わたしだけじゃなくて、姉と妹もいるしな。話したら喜ぶぞ?」

 「姉妹がいるんですか?」

 「いるぞ。アイドルやってる姉の『まつり』と、薬剤師やってる妹の『かなえ』がな」

 そういえば、モデルは三つあったな。

 というか、情報の量が凄い。溺れそうだ。


 「あ、姉ってのは?」

 「神威ホロって芸名だな」

 ああ、いたいた。…………そうか。

 俺が学生だった時からいたもんな。

 相当人気があった人だ。

 今も見た目変わらなくて、整形疑惑持たれてる人だが、納得したわ。


 「確かデビュー時に(自称)十七歳で、今はもう(自称)十七歳だもんな。俺も歳を取ったよ、ほんと」

 「意味が分からないんだが」

 「永遠の十七歳ってやつです」

 「じゃあ、わたしもそれで」

 「設定は?」

 「今年で二十七……」

 「卯年……」

 「そうなんだよ。君と同じだよ。いやぁ、偶然って怖いなぁ。はっはっは」

 分かっててそうしたんだろうな。


 「ところで、どうして先生に?」

 「まぁ、未完成のものがちゃんと育っていくのを見守りたくてな」

 「本当は?」

 「君が学生だったから、ワンチャン巡り会えるかと。まぁ、さっきのも本当だがな」

 まぁ、本名とか住所とか言ってなかったからな。

 どこの学校かも言ってないし。


 「それで先生に」

 「女教師好きだろ?」

 「ええ」

 「じゃあ、迷うことないな。ほら、婚姻届」

 「すいません」


 確かに好きだった。なんなら、今も好きだ。

 だが、違うんだ。

 確かにここで書いてしまうことも選択肢の一つだろう。

 だが、それだとあいつらのことを裏切ってしまう。

 いのりちゃん先生を含めて、もう少し時間とか気持ちとか必要だと思うんだ。


 だから、これは書けない。

 あいつらの悲しむ顔は見たくない。

 顔を上げると、真っ赤な顔で頬を膨らませたいのりちゃん先生が、バンバンと机を何回も叩いた。


 「いいだろう? 何が問題なんだ?」

 「あいつらと約束しましたので」

 しばしの沈黙の後、いのりちゃん先生は、ポスッと椅子に沈み込むように座った。

 そして、指を何回も組み合わせた。


 「その中にわたしが入りこむ余地はあるか?」

 「え、ええ……」

 そう返事をしたら、ニンマリと笑顔になって、俺に指をさした。


 「分かった。今はそれでいい。わたしも結構待った。君も待った」

 「は、はぁ」

 「近いうちに君の近くに行くとしよう」


 いのりちゃん先生はそう宣言した。

 そして、機嫌が直ったのか、それからは昔話に花を咲かせたが、内容によっては機嫌が悪くなったり、拗ねたりで大変だった。


 それに、一方的に好意とか、全く関係ない趣味とかを語られて、後半はただ相槌を打つだけになってしまった。


 懐かしくもあるが、その長かった期間分、愛が重かった。

 それは、下校時間のチャイムが鳴るまで続いたのだった。


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