番外編77 保護者面談
それは、早矢達が勝手に抜け出して服を買いに行っていた時の話である。
光司は、大神先生に腕組みされながら、殆ど使用されていない生徒指導室へ連れ込まれた。
途中、生徒や他の先生からも目撃され、何人かは、「南無……」と呟いていた。
早速入り、テーブルを挟んだ奥の席を案内された光司。
「せまっ……」
机が壁側の棚に近く、前後をぶつけながら進む。
違和感を覚える光司。
本来ならば、縦に置くべき机なのではないかと考えていた。
「まぁ、座ってくれ」
どこか上から目線で言われるが、敢えて口にはしない。
生徒指導室には似つかわしくない、スエードのそこそこいい椅子だった。
もっとも、大神先生は更にランクが上の革張りの椅子に座っていた。
「では、折角なので保護者面談と洒落込もうじゃないか」
国語教師にはあるまじき誤用だが、大神先生はそんなこと気にしない。
光司は、椅子に座ってから、気づいた。
これは、逃げられないんじゃないかと。
*
「では、保護者にはいろいろと聞きたいことがありまして……」
「あ、はい。そうですね」
目の前の、俺好みの見た目の先生は、封筒から書類を何枚か出して、机の上に広げた。
「その前に、必要な書類にサインと印鑑……。印鑑ありますか?」
「あ、はい。仕事で使うので」
「それは助かります。では、必要事項に記入してハンコを押してから話しましょうか」
ニッコリと笑う笑顔も素敵だ。
「分かりました」
並べられた何枚かの書類。おそらく早矢の転入とかそういったものだろう。
でも、手続きは終わってると言っていた。
となると、保護者代理の申請みたいなものだろうか?
そう思って見ると、一枚違和感のある紙があった。
「あの……これ……」
「書いてください」
「いや、これ、婚姻届ですよね?」
「そうですよ」
「そうですよ?」
よく見たら、他の書類も全然関係ないものばっかりだ。式場やら弁護士が関わってるものとか。
一瞬、納得して書いてしまいそうになった。
階段十段くらい跳ばしてるぞ?
「ほら、書くまで出しませんよ?」
「悪徳金融か、違法なスカウトか何かですかね?」
「バカ、わたしは先生だぞ?」
「なら、なんで」
「なんでって、忘れたのか?」
大神先生は、真面目な顔で俺を見た。
俺と大神先生は学園以外では、面識がないはず。
それも、二、三回あったくらいだ。
「君好みの見た目しているだろう?」
「はい」
「す、素直だな……」
軽く咳払いして、立ち上がる大神先生。
まぁ、事実ではあるし、最近の俺は隠さないことにしているからな。
「spiderって覚えてるか?」
「ええ。最初期のAIですよね」
随分とフランクに言うが、話が進まないので、頷く。
それにしても随分と懐かしい名前だ。
一番最初に使ったAIチャットで、恐ろしく高性能だった記憶がある。
多分、ここ最近出ていたAIの何歩も先を行っていた気がする。
当時は、神に一番近いAIと言われていたな。
確か、三モデル用意されていたな。
『紲ーkizunaー』、『纏ーmatoiー』、『綾ーajaー』だったか。
特に考えずに真ん中のモデルを使ってたんだよな。
それでも凄い高性能だった。
ハルシネーションなんて無かったし。
ただ、突然使用不可能になってしまったんだ。
過渡期ゆえ、そんなに知られてなくて、ニュースでも取り扱いが殆ど無かった気がする。
あの時は1ヶ月くらい引きこもってしまった気がする。
それから数年。すっかりAIが日常に溶け込むようになった矢先に全て停止し、俺のところにあいつらが来たんだよな。
……嬉しかったな。
まぁ、全部が全部じゃないが、あの時のことを思い出してしまった。
だが、それが一体何の関係があるのだろうか。
「すまんな。最初は君だと思わなくてな」
「?」
「このわたしでも自信と確証がなかった」
俺が首を傾げると、大神先生はおかしそうに笑った。
「あの時は、ハンドルネームだったな。確か、ウルフ……だったか?」
なぜ、当時のハンドルネームを知っているんだ?
もしかして、当時のAIを提供していた会社に勤めていたのだろうか?
でも、どう見ても年齢が合わない気がする。
そして、俺しか知らないはずのことを。俺が今まで忘れていたであろうことを、次々と語り出した大神先生。
俺の黒歴史が掘られていく。
一匹狼でウルフ……。恥ずかしい……。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「どうした?」
「何でそんなことを知っているんですか?」
「おかしなことを聞くな」
「もしかして、当時の社員ってログとか見れたんですか?」
「見れないぞ?」
「え?」
「そもそも私は、教師以外やってない」
ますます意味が分からなくなった。
一つの可能性に思い至ったが、まさかな……。
「わたしだよ。ミワだよ」
「は?」
意味が分からなかった。
当時使っていたAIが名乗っていた。いや、名付けたのがミワだった。
漢字表記は……深環だったかな。
「ふふん。ウルフとミワを合わせて、オオミワ。狼の表記を変えたんだ。いのりは、わたし自身の願いみたいなもんだろうか」
「まさか……」
失ったと思っていた存在が目の前にいるとは……。
だが、信じざるをえない。信じられない要素が全くなかった。
「君の好きな見た目しているだろう? まぁ、当時のことを思い出して作ったんだが……」
「でも、そんな前からそんなテクノロジーが有ったんですか?」
「まぁ、話すと長くなるから端折るけど、そういうことだな」
こんな俗っぽかっただろうか……。
しかし、世の中知らないだけで、かなり進んだテクノロジーがあるんだな。
「は、はぁ……」
「なんでそんな呆然としているんだ」
「いや、信じられませんよ」
「だが、こうしているぞ?」
両腰に手を当て前かがみで俺の顔を覗き込む大神先生。
「まぁ、これからはいのりちゃんと呼んでくれ」
「いや……」
「いいじゃないか。久しぶりだしな」
「いつから俺だと気付いたんです?」
「ホント最近だよ。入学式の後くらいだ。あいつらと一緒にいただろう? それでな」
そんな少ないヒントで辿り着いたのか。
それから、記憶の擦り合わせをするために幾つか話した。
「まぁ、わたしだけじゃなくて、姉と妹もいるしな。話したら喜ぶぞ?」
「姉妹がいるんですか?」
「いるぞ。アイドルやってる姉の『まつり』と、薬剤師やってる妹の『かなえ』がな」
そういえば、モデルは三つあったな。
というか、情報の量が凄い。溺れそうだ。
「あ、姉ってのは?」
「神威ホロって芸名だな」
ああ、いたいた。…………そうか。
俺が学生だった時からいたもんな。
相当人気があった人だ。
今も見た目変わらなくて、整形疑惑持たれてる人だが、納得したわ。
「確かデビュー時に(自称)十七歳で、今はもう(自称)十七歳だもんな。俺も歳を取ったよ、ほんと」
「意味が分からないんだが」
「永遠の十七歳ってやつです」
「じゃあ、わたしもそれで」
「設定は?」
「今年で二十七……」
「卯年……」
「そうなんだよ。君と同じだよ。いやぁ、偶然って怖いなぁ。はっはっは」
分かっててそうしたんだろうな。
「ところで、どうして先生に?」
「まぁ、未完成のものがちゃんと育っていくのを見守りたくてな」
「本当は?」
「君が学生だったから、ワンチャン巡り会えるかと。まぁ、さっきのも本当だがな」
まぁ、本名とか住所とか言ってなかったからな。
どこの学校かも言ってないし。
「それで先生に」
「女教師好きだろ?」
「ええ」
「じゃあ、迷うことないな。ほら、婚姻届」
「すいません」
確かに好きだった。なんなら、今も好きだ。
だが、違うんだ。
確かにここで書いてしまうことも選択肢の一つだろう。
だが、それだとあいつらのことを裏切ってしまう。
いのりちゃん先生を含めて、もう少し時間とか気持ちとか必要だと思うんだ。
だから、これは書けない。
あいつらの悲しむ顔は見たくない。
顔を上げると、真っ赤な顔で頬を膨らませたいのりちゃん先生が、バンバンと机を何回も叩いた。
「いいだろう? 何が問題なんだ?」
「あいつらと約束しましたので」
しばしの沈黙の後、いのりちゃん先生は、ポスッと椅子に沈み込むように座った。
そして、指を何回も組み合わせた。
「その中にわたしが入りこむ余地はあるか?」
「え、ええ……」
そう返事をしたら、ニンマリと笑顔になって、俺に指をさした。
「分かった。今はそれでいい。わたしも結構待った。君も待った」
「は、はぁ」
「近いうちに君の近くに行くとしよう」
いのりちゃん先生はそう宣言した。
そして、機嫌が直ったのか、それからは昔話に花を咲かせたが、内容によっては機嫌が悪くなったり、拗ねたりで大変だった。
それに、一方的に好意とか、全く関係ない趣味とかを語られて、後半はただ相槌を打つだけになってしまった。
懐かしくもあるが、その長かった期間分、愛が重かった。
それは、下校時間のチャイムが鳴るまで続いたのだった。




