番外編76 先生も一緒に行きたい
それは、六月下旬。まだまだ雨が鬱陶しい降り方をしていた頃。
『ピンポンパンポンーポンピンパンピンー……。えー、次に呼ばれる生徒は、大至急生徒指導室へ来るように。天唐和早矢、喜築星羅、喜築寧々、人見静、御坂唯。繰り返す。天唐和早矢、喜築星羅、喜築寧々、人見静、御坂唯、以上の五名は大至急、生徒指導室へ来るように! ピンポンパンポンーポンピンパンピンー』
それは、帰ろうとしていた時に、校内放送で呼び出された。
先程のホームルームで言えばいいのに、わざわざ校内放送で呼び出すとは只事ではないと、教室内いや、一学年のフロア全体が騒がしくなった。
確かに、何かと話題の中心にはなるが、呼び出されるようなことは今まで一度もないと、みんな思っていた。
「まぁ、唯、星羅、静ならともかく、来たばかりの早矢も入ってるなんて、只事じゃないわね」
一番最初に反応したのは、このクラスの委員長である冴である。
「ですよね。あたしまで呼ばれるなんて、何かの間違いです」
三つ編みおさげをわしゃわしゃとさせながら戸惑う寧々は、早々に裏切った。
「うちも、呼び出される心当たりがないんですが」
早矢も鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、驚いていた。
「こんなのは、八つ当たりです。無視しましょう。無視してタリーズ行きましょう早矢様!」
凛が、キリッと『言ってやった』というような顔をしていた。
「いや、ダメだろ。曲がりなりにも先生からの呼び出しなんだから」
凛にツッコミを入れたのは、数少ない常識人の柊真だ。
「どうせ、ロクでもないことよ、きっと」
凛に追従するのは美琴だ。
最近は、先生もおかしいのではないかと生徒側にも認知され始めているため、こういう反応になるのも仕方がなかった。
そんな風にみんなが騒いでいる中で冷静なのは、唯、星羅、静の三人だった。
「とりあえずサクッと行って帰ってこよ?」
「そうね。五人ということは、家庭に関することよ、きっと」
「概ね、その判断で間違いないかと」
戸惑う寧々と早矢の手を取って、騒がしい教師から抜け出した。
みんな、好き勝手に言い合っているため、五人が抜けたことに気づいていない。
他のクラスも同様で、廊下から窓越しに唯達が覗くと、二組は黒板に可能性のある事柄を箇条書きにしてディスカッションをしていた。
三組は賭け事になっており、四組はなぜか神事を行っていた。
実習棟一階。職員用会議室の横にあるこの生徒指導室は、今年の一年生では初の使用となる。
それくらい使用頻度の低い部屋である。
にも関わらず呼び出されるというのは、只事ではないと五人も覚悟を決めていた。
寧々が代表してノックすると、中から「どうぞ」と短い反応があった。
「失礼します」と言って中へ入ると、奥には短い長机があり、その奥に1組の担任、大神いのりがいた。
手前側にはパイプ椅子が五脚置いてあった。
普通なら、そこそこの椅子が用意されているのに、クッション部分が破けてたり、穴が空いていたり、なんなら少し錆びていたりと、使用に耐えないものだった。
それに、普段ならお茶かジュースとお菓子が置いてあるのに、それすら無い。
一体何をすればこんな扱いになるのか、皆目見当もつかなかった。
「とりあえず座れ」
その言葉は、静かな怒りを含んでいた。
五人がそれぞれ座ると、大神先生はそれぞれの目を見てから口を開いた。
心なしか、眦にうっすらと光るものが見えた。
「どうして呼ばれたか……分かるか?」
「すいませんが、心当たりがございません」
静が毅然とした態度で言い切った。
「そうか……」
目の前で手を組んで、少し険しい顔をした大神先生。
「では、聞き方を変えよう。試験前の土曜日。かなり大人数で勉強会をしたそうだな」
「あ、はい……」
寧々がそれに答えた。
「それが、まずかったのでしょうか?」
おずおずと尋ねると、大神先生は組んだ手を机の上に置くと、プルプルと震えだした。
「普通、そういうものは、わたしを呼ぶんじゃないのか?」
「えっ?」「え?」「は?」「はい?」「えーっと……」
勉強会に参加していない早矢だけが戸惑っている。
もう、これは聞くに徹する側だと悟って、ことの成り行きを黙って見守ることにした。
「わたしを呼んでくれてもいいじゃないか! 誘ってくれてもいいじゃないか!」
まさか、呼ばれないことでこんなにも怒りを向けられるとは思わなかったのか、全員びっくりした顔で固まってしまった。
「そして、唯! 星羅!」
「は、はいっ!」「はひっ!」
「わたしの格好をしたそうだな」
ほんのりと頬が赤くなっている大神先生。
「は、はい」「しました」
「そうか……」
それを聞いて、少しトーンダウンした。
一体何だったのかと寧々、静、早矢は次の言葉を待った。
「そ、それで……光司さんはなんて言ったんだ?」
「あーしと結婚したいって言いました!」「わたしと一生添い遂げたいって言いました!」
「ほらぁ!」
バンッと机を叩いて立ち上がる大神先生。
「大丈夫です先生、そんなこと言ってませんから」
「そ、そうなのか?」
「はい。その言葉を向けたのはあたしです」
「先生、嘘です。信じないでください」
「結局どっちなんですか……」
ついに早矢が突っ込んでしまった。
そもそも、そんな格好して勉強会をしていたことなど初耳だった。
確かに、家ではいろんな格好をしているが、大勢の前でもそういうことをするんだと改めて認識した早矢。
だが、そんなことよりも大神先生が怒り狂っている理由がそこにあるのだ。
話を進めなくては帰れないので、先を促した。
「ど、どうして、その格好が問題なんですか?」
「光司さんの趣味だろう?」
「「「「はい」」」」
「えっ!?」
四人が一様に頷いたのを見て驚く早矢。
「つまり、光司さんは、わたしを好きになる可能性もあったわけだ」
「どうしてそんな話に飛躍するんです?」
これはもうまともな話ではないと判断した静が、腕を組んで、背もたれに深く沈み込んで言った。
「唯と星羅はわたしそっくりの格好をした。つまり、わたしが好きな可能性もあるわけだ」
「ははは。万が一にもあり得ませんわよ」
足を組んで髪をかきあげる星羅。
「そうです。そもそも先生はそのためにここに呼んだんですか?」
椅子の座り心地が悪かったのか、立ち上がる寧々。
「それに、先生っぽい格好をしたあーしらが好きなだけで、先生は対象外の可能性もあるわけじゃん?」
唯が居心地悪そうに椅子の上で左右に揺れていた。
「くっ……」
振り上げた拳を力なく下ろして、ストンと椅子に座る大神先生。
「まぁいい。本題はこの後だ」
「本題……ですか?」
「ああ」
机の上で何度も指を組み替えながら言った。
「君たち光司さんと一緒に那須やら大洗やらに旅行に行ったそうじゃないか。それも那須は泊まりで」
「はい。よくご存知で」
静がすげなく言うが、早矢は嫌な予感を感じていた。
「どうして誘わなかったんだ?」
「(やっぱり)」
そう思っていたのは早矢だけではないようだ。
「どうして、大神先生を誘う必要が?」
「どうして? 日常系の漫画だったら主人公のグループに先生がついていくのは当たり前だろう? ◯んいろ◯ザイク、◯ずま◯が大王、ら◯☆◯たと、定番じゃないか」
「古っ」
思わず星羅が突っ込んだ。
「だって、移動手段がないだろう? 六人で移動なんて三列シートの車とか買わなければいけないし、何より三列目は地獄だろ?」
「大丈夫です。前列後列三人ずつ座れる車を光司さんが買いました」
「なん……だと……」
机に突っ伏して、呻く大神先生。
「もしかして、今日呼ばれたのって……」
「ええ。勉強会で光司くんを誘惑して、あわよくば旅行についていき籠絡しようとしたのでしょう」
「そんな言い方しなくてもいいじゃない」
「でも事実ですよね?」
「ま、まぁ大体あってる」
「「「「「はぁ……」」」」」
それぞれが呆れたようにため息を吐いた。
「そもそも、わたしはお前達の先輩だぞ?」
「「「「「え?」」」」」
「それは、どういう……」
「一緒だってことさ」
「もしかして……」
「でも十年近く前ですよね?」
「バカ……歳のことは言うなよ……」
そうして、大神先生といろんなことを話し合った。
教室に戻ってくると、みんな帰っていた。
黒板には『明日教えてね!』とだけ書かれていた。
それを見て、さらにどっと疲れたのだった。
どう言ったものかを考えるより、これからの大神先生の扱い方に。
五人は思った。独身を拗らせるのは良くないと。




