番外編74 黄緑色は街を染めていく③
しばらく景色を楽しみながら食べる。
「どう?」
「どれもうまい」
「それだけ?」
そう言うのなら、ここは語らせてもらおうかな。
軽く咳払いして背筋を伸ばすと、なぜか星羅は期待に満ちた表情になる。
逆に言いづらいな……。
「……じゃあ、まずこのピンチョスな。食べやすいようにピンで刺してあるな。で、アボカドも柔らかすぎず固すぎずちょうどいいものを選んである。それにエビだ。臭みはなく、かといってエビの風味は損なわれてない。なによりこのモッツァレラチーズとの色合いがいい。見た目も鮮やかだし。星羅の好きなマリアージュだっけ? それが本当に感じられ──」
「待って」
「どうした?」
「そんなガチ評価しないでよ」
「まだ、序の口なんだが……」
「とりあえず、光司が満足したってのは分かったわ」
「ああ。大満足だ」
食べ終わり、片付けると星羅は俺の横にぴったりと座った。
そして、俺に寄りかかるようにすると、そのまましばらく無言で景色を眺めていた。
「ねぇ……」
「どうした」
星羅の声は少し震えているようにも思えた。
「わたしね、あなたのこと、好きよ」
それは窺うような、どこか暗闇に向かって手を伸ばしているような、そんな感じがした。
俺は、星羅の頭に手を置いて、引き寄せる。
「!」
「俺も好きだぞ」
「そう……」
しばし無言が続く。
「光司はさぁ、わたしがやることに否定とかしないわよね」
「そうだな」
「どうして?」
「まぁ、危険なこととかだったら止めるけど、星羅はみんなが喜ぶようなことを考えて挑戦しているじゃないか。それのどこに否定する要素があるんだ?」
星羅は一拍瞬きをした。
「ちゃんと見てるのね」
「見てるさ。星羅が何をして、何を作り出すのか、俺も楽しみでな」
「じゃあ、これからも、わたしが何かを目指しても応援してくれる?」
「もちろん。俺は星羅の作り出すもののファン第一号だからな」
だが、星羅は微妙な表情をした。
「……うーん。なんかちょっと複雑」
「なんでだよ」
「そこは……、恋人一号のが良かったわ」
恋人……な。確かにそう言いたい気持ちは分かる。
俺もずるいんだよな。星羅にそう言わせてしまうし、他のみんなに失礼な気もしてな。
でもいつかは答えを出さないといけない。
「答えはもう少し先でもいいか?」
「ええ、待ってるわ」
頭を肩から離すと、星羅は俺の方へ顔を向けた。
「でも、そうね……わたしね、光司とずっといられればいいのよ」
「星羅……」
「みんなでワイワイやってる今が好き。だから、変に気負わなくてもいいからね」
それは、どこか無理しているようにも見えた。
声にいつものような張りはなかった。
星羅はみんなに配慮してしまうところあるしな。
ガツガツしているようで、すごく細かく配慮しているんだ。それも気がつかないレベルで。
「星羅はなんだかんだ言って、周りを見てるよな」
「そ、そうかしら?」
「ああ。だから、今日はデートに誘ってくれて嬉しかったんだ」
「あ、あうあう……」
顔を真っ赤にさせて、手で顔を隠している。
「だから、いつでも誘ってくれ。まぁ、みんなで出かけてもいいし、こうして二人きりでもいいし」
俺がそう言うと、星羅は立ち上がり、俺の前に立った。
「分かったわ」
「え?」
「まだまだ時間はあるもの。それまでにわたし達で翻弄させてあげるからね」
そこは『みんなで』なんだな。
「お、お手柔らかに頼むよ」
「だーめ。わたし色に染めてあげる。ほら」
確かに周りはいろんな色合いの緑色で彩られていた。
他にはピンクや水色、オレンジに紫とあった。
「折角の公園デートなんだもの。歩きましょ」
俺の前に立った星羅は、前かがみになって顔を覗き込んできた。
その顔には、いつも通り余裕たっぷりのいたずらっ子の笑みが浮かんでいた。
「ほーら、立って立って」
手を引っ張られながら、立つ。
「じゃあ、行きましょ」
星羅はバスケットを俺に手渡すと、俺の腕に自分の両腕を絡めた。
「ふふん」
そうして、公園内を歩く。
星羅は植物が好きなのか、それぞれ名前や特徴を教えてくれた。
「ここに水生園があって、それも見たかったの」
「じゃあ行こうか」
「うん!」
そうして、星羅に引かれるまま見ていった。
こうして二人で公園内を歩くと楽しいし、気持ちがいい。
今日は連れ出してくれて本当に良かったと思った。
「光司、今日はどうだった?」
「来て良かった」
「そう?」
「ああ、本当に。新鮮だし、意外と見るところあるし楽しかった。それに星羅の新しい面も見れたしな」
「じゃあ、もっと新しいわたしを見せてあげるから、覚悟してね」
覚悟の使い方が間違ってる気がするが、そこは星羅らしいと思ったので、そのまま乗っかることにした。
「ああ。楽しみにしてる」
そうして、公園内を一周したところで、星羅が立ち止まった。
「どうした?」
「公園デートもいいけど、喫茶店で二人きりで喋るのも良くない?」
「ふふっ……あははっ……」
思わず笑ってしまった。
「な、何よ」
「いや、なんでも……。うん、そうだな。入ろうか」
あんだけ作ってきて、食べたのにな。
まぁ、コーヒーだけって可能性もあるから、笑うのは失礼なんだが、普段の星羅に戻ってしまったから。
「もう……。ここは光司の奢りでいいわよね」
「ああ、もちろんだ」
もちろん星羅はでらたっぷりサイズのアイスコーヒーとシロノワール。それとカツパンを頼んだ。
「そんなに食べきれるのか?」
「バカね、光司。こういうのは二人で分け合うの」
ウインクして返された。なるほど。
俺はコーヒーしか頼まなかったが、それを見越していたのだろうか。
やはり、星羅もよく見ているのだと改めて思った。
だが、少しその考えを撤回せざるを得なくなった。
カツサンドの3/4とシロノワールを全部食べてしまったからだ。
だが、そんな状況できょとんとしている星羅がどうしても愛おしくなってしまったんだ。
「なぁに?」
「かわいいと思ってな」
「なっ!」
「ほら、口に衣とソースくっついたままだぞ、少し落ち着けって」
「落ち着いてるわよ、もう…………」
そこで一瞬固まる星羅。
「どうした?」
「拭って、ぺろってしてよ」
それは、きっと何にも考えずに言ったのかもしれない。
だが、今日はデートだからな。少し踏み込んでもいいだろう。
そう思って、俺は指で拭って、口にしたのだった。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!」
そんな驚くことはないだろう。
持っていたカツパンを皿の上に落としてしまうくらいの衝撃だったようだ。
星羅の熱の影響か、アイスコーヒーの氷は急速に溶けていった。
「も、もう……ばか……。本当にするなんて…………」
「少しやりすぎたな」
「……いいえ、もっとすべきだわ…………。ええ、そうよ。これからも積極的にしなさい!」
すぐ調子に乗るんだから。
だが、それが星羅らしい。
俺もそんな星羅に付き合いたいって思ったんだ。
それから、色々話したかったんだが、星羅には衝撃が大きかったのか、顔を朱らめ、ストローをいじるにとどめていた。
そして三十分くらい経つと、火照りが引いたのか、いつもの星羅に戻った。
そして、恥ずかしい思いをさせた罰として、追加オーダーをさせられた。
家に着いたのは、夕方になってからだった。
「ただいまー」
「おかえりー」「おかえりなさい」「おかえりなさいませ」「おかえりなさい」
四人が出迎えてくれた。
早速星羅はユイと寧々に手を引かれてソファに座らされた。
「どうだった?」「どうでした?」
両サイドに座り、ステレオで問われた星羅。
そんな星羅は、いろいろ思い出し、顔を真っ赤にさせて黙って俯いてしまった。
「ちょ、コージ!」「光司さん!」
俺の横では静がニマニマと。早矢がニコニコとしていた。
なぜか威圧感がある。
「さて、詳しく聞かせていただきましょうかね」
「今日は寝かせませんよ」
そんな中で、星羅はソファに座ったまま呟いた。
「(もっと強引に行かないとダメね)」
それが聞こえていたのは、ユイと寧々だけだったのだが、優しい顔で見つめるにとどめていた。




