番外編73 黄緑色は街を染めていく②
その後、ユイ、寧々の順で起きてきた。
寧々がこんなにも遅いのは珍しいな。
そして、星羅が今日俺とデートすることをリビングで宣言すると、ユイと寧々はニッコリ微笑んで了承した。
「まぁ、あーしは既にやってるしね。星羅っち楽しんでくるといいっしょ」
サムズアップしながらウインクするユイ。
「ついに、星羅が一歩踏み出したんですね。お姉ちゃんは嬉しいです」
眦を拭いながら、嬉しそうにする寧々。
「寧々、姉はわたしよ」
「そこは譲れません」
未だにそっちが姉か論争に決着が付いていないんだな。
誕生日だけ見れば寧々の方が先なんだが、口を挟まない方がいいだろう。
「しかし、星羅は思い切ったよねー」
ユイが星羅を上から下まで確認する。
「確かに、いつもと雰囲気が違いますね」
「早矢さん寄りのコーディネイトですね」
「星羅さん似合ってますよ」
「ふへへ」
そうやって破顔するから締まらないんだよな。まぁ、そこが星羅らしいというか。
「じゃあ、コージも星羅に合わせた格好しないとね」
「え?」
こういう時は、星羅が選ぶもんなんだろうが、うちのファッションリーダーのユイにかかれば、星羅の横に立つに相応しい服を選んでくれる。
星羅もそれが分かっているから、口を出さずに、堂々と仁王立ちして見ていた。
そのポーズはいかがなものかと思ったが、信用しているのだろう。
ユイの見立て通りに着替えると、一段笑顔が増した気がした。
「流石はユイね。わたしにはここまでできないわ」
「ふっふっふー。星羅が喜ぶように考えたっしょ」
「ありがとね」
「どういたしまして」
そうして、少し早いのだが、星羅とデートへ出発した。
星羅は大きめの麦わら帽子を被っていた。白い大きなリボンが少女らしさを演出していた。
胸元には俺があげた、ルビーの宝石があしらわれたアラベスクのペンダントを。
左手首には、趣味のいい細めの腕時計をつけていた。
籠バッグを両手で持って、俺の前を鼻歌交じりに歩く星羅。
「あ、見て見て、この花綺麗」
「確かに、白が涼しげでいいな」
そうして、駅に行くまでにあれこれ見ながら行くことになった。
俺は、静に手渡された日傘を慌てて差すことにした。
星羅が結構立ち止まってしまうし、日差しも少し強い。
帽子を被っているとはいえ、暑いだろう。
「あ、ありがと」
「そんなペースだと大変だぞ」
「そ、そうよね。……つい嬉しくって」
「そ、そうか」
俺も日傘に入った方がいいな。頬が暑いんだ。
「で、どこに行くんだ?」
「着いてからのお楽しみよ」
俺の手を引いて歩いていく星羅。
そして、地下鉄駅から池袋へ。そこから埼玉方面へ向かう。
電車の中ではずっとニコニコしっぱなしだった。
いつものお嬢様とは別のタイプのお嬢様だなと感じた。
県境の駅に着いたので、降りる。
どうやら星羅の目的地は公園だったようだ。
……なるほど。公園デートか。星羅にしては意外だな。
駅から公園まではすぐだ。
公園の敷地内にはコメダもあるし、なんなら駅前や近くには飲食店も多い。
それでもお弁当を作ってくるというのは、それだけ今日が楽しみだったんだろう。
いつから計画していたのかは分からないが、ちょうど髪色と同じ新緑の季節だ。
公園に入って左手には大きな風車が見えた。
池では釣りをしている人がちらほらと見える。釣れるのだろうか?
広場では家族連れやカップルもちらほらと見え、散歩をしている人も結構見えた。
「どう?」
「よく見つけたな」
「ふふん。いいでしょう? 最初は違うところを考えてたんだけど、あの風車がおしゃれでね。わたしにぴったりでしょ」
「そうだな。いいセンスだ」
緑も多いし、風も吹いていて気持ちいい。
近くにあったら、ずっといるかもしれないな。
「じゃあ歩くか?」
手を差し出す。
「もちろんよ」
口角を上げて、俺の手を掴んだ。
俺は日傘を。星羅はバスケットを持って歩く。
湖畔にはカキツバタが咲いており、緑と紫のコントラストが涼しげだ。
「もう少し早ければ、チューリップとか見られたんだけど、いろいろあったしね」
「まぁ、結構いろいろあったな」
ゴールデンウィークの出来事。
中間試験のこと。
早矢のこと。
他にも、いろいろあった。
そんなことを話しながら歩くと、風車の前へと着いた。
「朝食べてないしね。少し早いけど食べましょうか」
「そうだな。……あそこのベンチにするか。ちょうど日陰になってるしな」
「そうね。そうしましょ」
早速ベンチに座り、間に星羅の作ったお弁当を置く。
さて、どんなものを作ったのか楽しみだ。
バスケットを開くと、白と赤のギンガムチェックのクロスの上に、どこかのデパ地下で買ってきたんじゃないかと錯覚してしまうくらいの料理が並んでいた。
星羅お手製のローストビーフとクレソンの一口サンドイッチ。
スモークサーモンとクリームチーズ・ディルのベーグルサンド。
生ハムと大葉の小さな手毬おむすび。
主食多めだが、それよりもよくこんな手の込んだものを作ったなと、俺は息を飲んだ。
おかずにも一切の妥協がない。本当に星羅が作ったのかと、星羅の顔とお弁当を何回も見比べてしまった。
「ちょ、そんな驚かないでよ、普段の光司っぽいのをわたしなりに作ったんだからね」
「いや、こんな手の込んだものを朝から作って凄いなって思ったんだよ」
エビとアボカドを使ったカプレーゼ風のピンチョス。
ローストチキンのハニーマスタード和え。それが一口サイズに切ってある。
彩り野菜とベーコンのミニキッシュ。野菜は、パプリカとブロッコリーか。なるほど。
更には、キャロットラベとカップに入ったプチトマトのコンソメジュレ和え。
デザートもある。イチゴのタルトだ。
マジで星羅が作ったんだな。
早起きしたとはいえ、よく作ったなこれ。
確かに星羅の色彩センスには目を見張るものがあるが、これは凄い。俺より凄い。
「ふふん。どう?」
「控えめに言って凄い。よく作ったな。本当に美味しそうだ」
「えへへ。でしょう?」
照れたように顔を朱らめながら、両手を擦り合わせていた。
星羅は、途端にハッとして、持ってきていたステンレスボトルから紙コップに注いで手渡してくれた。
「はい」
「お、ありがと」
一口飲むと、口の中が爽やかになる。
どうやら水やお茶ではなく、ミントレモネードだった。
キンキンに冷えていて、少し火照った体にちょうどいい。
しかし、飲み物にまでこのこだわりよう。
俺は星羅の顔をまじまじと見つめてしまった。
「な、なによ」
「いや、想われてるなって思ってな」
「当たり前でしょ」
そう言って、星羅はベーグルサンドを手渡してくれた。
「光司みたいに上手くできてる自信はないけど、かなりの自信作よ」
「ふふ。どっちだよ」
そう言って一口齧る。
ディルの風味が口の中に広がる。
スモークサーモンとクリームチーズの配分もいい。
ほんのりと柑橘の風味もある。
「これ、うまいな」
「えへへ。でしょう」
「星羅も料理天才だな」
「あー」
なぜかバツが悪そうな顔をする。
「どうした?」
「実は、寧々に教わったの。光司の好きなのってどんなのかしらって」
「でも一から作ったのは星羅だろう?」
「そうよ」
ふふんと胸を張る。緩急激しいな。
「じゃあいいじゃないか。実際うまいぞ。ほら、お腹空いてるんだろ?」
「そうだわ。もうペコペコよ」
「じゃあ、食べるとするか」
「ええ」
なんか、ヨーロッパに来た気分になるな。




