番外編72 黄緑色は街を染めていく①
それは五月も終わろうという頃。
金曜日の夜、寝ようとしたところで、部屋のノックをされた。
「光司、起きてる?」
その声の主は星羅だった。
「どうした?」
俺は扉を引くと、そこには相変わらず派手派手なナイトウェアを着た星羅が立っていた。
何か用があるのだろうか。
多分、明日ではダメだから来たのだろうが、なぜかいつもと変わらず余裕の表情を浮かべていた。
「明日、わたしとデートしない?」
随分と率直に言うんだな。
まぁ、明日は出かける予定もないから構わないが、他のみんなは大丈夫かな。
いや、そういうことを先に考えるのがよくないな。
目の前の星羅は余裕の表情を浮かべているが、俺には分かる。
口角を上げている位置が少し低いのと、ほんの少し目が据わってるんだ。
つい、頭をポンポンと撫でてしまった。
「いいぞ」
「そ、そう……。ふーん……」
そこから先は暫くそのままだった。
頭を撫でるのをやめると、星羅は口を開いた。
「なんで止めるのよ」
「キリないかなって思って」
「続けてよ」
「お、おう」
もう時間も遅いのになぁ。
というか、部屋の入り口で何やってるんだか……。
「なぁ、もういいか?」
「…………仕方ないわね」
長いことやっていたから、腕が辛かったんだ。
「で、デートって何するんだ?」
「わたし、デートプラン考えたのよ」
「ほう」
「だから、明日は寝坊しないでよね」
「分かった」
「ふふん」と嬉しそうに微笑んで部屋を出て行った。
まぁ、前回は桜の時期にユイとデートしたから、まぁ誰かしら来るとは思ってたが、まさか星羅が来るとは思わなかった。
星羅は結構おしゃれだからな。
下手な格好していくと怒られそうだ。
俺はクローゼットを開けて、星羅が好みそうな服を選び始めた
「これで……いいかな」
十パターン程、組み合わせてみた。
多分、大丈夫だと思う。
時計を見ると、二時を回っていた。
「マジか」
随分と長いことやっていたんだな。
まぁ、星羅に恥かかせるわけにもいかないしな。
そして、一時間程寝れなかったが、気がつけば朝日が差し込んでいたので、いつの間にか寝ていたようだ。
あんまり寝られなかったからだろうか、かなり眠く、だるい。
だが、ある違和感でそんなこと気にならなくなった。
なぜならば、料理の匂いがしたからだ。
時計を見ると、まだ五時だった。
俺の部屋はリビングの横にあるから、すぐ分かる。
扉を開くと、美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐった。
そして、意外な光景が目に飛び込んできた。
まさか、星羅が料理しているとは思わなかった。
それも、普段の星羅とは全く違っていた。
「あら、おはよう」
「お、おう。おはよう。早いな」
「ふふん。だって、デートだもの。早起きして準備するのは当たり前でしょう」
屈託のない笑顔でそう言う星羅はとても綺麗だった。
なんというか、普段と全然違うんだ。
それはきっと、服装と髪型のせいだろう。
それは、とても大人びて見えた。
普段は髪の毛をハーフアップにしているが、それを下ろして、緩めの三つ編みにしていた。
先っぽには黄色のリボンを結んでいた。
歩くたびに尻尾のように揺れていて、あたかも猫の尻尾のようだった。
そして、一番驚くべきは、その服装だろう。
早矢のような格好だからだ。
七分丈のモカブラウンのロングシアーシャツとオフホワイトのキャミワンピースを着ている。
どちらも透け感のある、涼しそうな生地だ。
これは、俺の服も考え直さないといけないな。
しかし…………。
「それ、すごく似合ってるな」
「ふぇ!?」
「なんというか、普段のお姉様って感じを残しつつも、清楚と小悪魔感が同居してて、星羅に凄く似合ってる」
「そ、そう…………」
顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「ま、まぁ、早矢の格好とか、わたしもいいなって思ってさ」
「いや、実際凄く似合ってるよ。普段からそういう格好してもいいんじゃないか」
「ふへへ……」
すぐに破顔してしまうが、そこがまた星羅らしいな。
しかし、料理か。
俺もキッチンへ入ろうとすると星羅に止められた。
「ダメ」
「え、なんで?」
「お弁当作ってるの。だから、それまで内緒」
頬を朱に染めて俺が入らないように止める。
そう言うのなら、星羅の言う通りにしないとな。
「分かった」
「待っててね。もう少しでできるから」
「そうか。……こんな朝早くから悪いな」
「何言ってるの? わたしから言い出したんだから当然でしょ」
「お、おう」
頬を少し膨らませて、拗ねたように俺の胸をツンツンと押した。
まるで、何かのキャラクターから影響を受けたかのようだが、もしかしたら、これが本当の星羅の可能性もあるかもしれないな。
なんというか、堂に入っているし。
まぁ、邪魔しちゃ悪いな。
俺は日課の庭の水やりに行くことにした。
流石にこの時期にもなると暑いな。
出かける前に一度シャワーを浴びた方がいいだろう。
室内へ戻ると、早矢と静が起きていた。
「お、おはよう」
「「おはようございます」」
静はいつも通りだが、早矢はどこか落ち着かないといった感じをしている。
「あの、星羅さんどうしたんですか?」
「あー……」
俺から言っていいものか。チラッと静を見ると『知ってますよ』と涼しい顔をしていた。
「実は──」
「今日はわたしと光司でデートするの」
星羅がなんてことはないといった感じで言った。
「で、デート!?」
「そうよ。四月にユイと光司でデートしてるんだもの。今度はわたしがしてもいいわよね」
「な、なるほど……」
それを聞いて、一回だけ頷いて、いつもの柔和な顔に戻る早矢。
静は気にせず、キッチンへ入っていった。
「あ、ちょっと、つまみ食いはダメよ静!」
「いいではないですか。もう完成しているのでしょう?」
「そ、そうだけど……」
「それに、砂糖と塩を間違えてないか確認しなければ」
「そんなヘマしないわよ!」
結局いつも通りになるんだよな。




