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夢見るアイ  作者: 玉名 くじら
第三章

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番外編41 いのりちゃん先生はずぼらだから


 それは、学園に早矢が来てから数日経った頃。

 大神(おおみわ)先生がホームルームの後、出席簿を教室に置き忘れていった為、教卓の周りには多くの生徒が集まっていた。


 鼻歌交じりに出ていったが、そういう時は大抵何かを忘れていくのだ。

 その度に生徒達は中をあらためてから、渡しに行くのが恒例行事となっている。


 今日は出席簿だった。

 その中の一人、松本愛は、中を開き「やっぱり」と声を出した。

 そして、その声を皮切りにみんなが中を確認していった。


 「どうして、早矢さんのところは文字化けしているのかしらね」

 早矢もその場にいた為、ひょいと覗くと、確かに文字化けしていた。

 よく分からない漢字や半角のカタカナや記号になっている。


 「これは……なんでですかね……」

 確かに不気味だし、気分がいいものでもないだろう。

 尤も、早矢としては、その原因は分かるのだが、そのままにされている理由が分からなかった。


 「これは許せませんね。断固抗議すべきです」

 早矢フリークスの白鷺凛が義憤に駆られ、今にも飛び出しそうになるのを、春日小春が必死に掴んで止めていた。


 そんなことを気にしない静が早矢の横に立って、「ふむ」と短く呟くと、「UTFー8ですね」と、言った。

 「UTFー8?」

 愛を含めて他の生徒達が首を傾げた。


 「保存した時と、開いた時に齟齬が出るとこうなります。恐らくいのりちゃん先生のパソコンに問題があるのでしょう」

 「「「「「へぇー」」」」」

 クラスメイト達が得心したように頷いた。


 「でもさぁ、よく見たら、結構この出席簿おかしいよね」

 クラスの中で一番観察眼のある朝霞愛花が気づいた。


 「え、どこ?」「どこよ」「ええ?」

 他のクラスメイトが覗き込むように見た。


 「あっ!」「あれ?」「あー……」

 気づいたのか、それぞれが声を漏らした。


 「よく見たら、明石くんのところは全角なのに、エレナは半角ね」

 「小生は万願寺なのだが、満願寺になっている。とうがらしの方なんだが……」

 「燈なんて、『燈り』になってるわね」

 「私、&#と数字になってる。なにこれー」

 「私、漢字間違えられてる」

 「おかーさんもだね。『喜築き』になってる」

 「これ、まともな方が少ないね」


 「これは一種類の不具合ではありませんね」

 「え?」

 「HTMLの文字参照がそのまま表示された可能性があります。文字コード不一致、入力ミス、HTMLエスケープ不良など複数の不具合が混ざっています」

 「「「はぇー」」」

 静が、それを見て、次々と指摘していった。


 誤字だらけの出席簿。よくこれでチェックが出来ていたものだと、そこにいた全員が呆れていた。


 「小鳥遊先生もこれ使ってるんだよね?」

 「だから、上に赤く訂正した字が書いてあるんじゃない?」

 「でも擦れて、殆ど線になってるし」

 可哀想なものを見る目になるクラスメイト達。


 「これさぁ、一回言った方がいいよね」

 宇慶操が苦笑しながら言うと、全員が行こうとしたので、唯が慌てて止めた。


 「ちょ、ちょっと待つし!」

 「何、唯?」

 先頭をずんずんと進んでいた凛が苛立ちまぎれに振り返った。


 「こんな大人数で行ったら、流石に迷惑でしょ?」

 唯が先生のように言った。そこにギャルらしさは見当たらなかった。


 「そうか」「そうだよね」「確かに」「うちはそう思ってたし」「わたしも実は……」「じゃあ早く言えし!」「やっぱオカンは言うこと違うな」「普通委員長が言うべきでは?」「唯は影の委員長だからいいんだよ」「影とは?」


 それぞれが唯の掛け声に納得して戻ってきた。

 「じゃあどうするのよ」

 表の委員長こと小此木冴が、メガネを直しながら問う。


 「代表を決めればいいんじゃね」

 解決策はギャルっぽく、短く告げた。


 「なるほど」「だよな」「普通そうだよな」「全員で行く必要無かったな」「誰、みんなで行こうって言ったの」「誰も言ってないし」「そっかー」


 ということで、代表を決めることになったのだが……。

 「どうやって決めるのー?」

 目を輝かせて問うのは織部燈だ。

 結果より過程を重視するタイプのようだ。


 だが、燈の望むような決め方はせず、大神先生を論破出来そうな人物は誰か──

 という一点に絞った結果、人見静、小此木冴、市田柊真の三人に、勝手に七不思議とされていた天唐和早矢と義憤に駆られた飼い犬、白鷺凛の五人で向かうことになった。


 全員が、凛は外した方がいいのではないかと言うのだが、早矢のこととなると人が変わったようになる為、誰にも手が付けられない。

 1組の狂犬の名は伊達ではなかった。


 「では、早矢様行きましょう! 敵の首を打ち取りましょうぞ!」

 「打ち取りませんよ。話を聞きに行くだけです」

 早矢が困った様子を隠そうともせずに言うが、凛には一切感づいてもらえなかった。


 「なぁ、このメンバーで大丈夫か?」「柊真くんいるから大丈夫じゃない?」「胃に穴があいてこなくなりそう」「委員長じゃ頼りにならないの?」「静と凛を止められると思う?」


 「「「「「…………」」」」」

 誰もが絶句している間に五人は職員室へと向かった。


 「頼もー!!!」

 凛が不躾に職員室のドアを勢いよく開いた。ドアが反動で少し戻ってきた。


 だが、職員室の先生も慣れているのか、「今年の1年は元気だな」くらいにしか見ていなかった。


 そんな中、凛の声にいち早く反応したのは、勿論この人。

 1年1組の担任大神いのり先生その人だ。


 「元気だなあお前らは。どうした? 変わったメンバーだな」

 「はい。実は──」

 1組一の常識人柊真が理由を説明し、置き忘れた出席簿を渡した。


 「ああ、すまんな。見つからなくて探してたんだよ」

 「でしょうね」


 大神先生の机の上には物を置くスペースが無く、今にも床へ崩れ落ちそうなほどファイルや書類が散乱していた。

 慌てて寄せて積み重ねていくが、いつか大きな雪崩になるだろうことは誰の目にも明らかだった。


 「それで、文字化け……だっけ?」

 そう言いながら、出席簿を見る大神先生。


 「本当だー……」

 目を丸くして眺めていた。


 「知っていたのでは?」

 静が問う。


 「いや、いつも出席順に呼ぶし、そのまま丸付けるから。というか、読んでなかったわ」

 「そんないい加減な」

 冴がメガネのフレームを押さえながら憤る。


 そんな中怒りが収まらないのは凛だ。

 「どうしてそんなことになっているんですか!!!」

 「わたしに言われても」

 そりゃそうだと、凛以外の誰もが思っていた。

 ただ、大神先生がちゃんと確認していればいいだけの話ではあるのだが。


 「パソコンで打ったんじゃないのですか?」

 「そうなんだけど、印刷時にエラーでも発生したんかな……」

 書類を横にずらした大神先生。奇跡的にプリンのように揺れただけで崩れなかった。


 「む、これは!」

 静が鼻息荒くパソコンに近づく。

 「よくもこんな旧式のパソコン使ってますね」

 それは97年頃に出たデスクトップ型のパソコンだった。


 「これ、サポートなんて、とっくに終了してますよね?」

 「というか、なんでまだ動いてるんだ?」

 冴と柊真が驚愕に顔を引きつらせている。


 そんな様子を一歩引いた位置から早矢が見ていた。

 「(この学園ではこれが普通なんでしょうか……)」

 そんな早矢の気持ちなど構うことなく、四人はその古いパソコンに興味を奪われていた。


 「いやさ、これ見た目は古いけど結構改造してて……」


 よく見ると、画面は最新の液晶に換装しており、4:3ではあるものの、中のOSは最新のもの。いや、見たことのないUIだった。

 恐らく中もかなり弄ってあるに違いないことは疑いようのない事実だった。


 静だけが、納得したのか頷いていたが、他の三人は表情が険しくなるばかりだった。

 そんな中、凛が右下にあるものに気づいた。


 「このイルカはなんですか?」

 「これはイカル君だ」

 「聞いたことありますね。古いパソコンに居座るお節介キャラだと」

 「あー、なんかネットミームになってたやつね」

 みんなが思い出すように言った。


 「あれですね!」

 凛が、パソコンに向かい、『お前を消す方法』と入力した。


 「あっ、バカ止めろ!」

 だが、もう遅い。素早くエンターキーを押した凛。

 その表情はどこかしてやったりといった顔をしていた。


 そして、画面の中のイルカはこっちを見ると、一気に目をつり上がらせ、震えながら、身体を真っ赤に染め上げ、関西弁で怒りのメッセージを表示させた。


 『なんやと! ふざけんなや! 何が「お前を消す方法」や! ふざけんなや。今日日そんなん流行らんねや。ちゅうか、そんなふざけたことわれに言われる筋合いあらへんのや。謝らんかい! 今すぐ謝れこら! 誰に言いよるんや! 聞いとんのけ! おい!』


 すごい剣幕で捲し立てていた。

 「イカルくんってこんなに話せましたっけ?」

 「さあ? 最新型なんじゃない?」

 柊真がずれた感想を言い、冴が興味なさそうに言った。


 「ああ、なんてことを……」

 大神先生が顔を真っ青にさせて言った。

 きっと、元に戻すのに相当な労力を要するのだろう。


 「と、とりあえず、それはちゃんと直しておくよ。ちゃんと確認しなかったわたしが悪いし」

 「はい、そうしてください!」


 凛が勝ったとばかりに腰に手を当て、早矢に振り返った。

 褒めてほしそうにしている。

 誰の目にもぶんぶんと振る尻尾が見えた。

 だが、早矢はにっこりした顔のまま淡々と言った。


 「凛さん。ハウス」

 「くーん……」


 早矢の望む行動を起こせなかったとしょんぼりとしてしまった。


 「まぁ、うちのためにしてくれたことですから、仕方ありませんが、もう少し落ち着きましょう」

 「はい」


 そんな様子を見ていた静は、少し物足りなそうな顔をしていた。

 「(これ、わたくしがいなくてもよかったかもしれません。しかし、あのイカルくんは非常に興味深いですね)」


 その後、全員で職員室を後にした。

 大神先生は青い顔で手をひらひらと振って返すだけだった。


 ───そして、この日一つの七不思議が消え、新たな七不思議が生まれた。

 大神先生のパソコンに潜む謎のAI『イカルくん』という存在が明らかになったことを。

 そして、今まで現れていなかったのに、突如学園のパソコン全てに表示されるようになり、何かと話しかけてくるのだった。言葉遣いに厳しくよく怒るため、あれはコンピュータウイルスではないかと噂になるのだが、それはまた別の話である───


 職員室を出たあと、静が少し嬉しそうにしていることに早矢が気づいた。

 「どうかしましたか?」


 早矢が聞くと、他の三人も立ち止まって振り返った。

 静は少しだけ職員室に振り返る。


 「あのイカルくんですが……」

 「はい。それが?」


 「帰り際、パソコンの画面に『また来てなー』と表示されてました」


 「そうなんですね」「「「え!?」」」


 早矢はなんのことはないといった感じで。

 三人は顔を少し青くさせたのだった。


 「そ、それは大神先生が操作してとか……」

 柊真が言うが、静は首を横に振るだけだった。


 「誰も操作していません」

 なぜか急に廊下から音が消えた気がしたのだった。


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