番外編33 理想のお部屋
星羅の提案を受けて、寧々は星羅の部屋を見にいった。
そして、ドアを開けてすぐに絶句した。
ドアノブから手が離せなかった。
そのまま閉じて去ろうとしたところで、星羅に止められた。
「ちょちょちょ、どうしたのよ寧々」
「いやぁ……別にぃ……」
光司のような曖昧な返事をする寧々。
視線はずっと真横だ。直視出来ない。
「何がそんなおかしいのよ」
「えっと……」
どこから言うべきか。
いや、星羅の提案をどう断ろうかに考えをシフトしていた。
姉妹だというのに、こんなにも趣味嗜好が違うのかと。
星羅に背中を押されながら入る。
まず目に入るのはクイーンサイズの天蓋付きのベッド。ちゃんとソファも付いてるものだ。
四隅には星羅の瞳の色と同じ真紅のカーテン。縁は金色であしらわれている。
床も一面豪奢な真紅と金色のカーペット。
寧々が一番驚いたのは、壁紙だろう。
壁一面、貴族の部屋のような色合いと模様の壁紙が貼られていた。
皺一つなく、プロがやったかのようだった。
そして、ここは一体どこの女王様の部屋かと思った寧々。
ベッドシーツや枕は、逆に金色で、アラベスクの紋様が描かれていた。それでいて落ち着いた光沢を放つサテン生地は、完全に星羅の趣味である。
それなのに、布団の中からは、チンアナゴと猫の抱き枕が顔を出しているのが少し滑稽だった。
いつ買ったのか、クローゼットやチェストは少しアンティーク調のもので、やたらと紋様が掘られていた。
いくらするのかは聞かない方がいいだろう。
何の気なしに開けたチェストにはサテンの生地の上にティアラが丁寧に置かれていた。
「なにこれ」
「あ、それ? なんか気になって買っちゃった。いいでしょ」
「え、ええ」
絶対に高いやつだと確信する寧々。
下の段も開けたら、まだあった。違うデザインのものが。
「気分で使い分けるのよ」
「気分で……」
星羅がティアラつけてるところを見たことがない寧々。一体どこでつけているのか気になったが、聞けなかった。
流石に三段目は開ける勇気がなかった。
「開けないの?」
「ええ」
今度は星羅が開けた。開けてドヤ顔をしているが、中にはミニクラウンやバレッタなど小さめの物が入っていた。
「欲しいのがあればあげるわよ」
「あ、いや……」
自分にはちょっと合わないかもと寧々は思い、辞退した。
「似合うと思うんだけどなー」と星羅は口をすぼめて言った。
天井は普通の円形の照明だったことにホッとした。流石にシャンデリアだったらどうしようかと。
「ああ、あれね。シャンデリア買おうと思ったんだけど、実用性考えたら要らないかなって」
『実用性とは?』そんな感じで軽く首を傾げ、目だけで問うが、答えは返ってこなかった。
テーブルの上にはワイングラスとウェルチが置いてあった。
前はブランデー用のグラスで麦茶を飲んでいたなと思い出した。
しかし、一番驚いたのは、ベッドやクローゼットではない。
五つのトルソーに豪奢な貴族のドレスが飾ってあった。
そして、壁にもハンガーに掛けたドレスが、いち、にぃ、さん、しぃ……。
読み方もひらがなになろうというものだ。
どうしても気になり、クローゼットを開けると大量のドレスとコスプレ衣装が出てきた。
隣のクローゼットはちゃんと普通の服だった。
そりゃそうだと、心の中で笑ってしまった。
自分達と出かけるときはちゃんとした格好だからだ。
それにしてもと、部屋の中を見回すと、真紅のカーテンやカーペットと対比するように観葉植物も多いことに気づいた。
まるでクリスマスのような色合いだなと寧々は思った。
窓際には二つのハンギング。廊下側には二つの観葉植物と二つのフェストゥーン。テーブルの上にも一つ小さめの観葉植物が置いてあった。
心なしか動いた気がしたが、気のせいだろう。
一番気になったのは、壁だ。四つのそれぞれ異なるスワッグが飾られていた。だが、気になるのはそれではない。
大きな真鍮色の額縁の中には、ドレスを着た星羅と執事服を着た光司が描かれていた。
「あの、星羅……これは……」
「あ、これ? 愛花に描いてもらったの」
「ええ……」
確か、朝霞愛花は何か絵を描く部活に入っていたが、一体いつこんなものを描いたのだろうか。
いや、それよりも一体いつこれを搬入したのか、そっちのが気になった。
そして、自分も描いて欲しいと思う寧々。
──その後、愛花にお願いした寧々。
完成した絵は、田舎で食堂を営む夫婦っぽく描かれており、最初はどうしてこれなんだと思ったが、それはそれで幸せそうだなと思ったのだが、それはまた別の話である──
そのとき、コンコンとノックの音がして、星羅が開けると、早矢が立っていた。
「あら、早矢どうしたの?」
「ここに寧々さんがいると……」
早矢はそこで、星羅の部屋の中を見て固まった。
その独特の世界観に。
そして、これは自分には合わないなと考えていた。
「そういえば、寧々はいつ物とか持ってくるの?」
「あ……」
寧々は、この部屋では一緒に過ごすのは無理だなぁと考えていた。
どう断ろうか、固まった笑顔のまま考えていた。
そんな寧々の心中を察したのか、早矢が寧々と星羅に声をかけた。
「あの……」
「どうかした?」
「もし、寧々さんがよければですけど……」
「はい?」
「うちは寧々さんの部屋と一緒がいいかな、と」
渡りに船だと思った寧々。毎日貴族令嬢をするわけにはいかない。料理や掃除をするのに、姫袖ではやりにくい。
早矢ならば、普通の思考をしている。いや、自分と同じ考えを持っていると思っていた。
早矢も、一人で使うには広すぎるし、何より自分の家具がない。
それに、静のファンシーな部屋も、唯のガーリーな部屋も、星羅のロイヤルな部屋も合わないと思っていた。
寧々ならば、まともなのではないか。そう考えていたのだ。
「早矢さんがよければ」
その言葉ににっこりと頷く早矢。
「寧々がいいんなら、それでいいけど」
星羅も本気ではなかったのだろう。寧々は申し訳なさそうにするが、内心ではガッツポーズでジャンプしていた。
星羅の部屋を後にして、隣の寧々の部屋へ行く。
部屋と部屋の間隔が長く、作り方を変えれば、あと三部屋は作れたのではないだろうかと早矢は思った。
そして、寧々の部屋の前へ着くと、「どうぞ」と言って、部屋を開けた。
期待半分、不安半分で部屋の中を見た。
早矢の感想としては、『普通』であった。
だが、とても落ち着く部屋だった。
とても年頃の女の子の部屋っぽく、どこか変な部屋を期待していただけに、少し肩透かしを食ったが、一番飽きがこない部屋だった。
「地味ですけど」
「いえ、そんなことありません」
慌てて手を振る早矢。
他の三部屋を思い出すと、やはり理解がしにくかった。
「静さんの部屋はまだ理解できましたが、星羅さんの部屋はちょっと……」
「あたしもそう思います」
「よかった。寧々さんが普通の感覚の持ち主で」
「……え、ええ」
ちょっと複雑な気分だが、変と言われるよりはマシかと思い直した寧々。
「そういえば、早矢さんの服とかはありますけど、寝具とか家具がありませんね、後で光司さんにお願いしましょうか」
「そうですね。でも、うちは床でもいいですよ」
「えっ!?」
「いや、うちはお布団の方がいいというか」
ベッドをチラッと見ると、二人で寝られないことはないが、少し小さい。
それにベッド二つ置くよりかは、布団の方が、寝返り打ったときに落ちる心配もないと、合理的だと考えていたが、寧々が慌て始めた。
「はわわわわ……」
おさげをわしゃわしゃとし始めた。
「こ、光司さんに急ぎ手配してもらいますね」
「あ、はい……」
早矢は思った。寧々も少しおかしいと。
寧々も、早矢はどこか抜けているなと思っていた。
だが、他の三人に比べれば、圧倒的にマシだと感じていた。
「で、では、今日は二人で寝ましょうか?」
「は、はい」
おさげを顔の前へ持ってきて、赤くなる寧々。
早矢はそんな寧々を愛おしく思ったのだった。
この時の二人は、まだ互いが料理や家事で競い合う未来など知る由もなかった。




