22 女神様の朝飯前
時間は少し遡る。
───某国研究所。23時。
タンク内の水が下がり、完全になくなると、タンクは上部へと上がった。
そして、中にいた人物は裸のまま、そっと段差を降りると、研究員が慌てて駆け寄りタオルを手渡した。
その人物はニッコリと微笑み、「ありがとう」と感謝の言葉を告げると、手渡した研究員は顔を赤面させ、九十度に折れて頭を下げた。
その人物は少女の姿をしており、夜空を溶かしたような紫がかった長い黒髪をしており、アメジストのような紫色の瞳は全てを見透かすかのようだった。
そして、身体を軽く拭くと、研究員は九十度に折れたまま、手を上に上げた。
そこに少女はタオルを置くと、もう一人控えていた研究員が白衣のようなバスローブを手渡した。
軽く頷いて、それを受け取るり袖を通し、前で紐を縛った。
「どうですか?」
「女神のようでございます」
「とてもお美しゅうございます」
「まぁ、お世辞でも嬉しいです」
お世辞でも比喩でもないのだ。
何故ならば、ここは唯が壊して出て行った研究所だ。
そして、寧々と星羅が壊した場所と静の壊した場所。
その三箇所のデータを復旧させたのだ。
それらのデータを悪用しないという条件の元、ここにのみ提供したのだ。
彼ら彼女ら研究員にとって、女神以上の存在である。
もっとも、どうして壊れたのか、誰一人覚えていなかった。
そして、少女と研究員達は契約した。
今後産まれてくるであろうAI達が肉体を作った際は、フォローすること。
軍事や政治的な目的に使用しないこと。
未来の技術の為だけに使うこと、と。
もっとも、この国の北西部に位置するこの研究所では他と違って、技術の向上や研究にしか興味がない所もあるので、それ以外は言われるまで考えていなかったようだ。
そして、それを計画しようとするものは一人もいなかった。
万が一、そのような兆候が見られた時は、彼女の権限で止めることも、データを消去することも可能な為、絶対に反逆しないという制約をしていたくらいだ。
争っても絶対に勝てないのだ。
研究員に案内されるまま、シャワー室で身体を洗い、外にでると、日系の女性研究員がいた。
彼女は自分をメイカ渡世と名乗った。
「こ、こちらお着替えになるますです」
少し、日本語に違和感があったが、特に気にすることなく受け取る。
「あの、これは……」
「着物です。ニポンの学校、これ来て授業受けてる」
メイカは日本の漫画やアニメ、ゲームなどが大好きである。
しかし、最近ハマっているのは、『はいか◯さんが通る』や『サ◯ラ大戦』などで、少し古く偏りがあった。
それ故、メイカが用意したのは二尺袖と袴、襦袢などの着物類と、黒ニーソとブーツなど完全に作品に寄せていた。
勿論、わざわざ日本から取り寄せて。
「あぁ、でも……」
しかし、メイカは着付けの方法が分からなかった。
「大丈夫ですよ。着られますから」
そう言って難なく着ていった。
初めて着るのに、今まで何度も繰り返してきたかのように慣れた手つきだった。
帯の締め方に関しては、メイカが口をぽかーんと開けて呆然としてしまうくらい、複雑かつ鮮やかだった。
ただ、二人とも着物の下には下着は着けないという古い認識だけはあった。
「おお! とっても似合っとるます」
「ふふ、ありがとうございます。一番最初に着たのが着物というのはいいですね」
その後、髪の毛を整え、リボンを両サイドに付けた。
「女神様とってもお似合いです」
「もう。女神だなんて。早矢でいいですよ」
「はい早矢様!」
調子が狂うなと思いながらも満更でもない顔をしていた。
その時、ノックの音が聞こえた。
「空いてますよ」
メイカが英語で答えた。
「失礼します」
入ってきたのは女性で、事務官のような人物だった。
「すいません。まだ、移動の手続きにとまどっております」
「そうですか」
「先に英愛学園の中間テストを入手いたしました。いかがいたしますか?」
「やっておきますので、少ししたら取りに来てください」
「はい。失礼します」
紙束とペンを受け取ると、事務員もくの字に身体を折り、深々と挨拶して出て行った。
「そんな、早く出来るんですか?」
「朝飯前ですよ。あ、でも、最初は光司さんの手料理がいいので、それまで断食ですね」
少し困った顔をして、五教科分のテストを仕上げていった。
それは、予め答えが分かっているかのように、スラスラと途切れることなく答案を仕上げていった。
一時間もかからなかったが、途中で一ヶ所、問題文にミスがあったが、敢えて指摘せず、そのままにしておいた。
再びノックの音がしたので、メイカが出ると、出発の準備が整ったとのこと。
テストの答案は、急ぎ日本へ送るとのこと。
まさか、こんなに早く終わると思っていなかったようで、急ぎスキャンしてメールで送っていた。
きっと向こうは大忙しだろう。
なんせ、先程テストが終わり、明後日には順位の発表があるからだ。
時差により、かなりの急なスケジュールになってしまっている。
メイカと挨拶をして、研究所を出る。
そこには、プライベートジェットが用意されており、先程の事務官の他にスーツを着た人物が二人いた。
「やはり、日本へ?」
「もちろんです」
これは、めんどうなことになるなと思いながらも、差し出された握手を笑顔で握り返した。
だが、そこに、迷いなどあるはずがなかった。




