08 気づけばおかーさんだった
寧々は枝から枝へ飛び移る。
昇降口手前で、下を確認して、音もなく飛び降りる。
服についた葉っぱをササっと払う。
そして、周りを確認して何事もなかったかのように微笑みながら昇降口へ向かった。
「おはようございます」
「おはよー。……あれ、寧々頭に葉っぱついてる。変身でもするの?」
「え、葉っぱ?」
ちょうど頭のてっぺんに大きい葉っぱが一枚乗っていた。
「それだとタヌキみたいだねー。なーんて」
「もう……。タヌキさんは可愛いですけど、あたしは変身しませんよ」
頬を膨らませながら抗議の表情をする寧々。
「あはは。ごめんごめん。寧々はレッサーパンダの方だったね」
一月もすれば、学園内での寧々のイメージは出来上がっているようで、タヌキやレッサーパンダのようにコロコロとかわいいという評価になるようだ。
寧々の友人の一人、智坂柚は知的な表情にも関わらず、元気に笑っていた。
柚と二人で教室へ向かう中、寧々はどうしてこうなってしまったのかを思い出していた。
寧々は非常に面倒見のいい人物である。
頼まれごとをされれば、嫌な顔せずに引き受ける。
いや、寧ろ頼られることを求めているところもあるかもしれない。
相談事があれば、親身になって最後まで付き添い、解決に導く。
ただ、全てを引き受けるわけではない。
本人で解決できることがあれば、サポートに徹し、補助をするに留まることの方が殆どだ。
ただ、その太陽のような暖かさと圧倒的な包容力で相談する者みなが、全て同じ感想を抱いていた。
それはさながら母親のようで、ついつい何もなくても声をかけてしまうのだ。
そんな寧々は学校では『おかーさん』と呼ばれていた。
もっとも、親しい間柄の中では『寧々』と『おかーさん』で半々となっている。
相談内容としては──
恋の相談。
進路の相談。
指導範囲の確認。
運動部の指導内容確認。
些細な日々の出来事の相談。
授業でわからないところを聞く。
宿題のサポート。
先生からの手伝いのサポート。
外れたボタンを縫いなおしたり、ズボンの裾上をしたり。
掃除の手ほどきをしたり。
調理部や製菓部の手伝いをしたり───と、様々だった。
内容自体は大したことじゃないのかもしれない。
でも、相談者にとっては一大事なのだ。
生徒だけでなく、教師や職員ですら、相談に来るくらいだ。
なんなら理事長からもお願いされるほどだ。
それ故、放課後の教室には相談者の列ができていた。
よく当たる占いと勘違いして並ぶものも何人かいたが、ある意味でそれは当たっていた。
ただ、寧々は夕飯の準備があるため、時間制限を設けており、三日目には予約制に変わっていた。
それでも些細なことであれば、いつでも相談に乗っていたのだ。
そんなある日、寧々の元へ大勢の生徒が訪れた。
「おか……んんっ……喜築寧々さん、どうか吹奏楽部へ入ってくれませんでしょうか」
「え、吹奏楽……ですか?」
「はい!」
生徒の一人が勢いよく返事した。
「あの……楽器は……その……やったことがなくて……」
「大丈夫です。私たちが一から教えますので」
「ええっと……それだと、足手まといになってしまいますよ」
恐らく、教わればできるかもしれないが、大会にも出るであろう部活で迷惑をかけることなどできない。
やんわりと断ろうと思った寧々だったが──
「ち、ちなみに、何の楽器なんです?」
「は、はい! ユーフォニアムです!」
「ユーフォニアムって大きなトランペットのような、小さいチューバのようなアレですか?」
「はい。よくご存知で。流石喜築さんですね」
自分には難しいかもしれないと思っていた。
「お願いします! あのアニメのキャラクターに似てるんです!」
「は、はい?」
「一目見た時から決めてました」
「声も似てますし、何よりその三つ編みおさげの部分が似てますね」
「え、えーっと…………」
まさか、似ているから入って欲しいという理由だとは露とも思わなかった寧々。
困ったような笑みを浮かべて、頭を下げた。
「ごめんなさい。あたしにはできません」
「そ、そんなっ!」「お願いします! あなたしかいないんです!」「お試しでもいいんです」「どうか、夢を一緒に!」
前々から似ているなと、薄々感じていた寧々だが、やはり面と向かって言われると反発したくなるもの。
「今日のところはお引き取りください……」
それから、毎朝のように勧誘に来ているのだ。
教室内までは入ることはないが、唯、星羅と違って、放課後は勧誘があるのだ。
もっとも、勧誘をしてくるのは何も吹奏楽部だけではないのだが……。




