27 「暖かな時間」
玄関の中に入ると、さっきまでの余韻を残したまま、どこか柔らかな空気が流れていた。
ふと見ると謙は軽く手を挙げた。
「純一、いらっしゃい」
それに応えるように、純一はいつもの調子でニヤッと笑う。
「よぉ〜、謙。元気そうだな」
その声は明るくて、どこか安心させる力があった。
「あぁ……まあな。何とかな」
俺は少し照れくさそうに笑いながら答える。
ふと視線を向けると、香が静かにこちらを見ていた。
「香さんも、久しぶりです」
そう言って軽く頭を下げると、香は優しく微笑んだ。
「本当ね。顔見て安心したよ」
その言葉に、胸の奥が少しだけ温かくなる。
「とりあえず、上がってください」
そう言って奥へ促すと、純一たちは部屋の中へと足を進めた。
その横で――
まいは相変わらず香のそばを離れようとせず、ぴったりと寄り添っている。
まるで、離れていた時間を埋めるかのように。
そんなまいの様子に、香は少し困ったように笑いながらも、その肩にそっと手を置いた。
まいの表情は、さっきまでのイライラを忘れたかのように、どこか無邪気で――そして、心から嬉しそうだった。
その光景を見て、俺はまた小さく息をついた。
……やっぱり、こういう時間は悪くない。
部屋に上がった純一は、ふと足を止めて周囲を見渡した。
「……おい、なんか雰囲気変わってねぇか?」
以前とは違う家具の配置。整えられた小物や、さりげなく置かれた観葉植物。どこか柔らかく、居心地のいい空間に変わっていた。
純一は感心したように頷きながら、ゆっくりと部屋の奥まで視線を巡らせる。
「へぇ〜、いいじゃんこれ。めちゃくちゃセンスあるじゃねぇか」
その言葉に、俺は少しだけ肩をすくめて答えた。
「まぁな」
軽く流すように言った、その瞬間――
「違うよっ!」
横から、勢いよく声が飛んできた。
気づけば、まいがすっと前に出てきて、胸を張るように立っている。
「これね、ぜーんぶ私がコーディネートしたの!」
得意げな顔でそう言い切るまい。その目はきらきらと輝いていて、まるで褒められるのを待っている子どものようだった。
「謙はね、全然ダメなの。ほんとセンスなくてさ〜」
そう言いながら、ちらっと俺の方を見て、少しだけ意地悪そうに笑う。
「この配置もね、『ここに置いた方がいいよ』って全部私が決めたの。最初は全然違うとこに置こうとしててさ、もうびっくりしたんだから」
話しながら、まいは身振り手振りを交えて説明し始める。その様子はどこか無邪気で、嬉しさがそのまま溢れ出ていた。
「へぇ〜、すげぇじゃん、まいちゃん」
純一が感心したように声を上げると、まいはさらに嬉しそうに笑った。
「でしょ?」
その一言に、部屋の空気がふっと緩む。
次の瞬間――
「はははっ!」
純一が吹き出し、それにつられるように香もくすっと笑い、気づけばみんなが声を上げて笑っていた。
俺はというと、そんな様子を見ながら、少しだけため息をつく。
「……言い過ぎだろ」
ぼそっと呟くと、まいはくるっとこちらを振り返り、
「ほんとのことだもん」
と、悪びれもなく言い返す。
その顔はやっぱり、どこか子どもみたいで――
でも、さっきまでの不安な表情とは違って、心から楽しそうだった。
その笑顔を見て、俺もつられるように少しだけ笑った。
「純一、とりあえずここに座ってくれ」
俺がソファを指さしてそう声をかけると、純一は「おう」と軽く手を挙げながら、そのままどかっと腰を下ろした。
その様子を横目で見ながら、香は持っていた小さな袋をふわりと持ち上げ、隣にいるまいへと差し出した。
「これ、お土産だよ。……飲み物、好きだったでしょ?」
どこか優しく気遣うような声だった。
「えっ、ほんとですか?」
まいはぱっと表情を明るくして、両手で大事そうにそれを受け取る。
「ありがとうございます!」
嬉しさが隠しきれない様子で、ぺこりと頭を下げると、そのまま軽やかな足取りでキッチンの方へと向かっていった。
袋を抱えたまま振り返り、もう一度にこっと笑うその姿は、どこか無邪気で――見ているこちらまでつられてしまいそうになる。
その背中を見送りながら、香はふっと小さく微笑むと、すぐに後を追うようにキッチンへと足を運んだ。
「何か手伝おうか?」
やわらかい声でそう声をかけると、まいは少し驚いたように振り返る。
「えっ、いいんですか?」
「もちろん。せっかくだしね」
香がそう言って軽く腕をまくると、まいは一瞬だけ考えるようにしてから、ふにゃっと嬉しそうに笑った。
「じゃあ……甘えちゃおうかなぁ〜」
どこか照れくさそうに、でも素直にそう言うまい。
その言い方があまりにも自然で、香も思わずくすっと笑みをこぼした。
「うん、任せて」
そう言って、ふたりは並んでキッチンに立つ。
食器を出したり、飲み物を準備したり――小さなやり取りを交わしながら、どこか楽しそうに手を動かしていく。
その空間には、さっきまでの緊張感はもうなくて、まるで昔からこうしていたかのような、穏やかで温かい時間が流れていた。




