第二十話
入学式から約二ヶ月。
クラスの皆が馴染み、学校自体がようやく落ち着いた頃。とある事件が起こった。
「一週間入院?」
驚き、相手の顔を凝視した。
私が生活指導を担当する先生に呼ばれたのが五分前。そして、そこで今日起こった事件について報告された。話を纏めると、魔族の一人が階段から何者かに突き落とされたらしい。その際頭を強く打ち、足を捻挫したらしい。
「本人は大丈夫だといっているが、頭を強く打っているらしく、検査のために入院するんだと。大きな怪我はないそうだ」
その言葉にホッと息を吐いた。とりあえず、その子に大きな怪我がなくてよかった。けど、安心出来たのは一瞬で直ぐに顔を顰めた。
「突き落とした人物を見かけていないんですか?」
「顔はハッキリと見ていないらしい。だが、意識が落ちる前に緑色の髪と金色と赤色の混ざり合った髪を見たそうだ」
「一人は絞れますね。金と赤の混ざり合った髪は、シュノー家以外に知りません」
「私も知らないな。ビリード・シュノーを呼び出そうか?」
「いえ、呼び出しても知らぬ振りをするだけでしょう」
私と先生の間に沈黙が続いた。ビリード・シュノー。結構力を持つ家の息子で、本人は何故だか魔族が大嫌いだった。家族はそうでもないのに。寧ろ、ビリードの姉と弟は魔族に興味があるらしく、将来はギルドに入ると両親を困らせていたそうだ。
私は取りあえず、ビリードの両親と話をする事にして先生と別れた。幸い、ビリードは寮生活だし。放課後、制服ではなく、騎士の服に着替えてシュノー家を訪れていた。
「はい、どちら様?」
そう言って扉を開けたのは、なんとシュノー夫人だった。…この人、本当に子供が三人もいるのだろうか。めちゃくちゃ美人なんだけど。笑顔を浮かべていった。
「シズカ・アプロスと言います。連絡もせずいきなり押しかけて申し訳ありません。少し、お話があるのですが」
「あらまぁ。騎士団にこんな可愛い子がいるなんて初耳だわ。どうぞどうぞ、中に入って」
そう言われ、一緒に来ていた騎士に外で待機を命じて中へと入った。シュノー家は、気取らない貴族として有名だ。権力を持つのに気取らない。そんなシュノー家は、民受けが良かった。それに、シュノー家の当主は、一番に民を大事にする。そんなシュノー家は、大きくはあるが、人目で金がかかっていないことが分かる。確かに、綺麗。なんだけど、家具とかがシンプルというか。息苦しくない家だなぁと思う。
案内された部屋で待っていると、シュノー夫人がティーセットを持ってきた。慌てて立ち上がる。
「あの、お手伝いします」
「あら、いいのよ。私が好きでやってるんだから。私、生まれは低い地位の貴族だったの。自分の事は自分でしろって言われてたし、掃除も洗濯も、料理だって自分で出来るわ。だから、結婚した後は趣味のように侍女たちと一緒に混ざって家事をしてるわ」
それも知っていた。シュノー夫妻は、珍しい、だけど皆が憧れる身分差結婚した。それは知ってた。だけど…なんていうか、申し訳ない。シュノー夫人は笑っていた。
「夫にはやめろと言われるけどね。私の楽しみを奪わないでと言ったらしぶしぶ認めてくれたわ」
「仲がよろしいんですね」
「そうかしら」
暫くシュノー夫人と雑談をし、本題に入った。
「今回、シュノー家長男、ビリード・シュノーさんについてお話があり、参りました」
「ビリード?あの子が何かしたのかしら」
険しい顔になったシュノー夫人に私は首を振る。
「いいえ、まだそうと決まったわけではありません。そこでシュノー夫人に聞きたいのは、ビリードさんの魔族嫌いの理由なのです」
私の言葉にシュノー夫人が苦笑した。どうして。夫人は謝りながら言った。
「ごめんなさい。私にも、どうしてあの子があそこまで魔族を嫌うのか、分からないのよ。勿論、小さい頃に魔族にあった事などないし、あの子以外は魔族に興味を惹かれ魔族を知りたいと思ってるの。昔から不思議だったわ。…学校で、魔族の子とトラブルを起こしたのね?」
「ビリードさんが起こしたとはまだ断定できていません。ですが、その子に聞いたところ髪の色が金と赤が混じったような髪をしていたと証言していました」
私の言葉に夫人が溜息をついた。
「私が知る限り、この国でそんな色合いの頭をしているのはうちだけね」
「そんな深刻な顔をなさらないでください。私は責めに来たのではありません。ただ、何故そんなに魔族を嫌うのか知りたいだけです」
私がそういうと夫人はそう。といって黙った。その時、部屋の扉が開いて、ピョコッと誰かが顔を覗かせる。小さな男の子。多分、次男のネピール君だと思う。
「母上。ただいま帰りました」
「あら、お帰りネピール。お客様がいるから自分の部屋へ行っててくれる?」
「あ、もう失礼します。あまり長いするつもりはなかったので。失礼します」
「あら、ご飯でも一緒にいかが?最近、長女の方が遅くて面白くないのよ。相手をしてちょうだいな」
そう言われて苦笑する。ご馳走になるわけにもいかないし、私には帰ってしなきゃいけない事がある。夫人には申し訳ないけど、今日は断らせてもらおう。
「申し訳ありません。この後、用事があるのです。お誘い頂きありがとうございました。その、夫人さえよければ後日、夫人のお相手をさせていただけないでしょうか」
そう言うと、夫人はキョトンとした。…え?まさか、社交辞令だった?え、恥ずかし!
「や、あの、夫人が良ければですけど!ほんと!」
慌ててそういうと、耐えられないといったように爆笑し始める夫人。な、何がつぼったんだ。全くわからん。そんな夫人に困惑していると、服の裾をギュッと引っ張られた。視線を下げると、夫人譲りの青い瞳でこちらを見ているピネール君の姿があった。
「お姉さん、騎士様ですか?」
「そうだよ」
期待しているような目を見てニコリと笑う。
この年の男の子は、というか、男の子は皆、一度は騎士に憧れる。ピネール君も例外ではなかったみたい。
「騎士団特攻隊副隊長、シズカ・アプロスと言います。以後お見知りおきを」
敬礼してそう言った。キラキラと目を輝かせるピネール君を見てほっこりとなりながら、ピネール君の頭に手を置き撫でた。フワフワした髪質は家系なのかな。
「お姉さんは、兄上の知り合いですか?」
「知り合いではないよ。君のお兄さんは、私の事を知らないと思うよ」
実際、ビリードとは話した事はないし、まぁあの髪だから目立つし私は見た事がある。なかなかに優秀だし。だけど、私は普通だし、目立ってもいないので私の事は知らないと思うんだよなぁ。
「お姉さん、もう帰っちゃうんですか?」
うるうるした目で見上げてくるピネール君を見て、帰りたくなくなったけど仕事が溜まるので帰らなきゃいけない。だがしかし、この服の裾を掴んでいるピネール君の手は払えない。
「こら、ピネール。騎士様はお忙しいの。邪魔しちゃいけません。今度、また遊びに来た時にいっぱいお話ししなさい」
「…分かりました。お姉さん、また、絶対にきて下さい」
「はい、分かりました。また、越させて頂きます。夫人」
「何かしら」
ピネール君の言葉に笑顔で頷き、夫人に言った。さっきから言いたかったんだけど…
「私の事は、シズカと呼んで下さい。ピネール君も」
「シズカお姉さん?」
私の言葉に首を傾げてそう言ったピネール君。可愛い。なんだ、この可愛さ。ピネール君の可愛さに癒されていると、夫人が笑いながら言った。
「それじゃあ私の事も夫人じゃなくてエリーと呼んでちょうだい。夫人なんて距離のある呼び方、嫌だわ」
少し拗ねたように言う夫人に苦笑する。ここまで、貴族らしくない人は初めてだ。エリーさん(様ってつけたら怒られた)は、私が名前で呼ぶと凄い喜んでいた。
次に来る日程を大まかに決めて、私はシュノー家を出た。城に戻った私は、溜まった書類を片付けながら考える。
シュノー家はごく普通の、どことも変わらない家だった。未知の魔物に恐怖を抱かず、興味を抱く。そこはまぁ、変わってるかもしれないけど、それでも、普通。
なのに、どうしてあの家で、ビリードだけあんなに魔族を嫌うのか。
「シズカ。まだ帰らなくて良いのか?」
「え?あ、帰ります!」
ウィルさんに言われ時計をみると、帰宅時間まであと少し。いくら転送魔法があるからと言って学園内では基本使う事が禁じられてるので、寮までは走らないといけない。急いで帰る準備をし、学校の近くに転送。そこから走って門に向かい手続きをして寮へと走る。
なんとかギリギリ間に合った。少し荒くなった息を帰宅届けを書きながら整えた。
「おかえりシズカちゃん。時間ギリギリだけど、何かあったの?」
「いえ、少し考え事をしてまして。今日も平和ですよ」
「あら、本当に」
そんな雑談をしてから寮に入る。既にご飯を食べてる人もいるみたい。部屋に戻って部屋着に着替え、ご飯を取りに食堂に移動。今日は部屋でゆっくり食べよう。そんな事を思いながら廊下をのんびり歩いた。




