第5話
そんな中、眞美に転機が訪れる。
音楽室への移動の際、前を歩いていた誰かが何かの拍子にペンケースを落とし、シャーペンやら消しゴムやらいろいろなものが散らばってしまった。
眞美は無意識に落ちたものを拾った。
可愛らしい猫のプリントが施されたシャーペンを手に持ち主の顔を認識した瞬間、思いもよらなかった言葉が眞美の口から飛び出す。
「このシャーペンかわいいね。どこで飼ったの?」
眞美の問いにシャーペンの持ち主――彩芽は少しもじもじしながらも、嬉しそうな笑みを浮かべる。
「え、駅の中にあるお土産屋さん」
「ええ! あのお土産屋さんにこんなにかわいいもの売ってるの? 知らなかった!」
「他にもいろんな動物のシャーペンがあったよ。犬、鳥、うさぎ、かめ、ぞう……?」
「そんなにたくさんあるんだ! 私、動物好きで、特に小動物が好きなんだよねー。うさぎとか気になるな……今日放課後行ってみよっかな」
「よ、よかったら案内しようか? 帰り道だし」
「ホントに? ありがとう!」
他意はなかった。
ただ落としたものを素直に拾おうとしただけ。
その結果として「グループの乗り換え」、否、「グループの誕生」が起きただけだ。
これまでほとんど見向きもしなかった相手が、今では至高の存在に見える。
自分の立場が変わるだけで、見るもの見えるものがこんなに変わるなんて知らなかった。
その後も眞美と彩芽の会話は弾みに弾んだ。
放課後、彩芽に連れられて訪れたお土産屋さんで、眞美はうさぎがプリントされたシャーペンを買った。
その日は久しぶりにぐっすりと眠れた。
朝起きると、ずっとひりついていた胸の痛みがなくなっていることに気付いた。
それがひどく心地よかった。
やみつきになるほどに。
これを守らなければ、また同じ目に遭ってしまう。
眞美は、机の上に放り出したままだった、昨日買ったシャーペンを透明なパッケージから出し、ペンケースにしまった。
この日を境に、眞美と彩芽は学校生活を一緒に過ごすことになった。
教室移動も体育の授業も休み時間も、とにかく常に一緒に行動した。
誰から見ても、二人は「友達」だった。
二人のどちらからもその言葉を言わなくても、そういう関係になれたのだ。
まるで砂浜からコンクリートの道に変わったかのごとく、歩きやすく転ぶ心配のなくなった道に感動した。眞美は再び「平和」を手にすることができたのを悟った。
卒業まであとたった半年ほど。
何が何でもこの「平和」を守るつもりだった。
唯一の誤算は、眞美と仲良くなることで孤独を脱した彩芽の地位がそこまで変わらなかったことだ。
彩芽に対して度々振るわれる暴言や心ない態度が収まることはなかった。
眞美はこれまでとは違い、彩芽と最も近しい存在になった。だからこそ、「友達」としての「暗黙の対応」が求められた。
しかしそれを行うことはためらわれた。
自分も巻き添えになるというリスクが伴うからだ。
リスクを負えば「平和」を手放しかねない。
リスクを負わずに「平和」を守るためにはどうすれば良いのか。
考えるまでもない。
自分はもうその答えを知っている。
気付いたら眞美の体は自然とその選択肢を取っていた。
傍観。
隣で攻撃される彩芽を傍観する一方で、「友達」として笑い合う関係。
この歪さこそが、「平和」を維持する鍵にほかならない。
眞美は悪魔の所業を成すことで、自らの望みに忠実に従った。
自分に「平和」をもたらしてくれた恩人を利用し、裏切り続けた。
こうして眞美は、卒業まで自らの「平和」を守り切ったのだった。




