第3話
クラスの異常は、結局のところ、小学校を卒業するまで続いた。
卒業と同時に、その多くが同じ学区内の別の中学校もしくは私立中学校に進んだ。
みんなあの町の中学校にそのまま進むことを拒んだのだ。
それもそうだろう。
あんな地獄から逃れられるのなら、たとえ通学時間が片道二時間かかるような学校でさえ大歓迎だ。
眞美もあの町の中学校には進みたくなかった。
当時仲良くしていた子と町から少し離れた中学校に入学する予定だったが、卒業間際に喧嘩をしてしまい、仕方なくあの町の中学校へ通うことになってしまった。
彩芽もあの町から出る予定だったが、その場合、電車通学になってしまうこともあり、いろいろと迷っているうちに期限が来てしまったようだ。結果、眞美と同じく地元の中学校への入学が決まってしまった。
一部の問題児とともに地元の中学校へ通うことになった眞美たちは、当然、小学校の頃のような状況になることを危惧していた。
服装こそみんな制服を身につけるようにはなったものの、基本的に中身はそのままだ。
最初こそ、お互いに様子を探るような、学校生活への配慮のようなものがうかがえたが、一ヶ月も経つ頃にはそれも見られなくなった。
中学校では、小学校の頃の学級崩壊ほどではないにしろ、あの頃の片鱗が垣間見えるような、また少し変わったかたちの状況が生まれた。
その最たるものが『グループ化』である。
言葉の通り、クラスでいくつかのグループが作られることを意味し、お互いに気の合う人同士で仲良くなることの証明でもある。
友達の輪が広がることはとても良いことだ。
しかし、それも度を過ぎれば凶器となりえる。
眞美たちのクラスは、全員が必ずどこかのグループに属していた。
一人の人間が他のグループの誰かと仲良しであることはほぼなく、良好な関係は専らグループ内でのみ機能していた。
そしてグループに属していないフリーの人間は、基本的にいじめの対象となった。
つまり、グループにさえ入れていれば、身の安全が確保される。そんな意味を含んでいた。
眞美たちの学年は全部で二クラスしかなく、しかも一クラス二十人にも満たないほどの少数であった。しかも、小学校からの人間関係が引き継がれているため、小学校でぼっちだった人間は中学校でもぼっちになるという方程式が自然と成り立ってしまっていた。
眞美は何人か仲の良い子とともに中学へ上がれたからよかったものの、彩芽は中学生になっても一人だった。
彩芽の他にも何人かグループに属していない人間もいたが、一部はグループに属していない同士で自然とつるむようになったり、親がグループに属している子の親と仲が良いため完全なぼっちは免れたという例外も少なからずあったようだ。
しかし彩芽の場合はそんなことはなく、勇気を持って自分から話しかけても一緒にいることをそれとなく拒絶されたり、わざと聞こえるように嫌みを言われたりといったことが毎日のように続いた。
彩芽に対する一連の行為は、すべて先生たちが見ていないところでひっそりと行われた。そのため公になることはなく、学校側にいくら説明しても信じてもらえることはなかった。結果、彩芽は泣き寝入りするしかなかった。
眞美たちのグループは眞美を含め、彩芽に対してそのような態度は一度も取ったことがなく、話す機会があれば話すというスタイルだった。裏を返せば、眞美を含めた周りの人間たちは、彩芽の状況を知っていながらも傍観していたということだ。
この事実を決して肯定するわけではない。
しかし、自分たちを守るためにはそうするほかなかった。




