↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
日常の違和感はすぐそばに  作者: ノアキ光


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/25

プライバシー大侵害


浅井が遮光カーテンの隙間をクリップで念入りに留めたのは、最初はごく普通の防犯意識からだった。

向かいのマンションからの視線を遮り、一人暮らしの気楽な夜を守る。それだけで十分なはずだった。


だが、一度「どこかで見られているかもしれない」という不快な予感にとらわれると、彼のプライバシーへの執着は歯止めが効かなくなっていった。

SNSをすべて削除し、買い物は現金のみ。部屋の中の家具や小物の配置は、毎日スマホの写真でミリ単位まで照合して管理するようになった。


「よし、今日も誰も僕を覗けていない」


確認を終えた浅井は満足げに息を吐き、部屋の中央に座り込んだ。

エアコンを切った六畳間は、まるで開演直前の劇場のように、奇妙な圧迫感を孕んだ静けさに包まれていた。


異変に気づいたのは、マグカップの影を見た時だ。

テーブルの上の配置は完璧だった。

しかし、天井のLED照明によって落ちているはずの影の角度が、昨日の写真と比べてわずかに東へズレていたのだ。照明は一つしかない。

影が曲がるはずがないのだ。


浅井の背中に冷や汗が伝った。どこかに隠しカメラの「レンズ」があり、そこから微弱な光が漏れているのではないか。

激しい焦燥感に駆られた彼は、盗聴器発見器を取り出し、壁やコンセントの隙間をスキャンした。だが、反応は一切ない。


不安に耐えかねた浅井が壁に手を当てると、断熱材が入っているはずの壁面が、生温かくしっとりと湿っていた。

まるで、無数の人間が壁のすぐ向こうで重なり合い、息を吹きかけ続けているかのように。


「誰だ……どこから覗いてる……!」


狂気に呑まれた浅井は、服の繊維に隠しカメラがあるかもしれないと服を脱ぎ捨て、部屋の照明スイッチを叩き切った。

光が一切なければ、何者も自分を見ることはできない。完全な暗闇こそが、唯一の安全地帯のはずだった。


「これで……僕の勝ちだ」


安堵した次の瞬間、浅井は絶句した。

漆黒の闇の中、なぜか自分の肌だけが白くぼんやりと発光し、足元から壁に向かって、くっきりと影が伸びていたのだ。


光などどこにもない。光を放っていたのは、浅井自身の「体内」だった。


浅井は理解した。

この部屋は人間界の自室などではない。

異形のあちら側の世界に設置された「透明な展示ケース」だったのだ。

部屋を暗くすればするほど、壁はあちら側から見て透明になり、内側から発光する人間の「私生活」が鮮明に浮かび上がる仕組みだったのだ。


「ああ……なんて素晴らしい……」


壁の向こうの生温かい闇から、うっとりとした異形たちの感嘆の吐息と、地鳴りのような拍手が湧き起こった。

浅井がプライバシーを守ろうと必死にもがく姿こそが、彼らにとって極上のエンターテインメントだった。


叫ぼうとした喉は引きつり、声にならない。

彼の完璧な秘密は今この瞬間も、万雷の拍手の中で晒され続けている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。