気づく人工衛星
朝の光がカーテンの隙間から差し込む。
目覚ましの電子音で目を覚ました田村は、隣でまだ寝息を立てる妻の肩に軽く手を置いた。
いつもの匂い。いつもの温もり。
安心するはずの感触なのに、なぜか指先がわずかに冷たく感じた。
「行ってらっしゃい」
玄関で妻が笑顔を向ける。
田村も笑って応じ、駅へ向かう。通勤電車の中でスマホを開くと、GPSが現在地を数メートルだけ西側にずらして表示していた。
誤差だろう。
気にしないようにした。
職場ではいつもの雑談。
同僚の佐々木が、
「昨夜、空に妙に明るい点が動いてたよ」
と言った。
田村も同じものを見ていた気がした。
だが佐々木の目が、ほんの一瞬だけ焦点を失ったように見えた。
夜、ベランダに出るのが最近の習慣になっていた。
子供の頃に好きだった星空を、今は人工衛星の軌跡で埋めている。
追跡アプリは正確な通過時刻を教えてくれるはずなのに、実際の光はいつも数秒早い。
今日はさらに早かった。
光が強く瞬き、まるでこちらを見ているようだった。
翌日も、その次の日も、ずれは広がった。
妻が、
「先週の日曜、一緒に買い物行ったよね?」
と聞く。
田村の記憶では、雨で中止だった。
妻は首を傾げ、すぐに笑顔に戻る。
「そっか、私が勘違いしてた」
その笑顔が、少し遅れて浮かんだように見えた。
ある晩、アプリが突然「軌道異常」と警告を出した。
空を見上げると、無数の光点が予想外の軌道を描き、ゆっくりと円を描くように集まっていた。
田村の心臓が跳ねる。
光は彼のベランダ上空を中心に収束し、一つひとつが人間の輪郭を帯びていく。
佐々木の顔。
見知らぬ通勤客の顔。
そして——妻の顔。
すべてが、冷たい金属の表面に浮かぶ映像だった。
田村は理解した。
人工衛星は地球を見守るために打ち上げられたのではない。
異常に気づいた者を、次々と軌道へと送り出すために存在していたのだ。
気づけば自分の皮膚が熱を持ち、体がふわりと浮き上がる。
妻の声が下から聞こえた。
「あなた、もう行っちゃうの?」
虚ろな目で微笑むその顔は、すでに衛星のモニターに映る残像にすぎなかった。




